木の伐採任務

           * * *

 

 

 ギルドホール前でエミルと別れたイシェル達は、紅蓮の言う千代の街の端に位置する大きな洞窟へと向かう。

 しかし、イシェルもデイビッドもここに洞窟があることなど知らない。おそらく事件後に、千代のギルドランキングトップのメルディウスのギルドで建設したのは間違いないだろう。


 こんなに好き勝手に地形を変更して大丈夫なのだろうか。という思いもあるが、普通はプレイヤーが既存のマップに勝手に制作したオブジェクトなどは、運営が発見次第破棄する。


 運営が介入できないこんな状況下では、プレイヤーが好き勝手に変更した地形を直す者はいない。

 まあ、そのおかげで千代の街が、モンスターの襲来に持ち堪えられていられるのだから誰も批判はしないだろう。まあ、もしも批判する者がいれば、激昂したメルディウスがベルセルクを手に爆殺しにいきそうだが……。


 良くも悪くも日本で4人しかいないベータ版テスターのうちの2人が率いるギルドである為、他の街でも彼等のギルド『THE STRONG』の名を知らない者はいない。

 何の躊躇もなく洞窟の中に入って行くメルディウスと紅蓮。そして、その後ろから続く彼等のギルドメンバー達は慣れたもので、真っ暗な洞窟に次々に吸い込まれていく。


 デイビッド、イシェルの横にギルド『メルキュール』のギルドマスターであるダイロス。サブギルドマスターのリアンがいる。

 そして真後ろには、数多くの彼のギルドメンバー達が控えている中で、ダイロスが漆黒の大剣『不滅の炎剣デュランダル』を肩に担いで暗闇の中に消えていく。リアンもごくりと生唾を飲み込むとチャームポイントでもある尻尾のように一本に束ねた三つ編みを揺らして、ダイロスに続いて暗闇に消えていった。


 続々とギルドマスター達に続いていくギルドメンバーに少し遅れて、デイビッドとイシェルも洞窟の奥を目指して歩いて行く。

 しばらく歩くと、行き止まりに行き着き。先頭を行くメルディウスが左腕を横に突き出して歩みを遮ると、何故かベルセルクを大きく振り被るのを見て、辺りにいた仲間達も彼から少し離れて待機する。すると、頭上に振り上げていたベルセルクを思い切り地面に向けて振り下ろす。


「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 彼の咆哮の直後、大きな爆発音とともに地面を揺らす。粉砕された破片が辺りに飛び散り、メルディウスの鎧にもカンカンと残骸が当たる。

 周囲に巻き起こっていた砂煙が治まり。ベルセルクを地面に突き立てたメルディウスの目の前には、地下へと淡々と続いている階段が姿を現した。


 崩壊した地面から現れた階段に紅蓮が足を踏み入れると、左右に張り巡らされた松明が次々と点灯し、先を照らし出していた。


「さあ、行きましょう」


 紅蓮は短く告げると、左右の松明でぼんやりと照らし出された階段を下っていく。

 階段は中央の部分が人一人がやっと通れる幅しかなく、それ以外は階段を挟んだ左右に段差のない坂の様な造りになっている。これは輸送用の台車を運ぶためなのだろう。

 

 紅蓮の後ろを歩いていたデイビッド、イシェル、ダイロス、リアンに向かって、彼女は歩みを止めることも振り返ることなく告げた。


「――私達のギルドメンバーは物資を輸送する為、今は回復アイテムや伐採用のアイテムしか持っていません。つまり、丸腰です。そこで、あなた達には私達の剣であり盾であって貰わなければなりません。とは言え、数の利は向こうにありますから、無理な時は全力で撤退します。その時は敵に背後を見せる事になりますので、デイビッドさんとイシェルさんの2人でしばらくの間、私達と敵の足止めをお願いします。もちろん、お二人は私とメルディウスがお守りします。」

「おう。安心して戦え! あんたらを死なせたらジジイに合わせる顔がないからな。俺が責任を持って守ってやる!」


 紅蓮の横を歩くメルディウスはニヤッと笑みを浮かべ、肩に担いだベルセルクで肩の部分の防具の鉄板を叩く。

 その表情からは自身が満ち溢れている。まあ、実際に彼ならば、2人くらい容易に守りきってしまいそうだが。


 2人が頷くと、その後ダイロス達の方を向いた紅蓮に彼等も頷く。

 階段を抜け、真っ直ぐ果てしなく続く松明の道を進んでいく。結構な時間歩いていると、またしても行き止まりに辿り着いた。


「メルディウス。お願いします」

「おう!」


 短いやり取りの後、メルディウスは再びベルセルクを頭上に大きく振り上げ。


 ――うらあああああああああああああああッ!!


 渾身の力で振り下ろしたその瞬間。後ろにいたイシェルが右手を前に突き出す。


 激しい爆発音が辺りに響くのは前と同じだが、飛散した残骸がまるで目の前に透明な壁でもあるかのように、パラパラとメルディウスの足元に落ちていく。紅蓮や他の者達が驚いていると、イシェルはニヤリと口元に不敵な笑みを浮かべ。


「――せっかくの見せ場にごめんな~。着物が土で汚れるのが嫌なんよ~」


 ポカンと口を開けたままイシェルの方を見ていたメルディウスが「お、おう……」と間の抜けた声を漏らす。


「なるほど、話は聞いてましたが汎用性に優れた能力のようですね」


 紅蓮は感心したように、イシェルの前まで来ると彼女に尋ねる。


「効果範囲の設定と形状の変化はどうやっているんですか? 私の得た情報では、鋭利な刃物の様にも状態を変化できると聞いたのですが……」


 彼女の言葉に、普段は笑顔を絶やさないイシェルが、あからさまに不機嫌そうな顔をする。まあ、自分の固有スキルの能力を敵になるかもしれない人間に分析されるのをよく思うはずがない。


 人である以上、好き嫌いは必ずある。それは人間関係でも同じである。しかし、イシェルはどんな者と接する時でも笑顔を絶やさない。

 なにも問題なく感じるかもしれないが、ここで一番問題なのが『どんな者と接する時でも』というところだ――先にも言ったが人間関係には好き嫌いは付きまとうもの。


 だが、もし誰に対しても表情ひとつ変えない者がいるなら、それはその対象に興味がないと言うことだ。

 無関心であるからこそ、そこに感情が入り込む余地すらないのである。つまり、イシェルから言わせればエミル以外の人間は道端に落ちている石ころ程度の価値しかない。しかし、なら何故イシェルが笑顔を石ころだとしか思っていない存在に振りまくのか……。


 道端の石ころに笑顔で話し掛けている者がいるとすれば、その人物は精神異常者だろう。イシェルも本物の石ころならば無視するのだろうが、相手は一応言葉を喋って動き回る石ころ程度の価値しかない無価値な者達だ。


 もし無視して自分の悪い噂が広がれば、間接的にエミルに悪い自分の印象を与えかねない。だからこそ、笑顔という分かりやすいかたちで好意を振り撒いている。


 ただでさえ、イシェルは多くの時間をエミルへの好感度アップに費やしている。

 今、星とエミルから距離を置いているのも、ただ単にエミルへの好感度アップの為であり。空気を敏感に察することで『空気を読める女である』とエミルに再確認してもらう為である。


 普段なら絶対に参加しないだろう彼女が、メルディウス達の作戦に参加したのも『頼りになる女』だと、エミルへのアピールの為だ――。


 現に、エミルはイシェルのことを頼りにしており。影虎が真実を告げても、一切信じなかった。影虎を部屋に閉じ込めたのもエミルを守る為であり、彼を解放したのも、エミルにもしもがあった時の保険をかけただけのこと……。


 その歪んだ愛情が起こす行動の根源は、全てエミルのことを思ってのことなのだ。

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