護衛ギルド選抜戦8

 ミレイニは警戒しながら自分の顔ほどもあるペロペロキャンディーを見つめ生唾を呑み込むと欲に負けたのか、その棒を掴んで自分の方へと引き寄せると嬉しそうにペロペロし始めた。


「飴くれるなんて、お前いい奴だし!」

「……ふふっ、お子様ですね」


 満面の笑みで一心不乱に飴を舐めている見て、紅蓮は微かに口元に笑みをこぼす。

 もちろん。紅蓮の思惑は友好の証し――と言うよりも、ただ単に癇に障るミレイニの口を封じたかっただけだろう……。


 だが、ここで彼女にも予想外の展開が起きる。


「ちょっとミレイニ! そんな大きいの一人で食べたらお腹壊すでしょ? 私にも少しよこしなさいよ!」

「いやだし! これはあたしが貰ったんだし!」


 まさかのエリエがミレイニの持っている飴を取りにきたのだ。しかし、エリエの言ったように『お腹を壊す』なんてことはあるはずがない。


 ゲームの世界の仮想の肉体でしかないアバターが、戦闘以外でダメージを受けるということはありえない。だが、味覚を現実世界の食べ物や調味料をベースとしている以上。食べ合わせが悪いものが多々ある。甘い物でもなんでも、色々な物を同時に食べ過ぎると口の中に残っている味覚のまま、次の食べ物の味覚が来る為、混同しやすい――その為、口の中で辛いものと酸っぱいものが混ざるという、最悪の状況が発生する場合があるのだ。


 揉めている2人を前にしていた紅蓮が、もう一つのペロペロキャンディーをエリエの前に差し出す。エリエが不思議そうに紅蓮の方を見ると、彼女はエリエの顔を見つめ「どうぞ」と告げる。


 少し遠慮しながらも紅蓮の手に持っていたペロペロキャンディーを受け取り、エリエはミレイニと一緒にエミルの後ろへと戻った。

 まあ、ミレイニを大人しくさせる為に飴を与えたのに、それを他の者に取り上げられては紅蓮の方も堪ったものではない。だが、それ以上に気掛かりは、今の一連の出来事を終始笑顔で傍観していたイシェルのことだ――。


 紅蓮としてみれば明らかに猫を被っている彼女の姿は、これから共に戦う者としてあまり快く映るものではないのかもしれない。


 すると、丁度1時間経ったことを知らせるアラームが会場内に響き渡り。


「もう次の試合が始まります。皆さんも席に戻って下さい」

「ええ、それではまた夕食の時にね、紅蓮さん。ほら、行きましょう皆」


 エミルは何事もなくほっと胸をなでおろして、後ろに居たイシェル達に告げる。


 っと直後、不機嫌そうにミレイニが声を上げた。


「まだ何も買ってもらってないし! 嘘は良くないと思うし!」


 紅蓮に飴を貰って、更に何かを買ってくれと言うミレイニに思わず苦笑いを浮かべながらも頷くエミル。 


 エミル達は紅蓮の居る部屋を後にして、屋台で待たせていたデイビッド達の分のたこ焼きを購入すると自分達の席へと戻った。


 席に戻ると、エリエとミレイニがたこ焼きを頬張ってはペロペロキャンディーを舐め、しょっぱいと甘いを交互に食べているのを横目に、その顔を会場のステージに視線を向ける。

 ステージ上では完全に回復したリアンが体操をして、ウォーミングアップしている姿があった。その横では、ダイロスが腕を組んで静かにその時を待っている。それは対戦相手の無善と浄歳も同じなようで、心静かに瞑想をしている。


 この勝負のポイントはおそらくリアンだろう。先程の戦闘では一瞬でやられてしまったが、彼女のポテンシャルは未だ未知数――先の試合で手の内の殆どを出し切った無善と浄歳は戦術で対応するしかないだろう。しかし、固有スキルと基本スキル。トレジャーアイテムである武器をダイロスは試合で既に見せている。


 リアンも固有スキルは使用したものの、その能力を発揮する前にやらててしまったので、今回はその性能を遺憾なく発揮すればギルド『メルキュール』に相当なアドバンテージになるはず。


 試合開始1分前をモニターが刻み、ステージ上の皆が臨戦態勢に入った。それぞれに自慢の得物を構えたまま、その時が来るのを待っている。


 試合開始を告げるドラの音が会場内に鳴り響き渡り、得物を構えていた彼等が同時に動く。


 浄歳が真後ろに大きく跳び、無善はその前で錫杖を構えた。


「阿!」

「吽!」


 直後。地面が微かに緑色の光を放ち地中から鎖が現れ地上のダイロス、リアンを襲う。しかし、それを察して走り出したダイロス、リアンが真っ直ぐ無善、浄歳へと向かって走ってくる。


 浄歳は何度も彼等の拘束を試みたが、ギリギリのところでかわされてしまい捉えることができない。速度というよりも、しっかりと足元に一瞬だけ発生する光が見えているというのが彼等を捉えられない理由だろう。


 徐々に迫って来るダイロスとリアン。すると、リアンは固有スキル『幻影』を発動させ体が複数人に分裂する。

 分身したリアンを含め、全員の体が一瞬だけ青く光。そのスピードが更に加速して、その中の2体が浄歳を守る様に前に立ちはだかっていていた無善を襲う。


 無善の錫杖が2体のリアンの細い剣を受け止め、その間を縫って他のリアンとダイロスが浄歳へと襲い掛かる。


 浄歳は複数で襲ってくるリアンの剣を見切りながら、錫杖を構えると大剣を構えながら突っ込んでくると、錫杖に大剣を押し付けるように肉薄したまま浄歳の体を後方へと追いやっていく。


 無善が浄歳の援護に行こうと体を反転させると、それを阻むように3体のリアンが行く手を遮る。

 彼女の固有スキル『幻影』で召喚できる人数は10人が限界だが、今は7人までしか出していない。 


 今は無善を5体が対応し、浄歳にはリアン2体とダイロスが対応している。おそらく。リアンの本体はダイロスと共に戦っている2体のどちらかだろう……。


 どうして分かるかというと、前の試合で見せた無善の光を放ち、相手の視覚を潰す数珠だ――あれもトレジャーアイテムなのだろうが、効果時間と直視しなければ効果がないことを考えるとそれほどレアなものではないのだろうが、それでも戦闘時に視覚を奪われるのは致命的。


 それを避けるには彼とあからさまに距離を取るのがベストだろう。ギルド『メルキュール』は千人規模の大規模なギルドで、ダイロスとリアンはそこのギルドマスター、サブギルドマスターを務めるほどの人物。彼等がリスクを冒すほど、迂闊な行動を取るとは考えられないからだ――。


 だが、交戦しているリアンとダイロスが基本スキルを惜しげもなく発揮させているところを見ると、全力で浄歳を潰しにきているのだろう。


 それもそうだ。固有スキルを確認したのは浄歳だけ、しかも先の試合では無善は固有スキルを使用していない。固有スキルを隠していると見てもおかしくないが、それは一般的なプレイヤーの一対一の戦いの場合だ。ギルドマスターとサブギルドマスターを相手に、固有スキルの発動なしで戦えるわけがない。


 にも拘わらず、固有スキルを発動しない理由は、使わないのではなく使えないのだと誰でも理解できる。

 つまり、ダイロスとリアンが唯一固有スキルを使用して戦える浄歳を撃破すれば、この勝負は勝ったも同然なのだ――。

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