第五章 拠点を千代へ

拠点を千代へ

 始まりの街を離れて3日。空を飛んでいたにも関わらず陸路よりも少し遅かったが、無事に到着することができた。

 到着までに日数が掛かったのは大人数を乗せたことで、飛竜を多く休ませなければ乗り潰してしまう恐れがあったのが理由なのだが――。


 固有スキル『ドラゴンテイマー』はその名の通りドラゴンをテイムして、己のアイテム内にいつでも召喚可能の巻物として保存するスキルだが、一度消滅すると再召喚まで5時間のクールタイムがある。


 そして千代へは陸路ではいけない為、空路からしか上陸はほぼ不可能と言えた。

 理由は今まさに目の前に現れたフリーダムの北に位置する都市『千代』を見れば一目瞭然だった。


 遠目から見ても分かるほどの敵の軍勢に、千代の街も四方を多くの敵に囲まれていたが、街を囲むように掘られた水の流れる大きな堀と開閉式に変更された大橋によって、モンスターも容易に進行できないようになっていた。


 つまり、上空からしか街へ侵入はできないということだ――だが、ここで問題になるのは飛行型のモンスターには容易に侵入ができてしまう点だろう。しかし、このゲームは基本飛行スキルなどはなく。元々、上空からの攻撃は想定されていない。


 それは飛行モンスターが少ないのも関係していた。

 もちろん。少ないだけで飛行型のモンスターが皆無なわけではなく。現に、影虎の連れてきた飛行型の大型ワイバーンや、エミル達の使うドラゴン系のモンスターがそれを物語っていると言える。


 だが、その飛行型のモンスターの殆どはレアモンスターで、出現場所は街から遠く離れた一部の場所。しかも、その行動範囲も狭く一部だけに限定されたものだ――エミル、影虎の所有する主力級モンスターはダンジョンのボス級のモンスターで、テイム条件もモンスターの残りHPが『1』と無理な条件を付けているものだった。


 街を囲う水堀とその周りを取り囲むように蠢くモンスター達を余所に、漆黒の巨竜ファーブニルとワイバーン達は容易に外壁を飛び越えて街の中へと入る。

 上空から城型のギルドホールの手前に降り立つ。そこにはすでに紅蓮と白雪、その隣には見慣れない屈強な肉体を持った物凄く顔の濃い男が立っていた。


 地上に降り立ったファーブニルの背から逸早く飛び降りたメルディウスが、紅蓮達の方へと駆けていく。


「おう! 無事だったか紅蓮。もう気が気じゃなかったぜ!」 

「……別にこの程度、どうって事はないです」


 不機嫌さを前面に押し出している紅蓮に向かって、安堵したように微笑んでいるメルディウス。


「ギルマス。こちらよりそちらの方が問題ではないんですか? 大敗したと聞きましたが、それに……これしか生き残りが居ないとは……」


 そこに蚊帳の外にされ、眉を吊り上げている白雪がメルディウスに厳しい言葉を浴びせ掛けた直後、始まりの街から撤退して来た者達を見渡す。 

 

 メルディウスは苦笑いをしながら、細やかながら抵抗する。


「まあ、ジジイの作戦は完璧だった……だが、少しの気の緩みと言うか、敵主力を倒せれば99.8%成功する作戦で、敵はその00.2%に予想だにしていなかった策をぶち込んできやがったんだ。誰でも敵全体を瞬時に転移できるシステムがあるなんて考え付かないだろうよ。相手の隠し玉にまんまとしてやられたってわけだ――この事は、マスターの前では言うんじゃない。顔には出さないが気にしているからな」

「……まあ、傷口を抉る様な悪趣味はないです。何より面白くないですし、しないですよ。ギルマス以外には……」

「ああ、そうだな。俺以外には――って、俺にも少しは優しくしろよ! 俺はギルマスだぞ!!」


 顔を真っ赤にして不満を爆発させて怒鳴るメルディウスの声を耳を押さえて遮ると、視線を逸らして白雪は迷惑そうに眉をひそめている。

 そんな彼女に呆れながらもその隣に居た肩を大きく出した革鎧の屈強な男に肘を突き出して、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。すると、彼も何の躊躇もなく腕を突き出してメルディウスの肘に腕を通す。


 2人は互いの顔を見合い微笑み合うと、同時に大きく笑い声を上げる。


「ははっ、随分と街を好き勝手に改造したみたいだな! 剛!」

「ああ、前のままでは、ここもそう長くは保たなかっただろうからな。少し手を加えて防衛力を強化したんだ。幸いこの街には森までの地下ルートがあるし。まあ、今は戦闘より運搬作業の方に人手を取られているのが現状だけどな」


 彼の説明通り、この千代の街は元々大小無数の川が街全体を張り巡らせるように流れていた。


 少し前にマスターが来た時には、街の中央にそびえ立っていた城の天守閣から石垣まで、全てを見渡すことができた。しかし今は、街の城門からここまで巨大な杭が進路を塞いでいる。

 杭の大きさは地上から10mはあるだろうか、そんな巨大な杭が入り口から街の中を隙間なく迷路の様に仕切っている。


 だが、まだ街全体の3割程度、実用化にはまだまだ程遠いと言ってもいい状況だった。

 防護柵を完成させるのが先か、外壁を囲む水の流れる堀を突破され城門を抉じ開けられるのが先か、勝負はこのどちらかと言っても過言ではないだろう。


 紅蓮がマスターに向かって駆けていく。


「マスター。ご無事で何よりです」

「ああ、お前も無事で何よりだ……さっそく話をしたいのだが良いか?」


 真剣なその眼差しに、マスターの顔を見上げていた紅蓮が深く頷いた。


 その後、マスターの後ろにいる多くの者達を見渡す。


「――了解です。ですが、まずはゲストの皆様をお連れします。マスターはその間、ギルドホールの私の部屋に――」

「――何だとッ!? どうしてジジイをお前の部屋に入れるって事になるんだよ! なら俺の部屋に来い!」


 強引にマスターの手を引くと、メルディウスは城の中へと入って行った。  


 紅蓮は少し不機嫌そうな顔をしながら、ワイバーンに乗っていたプレイヤーの方へと歩いていくと、疲れ切っている彼等を労うように深々とお辞儀をする。


「皆さんお疲れ様でした。私はこの千代のギルド『THE STRONG』のサブギルドマスターです。こちらでは拳帝の要請で、皆さんの今後の宿泊場所や食事の準備はできています。今は戦いの疲れを癒やして下さい」


 前に手を合わせて、淡々と喋る銀髪に白い着物の小学生の様な女の子に、男性プレイヤーも女性プレイヤーも歓喜の声を上げた。


 まあ、透き通るような長い銀髪に紅の瞳、白地に桜の刺繍の入った着物の和装幼女だ。男女問わず、ゲーム好きだけじゃなくアニメ好きにも彼女は人気があるだろう。その年齢はすでに成人なのだが、それを知っているのはギルドのメンバーとごく一部の人間だけだ――。


 だが、当の本人は不思議そうに小首を傾げるだけで、特に好感も嫌悪感も抱いていない表情で立ち尽くしている。


 紅蓮にジリジリと迫る人集りを、小虎が懸命に押し返す中、星を抱いたエミルが近付いてきた。


「……この子を寝かせられる場所はない?」

 

 表情を曇らせたまま尋ねるエミルの姿に、紅蓮の表情も険しいものに変わり。


「小虎、後はおまかせします。中に入れば白雪が居ますから、詳しい事は聞いて下さい。貴女はこちらに……」


 そう短く告げた紅蓮は身を翻して、ギルドホールの方へと歩いていく。

 エミルもその後を続いていくと、困惑した様子で右往左往している小虎を残して、2人は日本の城を模したギルドホールの中へ入っていった。 


 ギルドホールに入ると相変わらず外見とは全く違う、高級ホテルのロビーの様な内装に、日本の城の中とは思えないほどの洋風な作りになっている。


 初めて千代のギルドホールに入ったエミルは、この日本の城とは比べ物にならないというより。かけ離れたその違いに、驚きを隠しきれない様子で辺りを頻りに見渡していた。


 城の中を見渡しているエミルの前を紅蓮はスタスタと歩いていく。

 まあ、歩幅の差があるのと星を背負っているのもあって、少しゆっくり歩いてくれているのだろう。距離が離れることはなく、丁度いいくらいだ。


 ロビーを横切ってエレベーターの場所までいくと、階を設定するボタンを押さず。機器に付いている差し込み口にアイテム内にしまっていたカードを射し込む。


 始まりの街で紅蓮が購入したホテルとこの仕様は同じだ――まあ、もう始まりの街には戻れないので、掛かった費用の回収はこのゲームから無事に抜け出して、元の正常な状態に戻ってからではなければ不可能だろうが……。

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