獅子としての意地3

 敵と交戦していた全軍が、統率の取れた動きで速やかに撤退していく。

 それを追い掛けるように、撤退を開始したマスター達に上空から舞い降りた巨大な黒いドラゴンが向かってくるのが見えた。


 エミルは険しい表情でそれを見据えると。


「マスター、星ちゃんをお願いします! 私はあれを……」


 ライトアーマードラゴンの背に乗っていた星をマスターに預け、背中に跳び乗ると上空に飛び上がっていくエミル。


 向かってくる人物の心当たりはある。だが、リントヴルムが使えない今の状況で、ライトアーマードラゴンでレイニールやリントヴルムクラスのドラゴンとやり合うのは、蟻が象と戦うほど無謀である。


 その体の大きさも勿論だが、一番の違いはブレスだ――炎を吐けるかどうかということが最も大きいだろう。


 一括りにドラゴンと言っても、その中でも炎を吐けるドラゴンはそうはいない。

 リントヴルムも元々は限定のダンジョンの最深部に居たボス級のモンスターで、レイニールは『竜王の剣』が星の固有スキル『ソードマスター』によって実体化したものだ。


 モンスターの中でも、スケルトン、コボルトなどとは違ってドラゴンは最上位のモンスター。


 固有スキルを使用する以外に、彼等を使役する方法はない。そして、今確認できるドラゴンを使役するスキルの持ち主はエミルと星を除けば、ただ1人しかいない――。


 急激に上昇して漆黒のドラゴンの上空に回り込んだライトアーマードラゴンから飛び降り、両手で腰に差した鞘から二本の剣を抜いた。


「――上杉ッ!!」


 両手に持つ剣を振り下ろし、漆黒の巨竜の背に乗った男に先制攻撃を仕掛ける。

 ドラゴンの差で戦況を不利にされる前に、組み付きドラゴンを操るプレイヤー本体を狙う作戦しか今のエミルに勝機はない。


 虚を突かれた影虎が腰に差していた刀を抜き、即座にエミルの攻撃を刀身で防ぐ。

 力強く押し付けあった刃が細かく振動しカタカタと音を立てる中、エミルが体制を変えて持っていた剣で素早く彼の鎧の隙間を斬り付ける。


 だが、HPが一瞬減少してすぐに全回復するのを見て、エミルが慌てて後方へと飛び退けた。

 まるで幽霊でも見たかのように体をブルブルっと震わせ、エミルが一度は動揺を見せたが、すぐに鋭い視線を浴びせかけると、持っていた剣の先を彼に向けて叫ぶ。


「いったいなんでここに来たの!? 理由を言いなさい!!」


 その声は威嚇する様に大きかったが、小刻みに震えていて彼の奇妙なスキルへの恐怖は否めきれない。


「ふっふっふっ……この絶望的な状況に颯爽と舞い降りる俺。このタイミングで分かるだろ? それとも、お前は男を焦らすのが好きなのか?」

「…………ん?」


 影虎の「言わなくても分かるだろ?」と言いたげな顔に、エミルはただただ首を傾げる。

 まあ、この絶望的な状況下で彼が現れたということは、つまりは攻撃を仕掛けて来ようという以外には考えられない。


 いや、攻撃を仕掛けてくるならまとまって撤退を開始している部隊そのものをブレスで焼き払いにくるはず。ならば、どうして彼はこの状況下でわざわざエミルの前に現れたのか今の彼女には理解できなかった。


 間の抜けたようにあんぐりと口を開けたまま、訝しげに眉をひそめるエミルとほくそ笑む影虎の間に微妙な間が空き、しばらくしてエミルはため息混じりに持っていた剣を鞘に収めた。


 全く攻撃を仕掛けてくる様子がなく。会話もそれ以上続かなかったことから、エミルは彼が何をしにここに来たか察したのだろう。

 無言のままライトアーマードラゴンを呼び付けると、その背に乗って地上に戻っていく。それはまるで、これまでの出来事そのものをなかったことにしようとしている様に……。


 地上に戻ったエミルは、心配そうに近寄って来る仲間達に向かってにっこりと微笑みを浮かべると。


「彼はただ迷ってここに来たみたい。だから、心配はいらないわ!」


 っと言葉を返した。

 その直後、血相を変えた様にファーブニルの背に乗った影虎が血相を変えて、空から舞い降りて降りてくる。


 ドラゴンの背から飛び降り。地面に着地すると、エミルの元に詰め寄ってきた。


「ちょっと待て北条! 助けに来た人間に対して酷い態度ではないか!」

「その前に……どうして私の側をうろうろしてるのよ!!」

「それはもちろん、お前を嫁にする為に決まっているだろ?」


 さらっと口にした『嫁』と告げた彼の言葉に、エミルが一気に殺気立ち、腰の鞘から即座に剣を引き抜く。


 鋭く光る剣先を彼の鼻先に突き付けると、訝しげに彼の顔を見据えた。


 影虎は余裕の笑みを浮かべながら、次の瞬間に両手を大きく広げた。


「ふっ、そうか……やりたいならいいぞ? 俺はお前の全てを受け入れてやれる自信がある!」

「…………ひっ!」


 澄まし顔のままジリジリと迫ってくるのを見て、背筋に悪寒を感じて全身を震わせた後に、素早く背後に数回跳んで距離を取る。


 エミルはぞくぞくっと身震いして、影虎に怯えた子犬のような瞳を向けている。両手を広げたまま、エミルの様子を察することなく。なおも近寄ってくる彼に堪らずエミルが叫ぶ。


「貴方は鈍すぎるから、この際しっかり言ってあげるわ! 私は貴方の事を何とも思ってないし! こういうのは迷惑だから、もう私には近寄らないで!」


 犬猿の仲のライラ意外の人間に、エミルがこれほどハッキリと物を言うのも珍しい。


 本来はあまり波風を立てるタイプの性格ではないエミルがこれだけハッキリ言うということは、影虎の諦めの悪さが原因だろう。まあ、意中の男性でもない人間に『嫁にする』などと言われれば無理もないが。


 しかし、彼は鼻で笑うと「今はな……」と小さく呟くと、ニヤッと不敵な笑みを浮かべる。

 彼のその自信がどこから湧いてくるのか分からない自信満々の返答に、エミルは背筋に悪寒を感じて数歩後退る。


 その時、何者かが影虎の肩をがっしりと掴んでその歩みを止めた。

  

「――誰だ!」

          

 振り向いた彼の視界に入った人物に、顔を青ざめさせた影虎。


 それもそのはず。背後に立っていたのは、彼にとってはトラウマであり天敵。以前影虎の体を小刻みにバラバラに切り裂いて吹き飛ばした張本人――。


「なんや? またうちのエミルにちょっかい掛けとるん?」


 にっこりと満面の笑みを浮かべるイシェルだが、その表情の裏には明らかにどす黒い影がある……表には出さないものの、彼女は相当怒っているようだった。


 一瞬のうちに影虎はイシェルとの間に距離を取ると、コマンドを操作し始めた。

 笑顔は絶やさないが、その後ろ手に隠したイシェルの右手には神楽鈴がしっかりと握られている。それを知ってか知らずか、影虎が両手一杯に出したドラゴン召喚用の巻物を一斉に空に放り投げた。


 次々に煙を上げて召喚されていく漆黒のドラゴン――いや、ワイバーンだろうか?腕が翼と一体化された翼竜が100体以上召喚され、上空をその大きな翼が覆い尽くすほどに展開する。


「こいつはワイバーンだから、炎を吐いて敵を殲滅する事はできない。だが、お前達を他の街に輸送するのはそう難しくないだろ? どうだ北条。これで、俺に惚れ直しただろ?」

「……まあ、それは置いておいて――でも、これだけのワイバーンがいれば、確かにここに居るだけの人数なら楽に輸送できるわね……」


 感心したように空を覆うワイバーンの大群を見て、その吐息を漏らすエミル。


 また作戦に参加して撤退し始めていた皆もワイバーンの出現にある者は歓喜し、ある者は手を合わせ合掌する。まあ、手を合わせて合掌しているのはギルド『成仏善寺』のメンバーだが……。


 それぞれに反応を取る中。馬で駆けていたネオだけは煙管を咥えたまま、空に浮かぶワイバーンの群れを見て安堵したように微笑みを浮かべていた。


 横にミゼが馬を付け、それを見たネオがふかしていた煙管から灰を地面に落とすと、煙管をミゼに差し出す。


「こいつを預かっておいてくれ。ミゼ」


 無言のまま小さく頷き、ミゼが受け取った煙管を着物の胸元に入れるのを見届け、ネオが満足げな笑みを浮かべる。


 言葉を交わさずに見つめ合う2人が視線を逸らし、徐にネオがミゼに告げる。


「――撤退を援護する。ミゼ、仲間達を頼む!」

「…………コク」


 彼の言葉に深く頷くと、ミゼは足早に仲間達のいる方へと駆けていった。感慨深げにその後ろ姿を見送り、ネオは馬をモンスターの群れへと走らせる。


 モンスター達は撤退した部隊には興味を示さない。と言うよりも、攻撃の意志を示さない者を攻撃しないと言った方がいいかもしれない。


 おそらく。外部から来た者は攻撃を加えない限り反撃しないようプログラムを書き換えられたのだろう。だが、街から出て来た場合は、優先的に攻撃を仕掛けてきていた――それは街の中の人間のみを、徹底的に排除する凶悪なプログラムに書き換えられているということに他ならない。


 そして外部からの攻撃に対して疎いのであれば、本来はネオにもう戦う理由は存在しない。何故なら、ここにいるモンスター達はすでに彼のギルドのメンバーを襲わないからだ。


 しかし、彼は無数のモンスターを前に馬を降り。乗っていた馬を消して、掛けていたサングラスを放り投げた。


 大きな傷跡を残した右目からは殺気に満ちた野獣の様なギラギラとした眼光を飛ばしていた。

 

「俺の仲間を殺しておいて、過去の事の様にぼさっと背中を見せやがって……人の上に立つ人間には、理屈では分かっていても絶対に引けねぇー場面があるんだよ! たとえそれが――」


 ネオの全身の筋肉が盛り上がり急激に毛が伸び逆立つと、鋭い爪が伸び耳と尻尾が生え口からは白い息を吐き出す。


 白銀の鬣に口の中から突き出した牙が、真珠の様に不気味に白く光り、その鋭い瞳が突き刺す様な眼光を放つ。


「――この生命を燃やし尽くすとしてもな!!」


 ネオはライオンそのものという咆哮を上げると、彼に背中を向けたモンスターの軍勢の中へと飛び込んでいく。

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