覆面の下の企み

 自分と同じ大斧を手にしたミノタウロスとの戦闘を繰り広げているメルディウス。

 

 ミノタウロスの咆哮とメルディウスの上げる怒号が混ざり合い、互いの大きな斧の刃が激しく火花を散らしてぶつかり合う。その直後、大きな爆発音と爆風にお互いの体が吹き飛ばされるように離れた。


 空中で体勢を立て直したメルディウスが地面を踏ん張って止まる。

 ミノタウロスも爆風で後方に押し出された体を、前のめりになりながらも地面を足の鋭い爪で引っ掻き止める。


 互いに突き合わせた顔には楽しそうだが狂気じみた笑みを浮かべ、すぐにお互いのまた得物を構えながらぶつかっていく。 


「うらあああああああああッ!!」


 ――ブロオオオオオオオオオオオオッ!! 


 空中に飛び上がり咆哮を上げながら振り抜いた大斧の刃が激しくぶつかり火花を散らす。

 交差するように互いの後方に降り立ち、ほぼ同時に走り出し再び互いの得物をぶつけ合わせると大きな爆発が起こり、また一気に距離が離れた。


 不敵な笑みを浮かべたミノタウロスが天を仰ぎ吼える。


 その姿を見て、メルディウスが不機嫌そうに睨む。


「――ゲテモノの分際で……俺のベルセルクと互角にやり合えるとはよ。褒めてやるぜ……だがな! 俺には時間がねぇーんだよ!!」


 正面に大斧を構え直し、メルディウスが大声で叫ぶ。彼が時間がないと言うのには訳があった……。



               * * *



 各ギルドマスター達との話し合いを終え、すぐのことだった――城の屋根の上。マスターが月を見上げていて、その手には盃が乗っている。


 感慨に耽る様子で夜空を見上げているマスター。


「……まさに絶景だな」


 空を流れる雲の中に浮かぶ丸い月から差す光が、手にある盃の中に映り込んでいた。 


 っとその時、盃の中に映し出された月が揺れる……。


 すると、そこに彼の横にメルディウスが現れた。頭を掻きながらメルディウスは少し呆れながらに言う。


「こんな場所まで呼び出して、何かと思えば酒盛りかよ。明日戦闘だってのにいいご身分だな!」

「ふん。まあ、お前も一杯やるといい」


 マスターの差し出した盃を受け取り、メルディウスはその場に胡座を掻いて座る。


 その後、マスターが笑みを浮かべ盃に急須に入った無色透明の液体を並々と注ぐ。

 自分の手に持っていた盃をメルディウスの盃に近付け掲げると、それを一気に飲み干す。


 メルディウスも訝しげに眉をひそめながらも、持っていた盃を口に運ぶ。



 っと、その盃を一口呑んだ直後、彼が固まった様にその手を止めた。

 それもそのはずだ。その盃に注がれていた液体は酒ではなく水……つまり水盃だったのだ――。


 驚いた様にマスターの方に目をやると、彼は微笑みを浮かべ静かに頷く。


 水盃――これが意味するのは今生の別れになると、覚悟した時に酌み交わすもの。これが何を意味しているのか、メルディウスにはなんとなくマスターの考えが分かった気がした。そして、ここに彼が自分を呼んだ意味も……。


 マスターとメルディウスはベータテスト版からの付き合いではないにしても、相当長い年月ゲームを共にしていた戦友のようなものだ。


「ジジイ……お前、まさか……」


 盃をゆっくりと地面に置き、メルディウスは目を大きく見開く。

 何も言わなくても、マスターの考えていることがメルディウスには手に取るように分かった。あの作戦会議の最初に口にした言葉――あれが指した本当の意味は……。


「――メルディウス。ビッグバンの効果範囲を教えてくれないか?」

「おい! 冗談はよせ! ビッグバンって……そんなもんをこの状況で使う気かよ! 洒落になんねぇーぞ!!」


 憤るメルディウスだったが、マスターの真剣な眼差しを受け、その胸の内では彼の決意が痛いほど伝わってきていた。しかし、それを素直に受け取るわけにはいかないのも事実。その根底にあるのは、マスターのことを慕っている紅蓮のことだった。


 彼女のことだ。マスターが死んだとなればいつも冷静なその顔が、哀惜の念に歪むか分からない。

 とても容認できるものではない『それならいっそ自分が……』そう思った時には、すでに口が動いて言葉を発していた。


「避けられないなら……俺がやる! 俺の固有スキルだ。誰よりも俺が良く知っている。付け焼き刃でどうにかなるようなもんじゃねぇー!!」


 声を荒らげるメルディウスの肩に手を置き、マスターが俯き加減にゆっくりとした口調で告げた。


「……分かっておる。だが、お前にやらせるわけにはいかない」

「どうしてだ!」


 なおも憤りを抑えられないメルディウス。


 それとは対象的にマスターは落ち着いた表情で、空に浮かぶ月を見上げた。雲に微かに隠れていた月の姿が、今ははっきりと現れている。


「……儂はもう十分に生きた。多くを体験し、そして多くを見てきた。世の中の良い所も悪い所もな。もう老骨だ……しかし、お前はまだ若い。もっと様々な物や人とふれあい、成長できる可能性を秘めている。それにな……若い者を死なせ、残り短い生涯にしがみつくことほど惨めなものはない。勇ましいのも結構だが、儂の人生の最後に花を持たせてはくれぬか? 若者よりも先に逝くのが老いた者の美徳というものだ……メルディウスよ。儂を老害にさせないでくれ!」


 そしてマスターの瞳が月から外れ、今度はメルディウスの目を見据える。


 マスターの瞳の奥にある炎の様に燃えたぎる信念が、彼の言葉を更に強く拒めないものにしていた。 


「……ギルマス。分かった。だが、ビッグバンは最終手段だ。俺はあんたを死なせるつもりはねぇーからな!」


 そう告げると、アイテムの中からメルディウスは酒瓶を取り出す。


 それをマスターの盃に注ぐと、すぐに自分の方の盃にも注いでマスターの前に突き出す。

 

「水盃なんて縁起でもねぇー!! こいつで飲み直しだ! 嫌でも付き合ってもらうぜ! ギルマス!」

「ああ、付き合おう!」


 メルディウスとマスターは互いに笑みを浮かべ、酒を同時に呷って盃を酌み交わした。


 夜空に輝く月を肴に2人は落ち着いた雰囲気で、互いに言葉少なく盃を呑み干しては注ぐということを繰り返す。

 その間に言葉は殆ど交わさなかったが、彼等には言葉以上に分かり合えているのだろう。互いに笑みを浮かべながら夜空を見上げていた。



              * * *



 何度もミノタウロスに斬り掛かっては、ベルセルクの爆風で吹き飛ばされる繰り返しを重ねていたメルディウス。


 しかし、その度重なる攻撃で得た成果は十分にあった……。


 まだ綺麗な金色のままのベルセルクと違い。ミノタウロスの持っていた大斧は刃先が少し欠けている。まあ、あれだけの爆発を刃で受けていれば、武器の耐久力が落ちてくるのも仕方がない。

  

 だが、どうしてメルディウスのベルセルクは大丈夫かと言うと、それは至ってシンプルな理由で、彼のベルセルクはトレジャーアイテムだからだ。

 トレジャーアイテムは特定のダンジョンなど、期間限定でしか入手できない為、通常武器よりも耐久値が高め設定されている。その代わりに修理費も大きい……。


 そしてミノタウロスが使っている武器は市販の物ではない――その為、制作に使用した素材の質などが影響しているのだろう。

 まあ、他の街にも派遣している数十万の部隊に同じ武器を持たせているとなると、入手が容易な素材を使用していると見てまず間違いない。


 メルディウスがベルセルクを構え直して渾身の力で振り抜くと、それを受け止めたミノタウロスの大斧が砕け散る。


「これで終わりだな!」


 丸腰になったミノタウロスが威嚇のつもりなのか、咆哮を上げたがメルディウスには効果がない。


 空中でベルセルクを大きく振り上げ、ミノタウロスの首筋に炸裂し爆発を起こす。

 その勢いを利用し刃を反転させると、大人の身長ほどもあるその大きな刃が反対側の首筋に突き刺さる。


「――わりぃーな。俺達のギルマスを……死なせるわけにはいかねぇーんだよ!!」


 ミノタウロスの首を切り落として、地面に着地すると冷たい目で光になって空へと上がっていくミノタウロスを一瞥して、ベルセルクを肩に担いで走り出す。


 前を立ち塞がる様に向かってくるモンスター達にベルセルクを振り下ろし、爆風で吹き飛ばしつつ、森の中を突っ切ってマスターのいる場所を目指し突き進んでいく。

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