ドタバタな日々5

 城に戻ると、まさに千鳥足でフラフラと左右に揺れるデイビッドに肩を貸していたカレンとマスターに向かって、扉の前で待ち構えていたエリエが怒り心頭な様子で食って掛かってきた。


「あんた! どうしてデイビッドと肩組んでるのよ! それに、私達を置いてくってどういう要件よ! 理由を言いなさいよ! 理由を!」


 顔を真っ赤に染めながら激昂するエリエ。


 そんなエリエに冷めた瞳を向けると、カレンは何事もなかったかのように部屋の中へと入った。


 あからさまに無視されたことが、相当癇に障ったのだろう。そんなカレンに、エリエがなおを言葉をぶつける。


「ちょっと! 人の話くらい聞きなさいよ!」


 何時も以上に突っかかるエリエ。


 だが、その理由はすぐに判明することになる。

 部屋の扉の前で炎帝レオネルを従えたミレイニと頭にレイニールを乗せた星が立ち尽くしていると、しばらくして、カレンが血相を変えて戻って来る。


 もちろん。その両肩には、マスターとデイビッドを連れたままだ――そして、カレンは青い顔をしながら、正反対に真っ赤な顔をしながら再び部屋を出てきたエリエに「すまなかった」と掻き消えそうな声で謝罪する。


「分かればいいのよ!」


 エリエは満足そうに頷きながら、勝ち誇ったように胸を張っている。


 そんなエリエにデイビッドを託すと、カレンはミレイニに声を掛ける。


「ごめんねミレイニちゃん。ちょっとそこのライオン君に、背中の着物の子を別の場所に運んでくれるように言ってくれないかな?」

「そんなのお安い御用だし! アレキサンダーこっちだし!」


 ミレイニはその言葉にトコトコと駆け出すと、その後ろを炎帝レオネルがのっしりとした重い足取りで付いていく。

 その場に残された星とレイニールは互いの顔を見合わせ首を傾げると、パタパタとホバリングしていたレイニールが再び星の頭の上に戻る。


 星達は部屋の中に戻ると、リビングで無言のまま険悪なムードを放っている当人達を見つけた。そう。扉の前でエリエが激昂していた声が聞こえた理由と、カレンが慌てて戻ってきて理由が繋がった瞬間だ。


 本来なら避けて通りたいその場の雰囲気に、星もレイニールも微かに怯えながらそーっと寝室に抜けようとしたその時。


「星ちゃん!」


 突如部屋に響くエミルの声にビクッと体を震わすと本能的にその場に立ち止まる。


 っと言っても、普通の人ならきっと走って部屋に飛び込むのだろう。しかし、星は普段人付き合いを殆どしていないせいか、呼び止められること自体が少ない為、驚いてしまって歩みが勝手に止まってしまうのだ。


 ゆっくり近付いてくるエミルに『怒られる』そう確信した直後、エミルは星の肩に手を回し耳元でそっとささやいた。


「……丁度いいところに来てくれたわ」

「……え?」


 間違いなく怒られると思っていた星が困惑した表情のまま、終始首を傾げている余所にエミルがイシェルの方に向かって叫んだ。


「ほら、イシェ! 星ちゃんも、もう寝るって言うから今日はもう寝ましょう!」

「……しかたない」


 イシェルは向かい合って座るライラを鋭く睨んで、ゆっくりと立ち上がった。

 見下した様にライラを見るイシェルの視線を受けても、彼女は終始笑顔でそれに応えていた。


 全くペースが掴めないことへの不機嫌さが、一気に殺気となって溢れ出す。


 それを察して、もう一度エミルがイシェルを呼ぶと。


「今日んとこはエミルに免じて許したる……」


 っと殺気に満ちた言葉を吐き捨ててエミルの元に向かって歩いていった。

 そんな彼女の後ろ姿を見つめながら、ライラは「可愛いわね」と余裕の笑みを浮かべながら小さく呟く。



 寝室に入った3人はコマンドから、装備欄に服をドロップして一瞬にしてパジャマに着替える。


 パジャマに着替え終わった星を見下ろして、にっこりと笑うと徐ろにエミルが尋ねてきた。


「――星ちゃん。ミレイニちゃんとは仲良くできた?」

「……分かりません」


 その質問に星は表情を曇らせて俯く。

 まあ、無理もない。年の頃が同じくらいだからと言って、仲が良くなるのが早いと言うわけでもない。


 結局は1人の人間同士のなだけで、同じ世代であれば話が合いやすいから仲が良くなるのが早いと言うだけで。

 結局のところ、話題が合えば正直。そこに年齢は関係ないだろう。今日の感想としては、星はミレイニに遊ばれた形になってしまった気がする。


 だが、それでもクラスメイト達に詰まられるよりもよっぽどマシだが……。


 星の浮かない表情にエミルは少し苦笑いを浮かべながら、星を手招きしている。

 恐る恐るビクつきながらもゆっくりとエミルの前に歩いて行くと、エミルはそっと星の体を抱き寄せた。


「大丈夫よ。きっとすぐに仲良くなれるわ」

「……そうでしょうか。私と仲良くなりたい子なんて……」


 そう口に出した直後、星の顔がエミルの柔らかい胸に包み込まれ、それ以上は言葉が出せなくなる。

 そして、優しいエミルの声音がそっと星にささやく。


「――今はそう思うかもしれないけど……きっと、すぐに自分のいいところをたくさん教えてくれる友達が、いっぱい出来るわよ。だって、星ちゃんはこんなにいい子なんだから……」


 星の頭を撫でながらそう告げるエミル。


 だが、星にはとてもそうは思えなかった。


(……エミルさんは分かってない。そんなこと、あるわけないのに……)


 口には出さなかったが、そう心の中で毒づいていた。

 しかし、星は知っていた――大人の評価と子供の評価は違う。言うなれば、真逆なのだと……。


 大人に褒められれば、子供の中ではそれは『いい格好をしている』となり、嫉妬で責められる標的となる。


 だが、それを拒めば『調子に乗っている』となって、結局はイジメられるのだ……一度イジメられればその矛先はずっと付いて回る。

 環境を変えても人間が変わるだけで、既存のすでに構成されている人間関係に飛び込むのに変わりはない。


 動物でも言えることだが、群れの中に突然新参者が加わってくればいい気はしないし、それが少しでも彼等の気に食わない行動を取れば、すぐにまた排除行動が始まる。


 最初は親切にしてくれる者もいるが、すぐに元々のグループに表替えってしまう。一時的に良くなるだけで、結局は同じことの繰り返しだ。


 唯一可能性があるのが高校での人間関係の殆どをリセットする時にかけるしかないが、それも博打でしかない。


 結局はいじめっ子に隙を作らぬように自分を変えるしかない。しかし、それを選べるのも心の強い人間だけで、気が弱い星はそこに含まれてはないのだ。


 強い自分を思い描きながらも。おそらく、弱い自分からの変化に星は耐えられないだろう。

 つまり、彼女の場合。自分ではどうしようもない事柄に対しては、時間や周りが解決してくれるのを待つしかないのだ――。


 なおも表情を曇らせている星の顔を覗き込むと、エミルはポンポンと優しく叩いて微笑みながら言った。


「星ちゃんには、少し難しい話だったわね。まあ、今日はもう寝ましょうか」


 小さく頷いた星をベッドに誘導すると、腰からゆっくりと横たわり、微笑みながら手招きする。


 星がその横に寝ると、星の顔をまじまじと見てエミルは嬉しそうに告げた。 

 

「こうして寝るのも久しぶりね」

「そう……ですね」


 見慣れているはずのエミルの顔だが、久しぶりに目の当たりにするとやはり整っていて美人なのだと再確認して、なんだか恥ずかしくなってしまったのだ。


 顔から湯気が出そうなほど赤らめる星の後ろに、イシェルが少しムスッと頬を膨らませていた。

 

「なんや。2人だけで楽しそうやね~」

「もう。イシェったら、膨れっ面をしてると、せっかくの可愛い顔が台無しよ?」

「今日のエミルは意地悪やわ……」


 ふてくされる様にそっぽを向くと、先程までよりも数段増しに頬を膨らませるイシェル。


 だが、何故か不思議とライラといがみ合っている感じではない。星も安心して見ていられると感じて、正直ほっとしている。


 この2人の信頼関係の強さは、互いを信頼していると言うより、全てを預けあっている感じがする。

 夫婦や恋人というよりは、戦友や相棒の様な感覚に近いものがあるのかもしれない。それはもう、星の入り込む余地はないほどに……。


 その感情が顔に出ていたのか、気が付いた時には星の体はすでにエミルの胸の中に包まれていた。


「……なにか考えているのは、表情を見てれば分かるわ。星ちゃんの考えている悩みや問題を全て抱き込むことはできないし、それを星ちゃんも願っていないのは分かっているつもり。でもね……こうして抱きしめてあげることくらいなら私にもできるから、嫌なことや悩むことがあれば、私の胸にいつでも飛び込んでいらっしゃい」

「――ッ!? ……は、はい」


 少し驚きながら星はエミルの胸に顔を埋めると、瞳が涙でいっぱいになる。


 どこか懐かしい感覚に、今までやり場がなくて溜まっていた気持ちが一気に溢れ出し、止めどなく涙となって溢れてきて小刻みに震える体を抑えることができない。しかし、エミルの発したそれは、星が長年求めていた言葉そのものだった。

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