次なるステージへ・・・10

 突如として血相を変えてリビングに飛び出してきたエミルに、その場に居たエリエ達も同様を隠せない表情で声を上げた。


「エミル姉!? どうしたの!? そんなに血相変えて……ちょっと! エミル姉!!」


 目の前を遮ったエリエに何も言わず。基本スキルのスイフトを発動し物凄いスピードで外へと駆けていった。エリエもその尋常じゃないエミルの様子に、紅茶を飲んでいたカップを置いて慌てて後を追いかける。


 っとそのエリエの頭に、レイニールが覆い被さってきた。そのレイニールに目を向けると、エミルを指を差しながらレイニールが叫ぶ。


「急げ! 急ぐのじゃ!」

「なにがどうなっているのよ! レイニール!」

「話すより見た方が早い! 急げエリエ!」


 ダークブレットの一件以来。変な信頼関係が生まれたのか、お互いの名前を呼び合いながら慌ててエミルの後を追いかける。


 その頃、ライラに連れられて外に出た星は、自分の隣で面白可笑しく笑うライラを不機嫌そうに横目で見て声を掛ける。


「あなたの目的はなんですか?」

「ん? ああ、そうね~。目的は分からないわ。これもお・し・ご・と。だからね~♪」

「……おしごと?」


 意味深なその言葉に、星は首を傾げていると、血相を変えて城の門から飛び出し、星とライラの前にエミルが現れた。


 息を荒げながら肩で息をしている。その様子を見ていれば、相当急いで来たのが分かった。だが、その様子を見て星は思わず小さな笑みをこぼしてしまう。やはり、面と向かって必死に助けに来てもらえるのは、必要とされていると感じて、星自身も嬉しいのだろう。


 エミルは直ぐ様。剣の柄に手を掛け思い切り引き抜いて、その剣先をライラに向ける。


「はぁ、はぁ……星ちゃん。無事!?」

「ふふっ、待ってたわよ~。エミル」


 ライラは星の体に後ろから腕を回すと、強引に自分の方へと引き寄せる。


 先程までとは完全に別人の様に、元に戻ったエミルが星に向かって叫ぶ。

 

「星ちゃん!」

「エミルさん!」


 互いの名前を呼び合う2人を見て、ライラは何かを企んでいる様な悪戯な笑みを浮かべると、星の両肩を掴んで耳元でささやく。


「さあ。さっき言った通りに『エクスカリバー』を出して。言いつけ通りにしなければ……分かるわね?」

「……は、はい」


 星はライラのその言葉に急に現実に引き戻され、険しい表情で『エクスカリバー』を握り締めると、生唾を飲み込んでゆっくりと頷いた。そう。星がここでエミルと戦わなければ、今まで星が関わってきた者をライラが殺してしまうのだ。


 どんなに凄腕のプレイヤーでも、自由自在に転移できる能力を持つライラの前では手も足も出ないだろう。


 この場を星一人で収められれば、ライラですら星の周りの人間に手を出せなくなる。


「ふふっ、いーい? エミルの剣が近づく前に、スキルを唱えなさい。ほらお披露目よ。行って来なさい!」

「……きゃ!」


 言い終えると、ライラはいきなり星の背中を押した。


 一瞬バランスを崩しったものの、すぐに剣を構えると星は大きな声で言った。


「ソードマスターオーバーレイ!!」  


 その直後、彼女の言葉に応えるように星の持っていた『エクスカリバー』が眩い金色の輝きを放つ。


 辺りを眩しく照らす光りが、後から城から慌てて飛び出してきたエリエ達にも当たった。皆、突然の強い光に目を隠していると「ひゃぅ!」と小さな悲鳴を上げていたミレイニが突然叫ぶ。


「装備が消えて、HPが突然なくなったし!」

「なんやのこれ。コマンドも開けへん!」

「これって……」


 驚きを隠せない表情で、コマンドを開こうとしたイシェルが叫ぶ。

 光を浴びた直後、その場にいた星以外の全員の全てのステータス欄が『1』で固定される。だが、その中でも一番驚いたのはエミルだった。


 エミルは突然消えた剣よりも、星が自らの意思で固有スキルを発動したことに、なによりも驚いていた。

 それもそうだろう。今までは固有スキルどころか、剣すらまともに扱えずに足手まといになるとばかりと思っていた星がこれほど強力な固有スキルを突然発動させれば、驚くのも無理はない。


 その時、エミルの脳裏に『星がわざと固有スキルを隠していたのではないか?』という疑問が浮かび上がってきた。

 

 それは一度エミルの心に浮かんで、すぐに自分の中に封印したはずの考えだった。

 誰しも目の前で無力だった女の子が計り知れない力を発揮させてば、疑いたくなる気持ちが出てくるのは仕方ないことだろう。


 すると、エミルの心が、その疑いの感情に支配される。


「……星ちゃん。これは一体どういう事なの?」


 エミルのその問い掛けの直後、再び光りを失った瞳が星へと向けられた。だが、固有スキルを発動した本人である星も困惑しながら、おどおどと右往左往している。


 エミルはそんな星に影を帯びた瞳を向け、その細くて長い右腕を突き出して、ゆっくりと歩み寄った。


「……星ちゃん。その剣をこっちに寄越しなさい」

「えっ? エ、エミルさん?」


 先程と同じエミルの様子に、星は恐怖を感じてゆっくりと後退る。


 なおもゆっくりと迫って来るエミルは、影のある感じで淡々と口を開く。


「星ちゃん。それはあなたをダメにする……その武器を、私に預けなさい。さあ、あなたに武器も戦う必要もないのよ? 私があなたを危険から守ってあげる……だから、お姉ちゃんの言う事を聞きなさい……」


 ふらふらした足取りで独特の威圧感を放ちながら俯き加減に近付いてくるエミルに恐怖して、星は思わず持っていた『エクスカリバー』をエミルの方へと渡そうとしてしまう。

 まあ、それも仕方がないだろう。星の性格上、断ることが苦手な上に、初めて親しくなった人間との関係を壊したくないという感情が何よりも先に来てしまうのは仕方がない。


 だが、それは隣にいたライラが彼女の腕を掴んで止める。


「ダメよ。エミルにこの剣を渡せば、他のプレイヤーが困ることになる! この世界から出れなくなってもいいの!?」

「……でも……でも……」


 星は厳しい口調で告げるライラにどうしたらいいのか分からず、おどおどしながら瞳に涙を溜めてライラの顔を見上げている。


 どうしたらいいか分からずに混乱している星に、ライラは微笑みを浮かべて動揺している星を落ち着かせるように告げた。


「……それに、あなたの仲間はエミルだけじゃない」


 その言葉の直後、ライラはゆっくりと前を指差す。


 指の先に星が目を向けるとそこには、金髪の侍の格好をした見慣れた人物が立っていた。


「……デイビッドさん!?」


 突然の彼の登場に星が驚いていると、デイビッドは走り出して向かって来るエミルの体を抑えた。


「落ち着けエミル! 君らしくない、いったいどうしたって言うんだ!?」

「放して! あんなものを……星ちゃんを戦わせるわけにはいかない! 岬の様に……もう岬を失った時のような思いをしたくないし。星ちゃんを傷付けさせるのも、星ちゃんが苦しむのも嫌なのよ!!」

「……エミルさん」


 星が戦闘に意欲を見せると、それに対する豹変ぶりは尋常じゃない。だが、その行動も星のことを危険に晒したくないという気持ちの裏返しなのだろう。それは人間として当然といえば当然の行動とも言える。


 生物ならば食物連鎖の中。弱肉強食という概念からすれば、弱い者を切り捨てて強い者が生きるのは当然のことだ――しかしならが、それは動物に限ったことだ。人間である以上は思考を持って集団性、仲間意識が強いのは当然。脅威から弱者を守るという観念が『弱者を切り捨てる』という概念を拒む。


 これがあったからこそ、人間はここまで繁栄してこれたと言えるかもしれない。そして、それは緊急時になればなるほど、強く強固なものになるのだ――。


 エミルは人より『弱い者を強い者が守るのが当然』という人間本来の概念が強い。それは、たった1人の大切な妹を失ったことが強く影響しているのはもはや言うまでもない。


 暴れるエミルを後ろから押さえながら、一向に落ち着きを見せない彼女にデイビッドが叫ぶ。


「以前にも言ったが、星ちゃんだって人間だ! それに、ここは現実世界じゃない! ステータスもレベルや種族で若干の違いはあるけど、それ以外は調整されて平等だ! 戦力になるなら……本人に戦う意思があるなら、それを拒む権利は誰にもないだろ!?」


 身を捩りながら取り乱したエミルが、動きを封じているデイビッドの言葉に反論する。


「嫌よ! 今回の事件ではっきりしたわ! この世界は今管理者の居ない無法地帯で、このHPが無くなれば死ぬ。それにこの子が狙われていると分かった以上。敵の行動が制限される安全な建物内から出すわけにはいかない……星ちゃんを無理やり監禁してでも。年長者である私には、あの子の親御さんに変わってあの子を守る義務があるのよ!!」

「だからって、武器を取り上げるのか? それは少しやり過ぎじゃないのか!」

「私がいれば、星ちゃんを危険に晒す事なんてない! だからあの子に武器は不要よ! 武器があるから戦おうなんて思うんだから!」


 エミルは強引にデイビッドの体を振り払うと、再び押さえ込もうとしてくる彼を突き飛ばした。


 説得の甲斐もなく、突き飛ばされたデイビッドは地面を転がっていく。だが、地面を転がりながらも。すぐに体制を整えるとエミルを鋭く睨みつけながら、デイビッドが徐ろに口を開いた。


「――エミル。それは思い上がりだ! 現にこうして星ちゃんは君ではなく、ライラさんの元に居るじゃないか。誘拐された時だって、エリエが側に居てもダメだったんだ……それに、今の彼女のこのスキルだって、手元で寝かせておくには惜しい。エミル、もう一度考え直せ!」

「うるさい! もう決めたのよ! それに、ライラさえ……あいつさえいなければ、あの子の脅威はなくなる! ライラを殺せば。私はあの子を守り抜ける!!」

「なっ、なにを……早まるなエミル!!」

    

 ライラを鋭く睨みつけたエミルは、咄嗟に地面に落ちていた石を拾い上げる。

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