ライラの正体

 エミルの城に戻ると皆の表情が和らぐ、それは無事に帰ってこれたという安堵からなのは言うまでもない。


 しかし、エリエだけは険しい表情が変わることはなかった。そんなの中、初めてエミルの城を目の当たりにしたミレイニが歓喜の声を上げる。


「うわぁ~。本当にお城だし! 凄いし! 大きいし!」


 エリエから少し話を聞いていたのだが、話を聞いていたとはいえ、現物を目の当たりにして目を輝かせながら興奮気味に指差すミレイニにエリエが優しく微笑む。だが、エリエの気持ちは別の方に向いていた。


 それは……。


「やっと帰ってこれたわよ……星ちゃん」


 自分の背中に背負った星を見て優しく声を掛けるエミル。


 だが、星は未だに眠ったままエミルの背背中で寝息を立てている。

 その姿を見ていると、まだ星の記憶が消えているという事実を話していないことによるエミルへの罪悪感がエリエの心をざわつかせる。


 どれだけの時間効果があるのか、それとも解毒薬がなければ目を覚ますことがないのかは分からないが、今はライラにエリエは感謝していた。

 あれほど助けたかった星が目を覚まさないことを期待するような、そんな思いもどこかにあり、そんな自分がエリエは更に嫌いになりそうだった……。


(ううん。タイミングがなかっただけよ。部屋に着いたらきっと……)


 心の中で呟くと、険しい表情で俯いていた彼女をエミルが呼ぶ。


「エリー。何をしてるの? 早く戻りましょ~」

「う、うん! 分かってるよ。エミル姉!」


 できるだけ平静を装って、エリエは後を追いかけるように城の中へと入った。

 日の光りが差し込む窓と壁にはランプが点々とある長い絨毯の敷かれた廊下と階段を進み、普段から使っている部屋に着くと装備を解除して皆動きやすい服装へと変える。


 着ている物が変わると、不思議と心も軽くなる気がした。


 その時、サラザが申し訳なさそうに眉をひそめ、エリエに声を掛けてきた。


「ごめんなさいね~、エリー。あんまり役に立たなくて……」

「ううんそんなことないよ。ありがとうねサラザ。そうだ! 今からお菓子作るから食べてかない?」

「そうね~。でもいいわ。また後日、皆で寄らせてもらうわ~。今回は私達も疲れたから、帰らせてもらうわね~」


 サラザがそう言うと、オカマイスター達も無言のまま頷いて部屋を出ていった。


 その後姿はどこか寂しそうだ――。


 だが、それも仕方ないだろう。今回の戦闘では、最後の首領の男に手も足も出なかったと言っていい。


 それがオカマイスターの心に強く残っているのだろう。しかし、それはエリエも同じだ。今、この部屋に居るのは正直気まずい。


 結果として、星を救出したのはライラだ――エリエもあの首領の男には苦戦した。しかも、最後に引導を渡したのは覚醒した星の出現によるもので、実質的にあの男に勝ったとはいえない。


 だからと言って、もちろん彼女達の戦闘力が必ずしも、彼に劣っていたわけではなく。要因として大きいのは彼の固有スキルと、敵の持っていたトレジャーアイテムの保有する武器スキルだろう。


 本来、トレジャーアイテムは固有スキルの弱い者達への補助アイテムとして生まれたものだった。だが、それは運営サイドの意向であり、結果的に取得する為のクエストの高難易度化とその高額な値段から、高レベルプレイヤーしかゲットすることができない物となっていき。最終的にお金持ちといい固有スキル所持者という事実を把握しきれておらず。


 ただただ、強い固有スキルを持つ者の補助または強化アイテムと成り果ててしまっていた。

 クリア難度の低いダンジョンや、大規模な討伐用チームを結成して順番にドロップさせるという手もあるが、これは即席のパーティーでは難しく。主にギルドがこのやり方をしてトレジャーアイテムをゲットしていた。


 そしてエリエ達の戦った彼が持っていたのも、トレジャーアイテムの中でも更に上の代物。


 それと戦って、無事に帰って来れただけでも良しとすべき代物なのだ――。


 だとしてもエリエ達があまりにも無力であった事実に変わりなく、できればサラザ達にもいて欲しかったとエリエは切実に思っていた。急に心細さを感じて、ぼーっとしていたエリエの視界に突如、ミレイニの顔が入ってきた。


「お菓子作ってくれるの!? あたしも早くお菓子食べたいし! 作って作って~」

「……あっ、うん。そうだよね、約束してたもんね」

「うん!」


 ミレイニはエリエの手を引くと「早くキッチンに行くし」と強引に、エリエをキッチンに引っ張っていく。


 エリエ達が居なくなると、リビングにはぎくしゃくとした雰囲気が流れていた。


 イシェルはテーブルの反対側に座っているライラを睨みつけている。

 その刺すような視線を受けながら、ライラは終始満面の笑みでその視線に応えていた。だが、その隣には先程まで居たエミルの姿はない。


 その頃エミルは、眠っている星を寝かせる為に隣の寝室にいたのだ。

 ベッドの上でぐっすり眠っている星の体に布団を掛けると、エミルは安心した様子でにっこりと微笑んで、星の髪を掻き分けてその頬にそっと手を当てる。


 優しく微笑むと、すやすやと寝息を立てて眠っている星に声をかけた。


「――おかりなさい。星ちゃん。エリーから話は聞いたわ。偉かったわね……」


 次の瞬間。優しく星の頬を撫でているエミルの瞳から、不意に涙が溢れてきた。


「……でも。もう……こういうのは……なしよ? ……分かったわね?」

 

 エミルは服の袖で涙を拭うと、寝ている星のおでこに優しくキスをして寝室を後にした。


 リビングに戻ったエミルは、テーブルを挟んでなおもいがみ合っている2人を見て、呆れ顔で深いため息を漏らす。


 すると、ライラがエミルのことを呼ぶように手招きする。

 その仕草にすぐにエミルが彼女の方へと向かうと、促されるままに彼女の横の席に腰を下ろした。


 ライラはエミルの腕を強引に引くと、イシェルは先程よりも強く睨みつけて鋭い殺気を放つ。

 そんな中、エリエが焼いていたホイップクリームをたっぷり乗せたケーキを持って、リビングに戻ってきた。


「うわぁ……なんだろう。この気まずい雰囲気……」

「――隙あり!」


 その横から涎をたらしながらケーキを凝視していたミレイニが、隙を見てケーキに手を伸ばすとエリエは分かっていた様にその手を難なくかわす。


 エリエは悔しそうに指を加えるミレイニに「こら!」と一言だけ言い放つと、持っていたケーキをテーブルの中央に置いた。

 何とも言えない張り詰めた空気感に息が詰まりになりながらも、エリエはぎこちなく微笑みながら皆に声を掛けた。


「ほ、ほら! 久しぶりだし。ケーキでも食べてのんびりしようよ! みんなが帰って来るまで、まだ時間あるだろうしさ!」

「そ、そうよね。皆も頂きましょう!」


 エミルはエリエに便乗するように2人にそう告げると、ナイフを持ってケーキを切り分ける。

 その様子を見て、エミルは少しほっとしながら、今度はレモンティーを入れにキッチンへと戻った。


 しばらくしてエリエが紅茶を入れたカップをトレーの上に置いて持ってくると、すでに切り分けられているケーキの側に置いていく。


 エリエはミレイニの隣に腰を下ろすと、目でエミルに合図を送る。その直後、両手を合わせながらライラとイシェルに告げる。


「さあ、せっかくですし。食べましょ! 紅茶も冷めてしまうし!」

「そうね。エミルがそう言うなら頂きましょうかね~」

「…………」


 ライラとイシェルは目の前にあるケーキにフォークを入れると、小さく切ったそれを口へと運んだ。すると、2人の硬かった表情が微かに和らぐ。


 それと同時に、周囲に立ち込めていた緊迫した雰囲気もいくらか和らいだように感じた。やはりどんな状況であっても女性は甘い物が好きということなのだろう。


 仮想現実の世界とはいえ、五感を再現しているこの世界では、しっかりと味覚も存在しており、料理スキルに至っても誰が作っても短時間の作業で同じ味になる為、オリジナルの味を出したい人はスキルを使わずに、時間を掛けて調理すれば自分なりの味を再現することも作り出すことも可能なのだ。


 そんな雰囲気になっていることを知ってかしらずか、ミレイニは嬉しそうにケーキを口一杯に頬張っている。もう。その姿は頬袋に食べ物を溜め込んでいるリスの様だ――。


「ほえ、ふごくおいひいひ!」

「こら、食べ物を口に入れたまま喋らない! それにミレイニ。口の周りもクリームでベタベタじゃないの!」


 エリエはタオルを手に取ると、口の周りを生クリームで真っ白にしているミレイニの顔を拭う。


 もぐもぐと動かしていたミレイニは口の中の物を飲み込むと、エリエに向かってにっこりと笑った。


「ありがとうだし!」

「全く、子供なんだから……」


 エリエは少し呆れながらそう呟くと、部屋の中を見渡した。


 その後、首を傾げながらエミルに尋ねる。


「ねぇー、エミル姉。まだ私達しか帰ってきてないんだね。デイビッド大丈夫かな?」


 少し不安そうな顔をしているエリエ。


 エリエとしては、ライラがすぐにデイビッド達も城まで送り届けてくれると思っていたのだろう。

 もちろん。ライラもデイビッド達を呼び戻そうと一度はいったのだが、ダークブレットのメンバーとマスターの友人だけ残して自分だけ帰る訳にはいかないと断られてしまった。


 しかも、ライラの話によると、彼は戦闘で大きく負傷したという話も聞かされていたから気が気ではない。

 肩を落とす彼女に、エミルは優しく微笑みを浮かべた。


「エリー大丈夫よ。パーティーの中の名前は消えてないし。フレンドの方にも名前が残っているという事は、無事だって証拠でしょ? きっと今こっちに向かっているわ。でも、どうしてもって言うなら、メッセージを送ってみたら?」

「う~ん」


 エリエはその案を聞いて、少し考える素振りを見せたまま、その場に固まっている。


 数分考えた結果、諦めたようにため息を漏らして徐ろに口を開く。


「――やっぱりいいや。無事である事は分かってるんだし。それに皆強いしね!」

「ふふっ、そうね。とくにデイビッドは強いものね~」

「ちょ! エミル姉! なんでそこで一番激弱なデイビッドが出てくるのよ!」


 エミルはいたずらな笑みを浮かべると、エリエが顔を真っ赤にしながら叫ぶ。


 そんな2人のやり取りを見ながら、紅茶を飲んでいたライラが徐ろに席を立つと、エミルの腕に強引に腕を回してエミルを立たせた。


「さてと、お腹もいっぱいになったし。ちょっと食後の運動でもしようかしらね~♪」

「ちょっと、お姉様!? う、運動って……?」


 驚き慌てふためくエミルの耳元でそっとささやくように告げる。


「女の子が2人でこっそりする運動なんて……あれしかないでしょ?」


 エミルは何をされるか分かったのか、その表情が一気に青ざめる。


 そんな彼女を半ば強制的に部屋から連れ出そうとする。


 去り際にエリエに「星ちゃんをよろしくね」と言い残し、エミルは他の部屋へと連れていかれてしまう。


「うわぁ~。相変わらずライ姉はなんというか、強引よねぇ……」


 呆然とその光景を目の当たりにしていたエリエが無意識に呟くと、隣でケーキを食べていたミレイニが不思議そうに首を傾げると。


「ねぇー。女の子が2人でこっそりする運動ってなんだし?」

「…………」


 顔を耳まで真っ赤に染めると、照れ隠しなのかエリエがミレイニの頬を掴んで引っ張る。


「あんたにはまだ早い!!」

「いはいし! あはしなにもわういことひてないのほに~!」


 手足をバタつかせながら、ミレイニが全力で抗議する。


 エリエはそんな彼女の頬から手を放すと、ミレイニは両手で頬を撫でた。

 もはや見慣れた光景となったこのやり取りの後、イシェルが不機嫌そうにエリエに話し掛けてきた。


「エリエちゃん? なんなん、あの感じ悪い人。すごく腹が立つんやけど」

「ああ、イシェルさんは知らないのか。ライ姉……いや、あの人はイシェルさんより前にギルドに居た人で、うちのギルドの中でも珍しい固有スキルの持ち主なの」

「そら分かってる! 今はそないなことどうでもええんよ! うちが聞きたいんは、いったいエミルとどないな関係かっちゅうことだけや!!」


 イシェルは完全に取り乱しているのか、普段のおっとりとした話し方ではない。


 今にも飛び掛ってきそうなイシェルに、エリエは苦笑いを浮かべながら聞き返す。


「ど、どういう関係って……?」

「なんや!? エリエちゃんは分からんの!? 女が2人。部屋に行ってやることなんて、なにするに決まっとるやん!!」

「……いや、そう言われても……」 


 凄い剣幕で言い放つイシェルに、ただただエリエは顔を真赤に染めたままたじろぐばかりだ。


 イシェルは不機嫌そうにそんなエリエを睨むと「これやからお子様は困るんや」と毒づく。

 その低くて含みを持たせたような声音に、エリエの背筋に悪寒が走る。まるで心臓を鷲掴みにされる様なその声音に、エリエももう何も言えなくなってしまう。


 イシェルはエリエから離れると、顎の下に指を当てて考える。

 

「あの泥棒猫。どうしてやろうかしら……もういっそのこと、事故を装って殺したろうか……」


 彼女は考えていることが駄々漏れになっているのに気付いていないようで、その後も人には聞かせられないような言葉を次々に口走っている。

 その何とも言えない殺気に満ちた不気味な表情を見て、ミレイニも無言のまま、エリエの背中に隠れるようにして震えている。


 おそらく。ミレイニの中の野生の勘が危険だと言っているのだろう。


 しばらくして、イシェルは不気味に笑うと。


「ちょっと出掛けてくるな~」


 っとだけ言って、2人に優しく微笑んで部屋を出ていった。


 だが、2人は見ていた。横を通って行くイシェルの横顔が、まるで鬼の様な形相に変わっていたことを……。


 イシェルが出ていった直後、エリエに抱き付いていたミレイニが地面にへたり込む。


「ちょっと、大丈夫!?」

「うぅ……うわ~ん。怖かった……すごく怖かったし……」


 急に泣き出したミレイニをあやす様に頭を優しく撫でるエリエ。


 だが、イシェルがエミル達の元へいったのはエリエにも分かっていたが、それをどうこうできるわけもなく。これはもう、全てを天に任せるしかない。っとエリエは少し諦め半分にそう考えていた。

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