紅蓮の宝物9

 ホテルに戻ったマスターは疲労困憊と言った感じにソファーに腰掛けた。だが、それも無理はない。バロンの出した黒い兵士達は使用するプレイヤーのレベルをそのまま受け継ぐ。


 つまり、古参のバロンのレベルはMAX――従って全ての兵士がLv100ということだ。


 それは重装備のモンスターを相手にしているのと変わらず、それを相当数相手にして疲れないわけがない。

 皆、疲労から項垂れる中。まず、マスターが安堵したように大きく息を吐いて。


「とりあえず。なんとかバロンはこちら側に引き込めたようだな」

「はぁー。引き込めたというよりは、妹がこちら側に居て、兄妹間で彼には拒否権がないように思えましたが……」


 呆れた様にため息をついて、白雪が呟く。

 まあ、白雪は身を隠していたとはいえ、あの現場で一部始終を目撃し。バロンの人間性と攻撃的な性格を目の当たりにしていて、こんなにもあっさり解決したことに拍子抜けしているのだろう。


 そこにメルディウスが口を挟んできた。


「まあ、結果オーライって事でいいんじゃねぇーのか?」

「そうそう。でもあの時のお姉さんは本当に怖かった。……僕にはあんなことしないよね?」


 小虎は少し怯えたように尋ねると、フィリスはにっこり微笑んで呟いた。


「小虎くんがいい子にしてればね~」

「あはは……気をつけよう……」


 はぐらかすように笑うフィリスに、小虎は顔を青ざめさせながら呟く。

 そうこうしていると、気を失ってベッドで眠っていた紅蓮が目を覚まし、むくっと体を起こしてゆっくりと歩いてきた。


 紅蓮はほっとした表情をしたのも束の間――すぐに険しい表情になり、メルディウスの隣へと腰を下ろす。


 メルディウスは気まずいのか、彼女の方を向いて小さな声で。


「――悪い……俺が油断していたばかりに、お前の短刀壊させちまって……」

「いいえ、あなたが無事ならそれで……」


 前を向いたまま、視線を合わせることなく紅蓮が言葉を返した。

 おそらく。以前から紅蓮が宝物だと言っていた脇差を失ったことをだいぶ気にしているのか、メルディウスはバツが悪そうに頭を掻く。


「でもよー。あれは限定の装備だから、もう手に入らないだろ?」

「――形あるものはいつか砕けます。メルディウス、あなたが気にする事じゃありません」

「ああ、すまん……」


 紅蓮は表情1つ変えずに告げると、メルディウスはもう一度謝った。

 正直。付き合いの長いメルディウスにも、感情表現の薄い紅蓮の言葉の意図を汲み取ることは殆どできていない。


 無言のまま頷くと、紅蓮はマスターに向かって尋ねる。


「マスター。目的は達成しました。今後はどうしますか? お弟子さんを救出に行くなら、私も行きます」

「……うーむ。だが、バロンにやられたダメージも残っておろう。儂1人で先に行こう!」


 マスターは少し考える素振りを見せてそう答えると、紅蓮はその言葉を聞いて、顎の下に手を当て考えると「分かりました」と小さく呟いた。


「なら、白雪をお供に連れて行って下さい。お願いできますか? 白雪」


 紅蓮は白雪の方を向いて首を傾げる。


 今回の戦闘で最も消耗していないのは白雪であり、彼女ならば隠密行動にも長けていることを理解しての人選なのだろう。


 的確に状況を判断できるのは、さすがサブギルドマスターを務めているだけのことはある。


 その申し出を白雪も二つ返事で了解する。


「はい。紅蓮様がそれをお望みでしたら――マスター様。私がお供いたします」

「うむ。よろしく頼む!」


 白雪は何の迷いもなく即答すると、マスターもそれに頷いた。



 翌日、出立するマスターと白雪を見送るために、皆名御屋の街の入口にきた。


 馬を近くに召喚した状態で、いつもと変わらぬ落ち着いた様子で笑みを浮かべている2人が立っていた。

 その様子は、とても今からプレイヤーキラーと称されるブラックギルドのアジトへと向かうとは思えない。


「――マスター、白雪。くれぐれもお気をつけて……」


 心配そうに眉をひそめている紅蓮に、2人はにっこりと微笑みながら言葉を返す。


「うむ。心配は要らん。お前達こそ気をつけてな」

「大丈夫ですよ紅蓮様。もしもの時は固有スキルで隠密行動が取れますし。偵察も援護もおまかせください。マスター様をお守りするお役目、必ず果たします!」

「はい。期待はしています。ですが、無理はしないで下さいね。すぐに私達も後を追いますから」

「はい」

「うむ」


 力強く頷くと、2人は颯爽と馬に跨がり走り去っていった。


 名御屋から始まりの街までは陸路で昼夜問わず馬を走らせても速くて3日は掛かる。

 その姿が徐々に小さくなり消えていくのを見送って、フィリスが口を開いた。


「さて、私もお兄ちゃんを迎えに行ってきます。そろそろ懲りたと思うし……それじゃ、行こっか! 小虎くん」


 フィリスはそう呟くと、小虎の腕を掴んで顔を見て微笑んだ。


 小虎は驚いたようにフィリスを見つめている。


「……ど、どうして僕もなの!?」

「それは何かあった時に守ってもらう為だよ。頼りにしてるんだから、小虎くんの事!」

「僕が頼られてる……ふふっ。仕方ないな~。なら一緒に行ってあげるよ! 僕がいれば何の心配も要らないぜ!」

「うん。お願いね!」


 小虎は誇らしげに胸を張ってそういうと、フィリスはにっこりと微笑んだ。


 その場に残される形になったメルディウスと紅蓮は、気まずい雰囲気の中、お互いに顔を逸らしている。その時、急に紅蓮が身を翻し、メルディウスに告げる。


「――メルディウス。ちょっと行かなければいけない所があるので、付いてきて頂けますか?」

「……あっ? ああ、分かった!」


 メルディウスはその言葉に頷くと、急いで紅蓮の後に続いた。


 紅蓮はゆっくりと繁華街を歩きながら、昨日の鍛冶屋の前に着くと、徐ろに引き戸を開いて中へと入る。

 それに続くようにメルディウスも店内に入ると、そこには仏頂面な老人が煙管を咥えて座っていた。それを見て、メルディウスは紅蓮の耳元でささやく。

    

「なぁ、なんだあのじじい。うちのじじいより面がわりぃーぞ?」

「……失礼ですよ。それに人を顔で判断していたら、私はあなたと付き合っていません」

「……どういう意味だよ。それ……」


 紅蓮は呆れながらそう呟くと、そのまま老人の元へと歩いていった。


 メルディウスも怪訝な顔をしながらも、その後に続く。


「あの、申し訳ありません。大熊の大牙は入手してきたのですが、こちらの不手際で短刀を壊してしまいまして……」


 表情を曇らせた紅蓮が、すっと布に包んだ大熊の大牙をカウンターに置いた。


「――そうか……それは残念じゃったな。儂も扱ってみたかったが、壊れてしまったのでは仕方ない……本当に残念じゃ……」

「……申し訳ありません」


 その話を聞いて咥えていた煙管の灰を地面に落とし、老人は少し残念そうな顔をしながらもう一度煙管に火を灯す。


 それを口に咥えて大きくため息を吐く老人に、紅蓮も申し訳無さそうに深々と頭を下げている。

 そんな2人のやり取りを見ていたメルディウスが、突然大きな声を上げた。


「どうしてお前が謝るんだよ! 紅蓮。 おい爺さん! あのアイテム直せないのか!? 金ならなんとかする! だから、あのアイテムを直してもらえねぇーか? この通りだ!!」


 メルディウスは老人の前まで行くと、ガンッと頭を店のカウンターに打ち付けた。


 老人は煙管を咥えその煙を吐き出すと、少し間を開け徐ろに話し始めた。


「――直してやりたいのはやまやまなのだが、それは無理な相談だ……」

「どうしてだ! あんた鍛冶職人だろ!? まずやってみてから返事しても遅くはねぇーだろ!? それでも職人なのかよ!」

「……メルディウス! 失礼ですよ。わがままを言ってはいけません!」 


 老人は小さく笑みを浮かべると、再び口を開いた。


「話を聞いていれば、大体の状況に察しがつく。要するにお前のせいであの短刀を失ってしまったのだろう? でもな、若いの……今のお嬢ちゃんの顔を見ていて何か感じないのか?」

「……何をだよ? 爺さん」

「フッ……まだまだ修行が足りんな」


 老人は微笑むと煙管を一吹きして言葉を続ける。


「今のお嬢ちゃんの顔は、儂が前に見た時よりも生き生きしておる。短刀という大事な物を失って、お前という更に大事な宝を守ったのだから当然じゃろう。さあ、分かったらさっさと帰ってくれ! 若い者らの色恋沙汰はうちの店では扱っておらぬのでな」


 老人は背を向けて裏の鍛冶場へとゆっくりと歩き出す。

 言い返そうとしたメルディウスを止めると、紅蓮は老人の背中に向かって一礼して店を後にする。


 無言のまま街を歩く紅蓮に、メルディウスが納得いかないといった表情で眉をひそめながら尋ねた。


「良かったのかよ。あんないい加減な事言わせておいて!」

「……いいんです。それに、それほどいい加減でもありません……あなたも私の大事な宝物ですから……」

「……なに? 最後聞き取れなかったんだが……」


 そう呟く紅蓮に、不思議そうな顔で聞き返す。


「なんでもないです。さあ、早く準備してマスター達を追いかけましょう! 行きますよ! メルディウス!」


 紅蓮はメルディウスの手を引くと、上機嫌で紅蓮はホテルへ向かって走り出した。

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