2人で外出

 エミルから逃げるようにして寝室に駆け込んだ星は、それからずっと布団の中に閉じこもっていた。


 布団の中で膝を抱えながら、震える声で小さく呟く。


「私はただ強くなりたいと思っただけなのに……」


 エミルに怒られてから数時間もの間。食事も取らず、布団の中に籠もっていた星を心配して、見守るようにパタパタと空中に留まっていたレイニールが叫んだ。


「――いつまで拗ねているのだ。主!」

「…………」


 しかし、布団に包まっている星からの返事はない。

 部屋に戻ってきてすぐに、布団の中に潜り込んでしばらくはすすり泣く声が聞こえていたのだが、今は落ち着いたのか、時折もぞもぞと布団が動く程度なのだが、星は一向に出てくる気配すらない。


 そんな星にレイニールは困った顔をしながら、ベッドの上に着地すると布団の角を持ち上げ、布団の中に居る星に話し掛けた。


「うじうじしてても何も始まらないだろう? 主が強くなりたいと望むなら、我輩からも皆に頼んでやる。それでいいではないか!」


 しばらくして、レイニールの声に反応したのか、布団の中から星の声が返ってきた。


「……強くなりたいって思うのはいけない事なのかな……?」


 その質問に、自分の頭の上に布団を被せ腕組をしながら唸った。

 

「う~む。いけなくはないと思うが、主はどうして強くなりたい。皆を見返してやりたいと思うからか?」


 星の問い掛けにレイニールがそう返事をすると、すぐに言葉が返ってきた。


「ううん……私は昨日。キマイラに襲われた時、皆必死で戦ってた……それを見てて思ったの。私が守られてるだけじゃいやだって――私が皆を守ってあげたいって……」

「う~む。それは分からなくもないのじゃ……でもの~。そうは言っても、今朝も結局あの男に助けられたのじゃ」

「……うっ」


 レイニールの的確なツッコミに、星はなにも言えなくなり口をつぐむ。

 頭の上に乗せていた布団の端を掴んで、レイニールがそれを上下に動かして遊んでる。


 それからしばらくの間、沈黙が続いた。

 沈黙の中、星とレイニールのいた部屋の扉が開いて、そこからある人物が部屋の中に入ってくる。だが、布団の中に頭まですっぽりと潜っている星はその人影に気付くことはない。


 すると、今度はレイニールの方から問い掛けてきた。


「主は、皆の事は嫌いか?」

「ううん。大好きだよ。でも……」

「……でも?」


 星はしばらく考えるように間隔を空け、徐に言葉を続けた。 

 

「――このまま。皆と一緒に居て良いのかなって思うんだ……エミルさんはああ言ってたけど……でも、今日襲ってきた人達は、私を狙ってきてたみたいだし。私はここに居ない方がいいのかなって……」

「ふ~ん。やっぱりね。そんな事を星は考えてたんだぁ~」

「――ッ!? その声はエリエさん!?」


 星が慌てて布団から顔を覗かせると、そこにはにやにやと笑みを浮かべているエリエと申し訳なさそうに俯いているレイニールの姿があった。

 おそらく。レイニールはエリエが側にいることを黙っているようにと口止めされ、しかも横から代弁させられていたのだろう。


 星は再び布団を頭まで被ると、黙りを決め込んだ。

 まるでカメが甲羅の中に隠れたように、頑なに出て来ようとしない星を見て、エリエはため息をつきながら、今度は自らベッドの端に腰を下ろして説得を試みる。


「星はどうしてこのゲームを始めようと思ったの?」

「…………」


 質問に答えずに――というか、ゲームを始めた訳を言えない星が黙りを決め込んでいると、構わずにエリエは言葉を続ける。


「まあ、いろいろあるよね~。私はさ、日本人じゃないし。星の気持ちが全て分かる訳でもないけど、これだけは言える」


 そう前置きをして、エリエは感慨深げに部屋の一点を見つめ、微笑を浮かべた。


「フリーダムはPK推奨じゃないし、個人のスキルがそのまま戦闘に反映されるでしょ? 私も始めはゲームというより、スポーツ的なノリで始めてたし。それと何より、自分で作ったお菓子が食べ放題と言う事が、最後の決めてだったんだけど……でも今は――」


 照れくさそうにエリエは布団の上から、星の体に手を置いて優しく語り掛ける。


「――色々な出会いがあるからなんだよ? こうして、外国の人とも自動翻訳機能で会話ができる。だから星とも会えたし、エミル姉やデイビッドとも会えた……それが私はすごく幸せ……」


 優しく微笑みを浮かべると、布団の中にいる星の体を優しく撫でる。


「星はこんなに小さいのに偉いよ……富士のダンジョンでは逃げないで戦って、私達を助けてくれたでしょ? 私が星と同じ歳くらいの時には、とてもじゃないけど考えられなかったよ。普通にわんわん泣いてなんの役にも立たなかったと思う……」

「そうだぞ主。我輩も、あそこで主と始めて顔を合わせられたのじゃ! ずっと声を掛けてやっとの思いで、主がスキルを使ってくれたおかげじゃ!」


 エリエの言葉に続けるように、便乗したレイニールが力強く頷く。

 元々は『竜王の剣』と言う一つの装備アイテムでしかなかったレイニールが実体化できたのは、間違いなく星のおかげだ――レイニールもこれだけは言わなければならないと感じたのだろう。


 星は布団の中で小さく呟く。


「偉くなんてないです……」


 姿は見えないものの。涙で掠れたその声を聞いて、エリエはにっこりと微笑みながら言った。


「星は偉いんだよ? それはエミル姉だって他の皆も分かってる。今日だって、自分で考えたから出て行ったんでしょ?」


 その言葉に反応したのか、今まで微動だにしなかった星の体がぴくんと反応した。まあ、結果としては大失敗に終わったわけなのだが……。


 エリエは天井を見上げると「やっぱり。そうなんだ」と呟くと再び話し始めた。


「人に言われた通りにするのは嫌だもんね……私もそうだよ。私の家は王族で……色々教えられるの。帝王学っていうの? そんな、くだらない事を耳にたこができるくらいに……」

「う~む。それは大変じゃのう」


 フリーダム生まれのレイニールに『帝王学』の意味が分かっているのかは分からないが、腕組みしながら仕切りに頷いている。


 そんなレイニールを気にかけることなくエリエが言葉を続けた。


「だから、私を普通の人として受け入れてくれる仲間の皆は、私にとって家族みたいなものなの。だからね!」


 エリエは星の布団をゆっくりと剥がすと、ベッドの上の星に微笑みかけて言った。


「――星。私にとって、あなたは大事な妹なんだよ?」

「……エリエさん」


 星は体を起こすと、そんな優しく微笑むエリエの顔を見つめた。


 エリエは星の体を抱き寄せると、耳元でそっとささやく。


「何も気にしなくていい……迷惑をかけたっていいじゃない。家族なんだもの……もっと私を頼ってよ。私は星が思っているよりずっと強いんだよ?」

「……エリエさん」

「例えどんな事があったって、私が星を守る! それが私の――お姉ちゃんとして、妹にしてあげられる事だと思うから!」


 その力強い言葉と眼差しに、星はこくんと頷き返した。


 エリエは星をぎゅっと抱きしめると、しばらく2人はそのまま抱き合っていた。

 そんな中、星の頭を撫でながら、徐ろにエリエが口を開く。


「――星。たまには2人だけでお出掛けしよっか!」

「……えっ?」


 その彼女の言葉を聞いて、きょとんとしながら星が彼女の顔を見上げる。

 それもそのはずだ。今はさっきまであかね色に染まっていた日も落ちかけ、後1時間もすればすっかり暗くなるという時間。


 今から外に出掛けるなんて、エミルが許すはずはないと星は思ったからだ。

 まあ、今朝のことを考えると、こんな時間からの外出なんてエミルは絶対に許してくれるはずがない。


 それが分かっているのか、困惑した表情で俯き加減に呟く。 


「……でも」


 口籠った星は彼女のその提案に、心配そうな表情で俯いた。


「大丈夫! 今はエミル姉はイシェルさんとお風呂に入ってるはずだから!」

「……そ、そういう問題じゃ――」

「――さて、悩んでると夜になっちゃうよ。早く行こっ!」


 星がそう言葉を返そうとした瞬間、エリエは強引に星の手を取って走り出した。


 部屋を駆け抜け、廊下を走っていたが不思議と誰ともすれ違うことはなかった。


「ちょっ、ちょっと待って……」


 階段の入り口で星は困惑した表情であたふたしていると、エリエは止まってくれない。それどころか、どんどんスピードが速くなる。


 その勢いから察するに、どこか焦っているようにも見えた。まあ、彼女もエミルにバレたらどうなるか分かっているのだろう。


「なに!? ちょっと待つのじゃ~!」


 そんな2人を見て、慌ててレイニールが後を追ってくる。



 城を出た星達は街の中を歩いていた。

 夜に街に出るのはエミルに禁止されていた。今回はエリエと一緒だが「絶対に夜外に出るのはだめよ!」ときつく言われたエミルの顔が脳裏をちらつく。


 街は相変わらず人もまばらで、この時間になると街頭の明かりだけが寂しそうに人通りの少ない繁華街を照らしている。


 そんな街中とは対象的に、宿屋の中だけに人が集まり、今が稼ぎ時と言わんばかりの活気に満ち溢れている。


(……楽しそうだなぁ~)


 星はそう思いながら、そんな彼等を見て微笑みを浮かべた。

 あの人の輪に入れれば、どんなに楽しいだろうっと感じていた。


 宴会の真っ最中なのか、中ではお酒を持って忙しく各テーブルを動き回っているNPCの姿が映る。


 まるでファンタジーの酒場を彷彿とさせるその光景に、見ているだけの星もなんだかワクワクしてきていた。だがその一方で、隣を歩いていたエリエは不機嫌そうに呟く。


「もう、なによ。ビクビクしちゃってさ、バカみたい……帰ろうという意思はないの?」


 エリエの言葉を聞いて、星も表情を曇らせた。

 このゲーム世界に閉じ込められて、もう結構な時が経ったにも関わらず。未だに外との交信はおろか、何らかの手が打たれた形跡もない。


 だが、宿屋の中の人々はそれをどう思っているのかは分からないが、皆楽しそうに会話をしたり、お酒を飲んだりしている。

 星のその表情はそれを一瞬でも『楽しそう』と思ってしまった自分に、嫌悪感を抱いたからに他ならなかった。


 今を楽しく過ごすということは、現実の世界を過去にしてしまうことに等しい。

 目の前の宿屋の中で楽しんでいる人達は、昼夜問わずダンジョンに潜って必死に現実世界へ戻る道を探している人達へのぼうとくと言ってもいいかもしれない。


 現に、ギルドホールには些細な情報から重大な情報まで、数多くの情報が毎日寄せられている。

 そういった情報はもちろん運営が機能していない今、プレイヤー達が必死に集めた情報なのだ――。


 エミル達もそういった情報を仕入れにいく為に、街に用事がある時はギルドホールに立ち寄っている。

 今のところ確証のある情報は少ないものの。ゲームの中に閉じ込められた時より、確実にその数は減っているのも事実。


 エリエのこの宿屋の者達を軽蔑する言動も、思い通りにいかない状況への苛立ちの現れでもあるのかもしれない。


「もう行こう! 星」

「……えっ? は、はい」


 エリエに手を引かれ、強引にその場を離れる。憤っているエリエに、星はそれ以上は何も言えなかった。


 2人が街の裏の方に入って行くと、そこにはピンクと紫色のネオンの看板が掲げられている怪しげなお店が一軒だけぽつんと佇んでいた。


「――エ、エリエさん……ここ怖いですよ。早く戻りましょう……」


 星はエリエの後ろに隠れるようにしながら、不安そうな声で言った。


「大丈夫だよ。私は何回もここに来てるんだから」

「……えっ?」

(……何回もってどういうこと?)


 微笑みながら自分を見るエリエを見上げ、星はそう思いながら首を傾げた。


 エリエは一瞬の迷いもなく扉を開く、星は透かさずエリエの体の後ろに隠れた――。

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