ファンタジー11

 そんな3人とは対照的にカレンは目をきらきらさせながら、ペガサスを見つめている。

 おそらく。彼女も乗ってみたくて仕方がないのだろう。まあ、無理もない。ファンタジー系のゲームをする人間なら、誰しも一度はペガサスなどの幻獣系のモンスターを手懐けてみたいと感じるものだ――。


 だが、カレンは分かっていた。もしも自分がペガサスに乗りたいと言えば、星は絶対にカレンに譲ってしまう。そうなれば、せっかくエミルが用意したこのフィールド攻略そのものが無駄になってしまうことになる。


 年長者としても、仲間としても、それだけは避けなければならない。何故なら、今はエミルのパーティーに所属していて、マスターはこの場にいないのだから……。


 カレンは頭を激しく左右に振って自分の心を戒める。


 星はカレンがそんな葛藤をしていることなど露知らず。エミルに連れられペガサスの前までくると、びくびくしながらペガサスの瞳を見つめている。


 そんな星をペガサスも警戒することもなく、興味深く見つめたままその場に佇む。しばらくの間、星とペガサスは近付くわけでもなく、離れるわけでもなく、にらめっこした状態が続いていた。


 互い睨み合いが続いた瞳を見合って膠着状態が続く中で、見かねたエミルが星の優しく肩を掴んでそっと耳打ちする。


「――星ちゃん。じっとしてても何も始まらないわよ? ペガサスは敵対心を燃やさない限り、逃げることも襲ってくることのないから大丈夫。まずは、スキンシップしてみないとね!」

「あっ、ちょっとエミルさん!?」


 エミルは星の手を握ると、その手をペガサスの首元にそっと押し当てた。ペガサスは嫌がるどころか、星の顔をひと舐めしてまた星の瞳をじっと見つめている。


 星はその様子に困惑しているような瞳をエミルに向けると、エミルは優しい声で話し始めた。


「星ちゃんがこの子に乗りたいと少しでも思うなら、その気持を素直に心で念じてみて」

「……えっ? は、はい!」


 星は小さく頷くと、瞼を閉じてエミルに言われた通りに心の中で念じた。

 すると、それから数秒の間を空けてペガサスがゆっくりと頷き、今度は自分の背中の方に首を向ける。


 それはまるで、星に『乗ってもいいよ』と言っているように思えた。


「ほら、星ちゃん乗せてくれるって言ってるわよ?」

「そうなんですか?」

「ええ、その証拠に翼を広げているでしょ」


 エミルに言われ、ペガサスの方を向くと背中にたたんでいた翼が大きく広がっていた。

 その翼は実に美しく、月が映った湖の光で輝いているように見える。


 神々しいという言葉が相応しいペガサスの幻想的な姿に、星が目を奪われていると、体が急に宙に浮き上がった。


 驚きすぐに振り返ると、エミルが星の体を掲げている。


「ほら、ペガサスさんを待たせたらいけないでしょ?」

「わっ! あっ、あっ……」


 動揺して声にならない声を上げたが、エミルに抱き上げられ。そのまま、ペガサスの背中へと乗せられてしまう。


 背中に跨りながら星は不安そうな表情を浮かべ、弱々しい声でエミルに尋ねる。


「――あの、エミルさん。私だけで行くんですか?」

「大丈夫。私も行くから」


 そう言ったエミルは慣れた様子でペガサスの背に跨って、先に乗っていた星の腰に腕を絡めた。

 普段からドラゴンに跨がっている彼女からしてみれば、ペガサスもそれほど物怖じする対象にはならないのだろう。


 星は困惑した様子でエミルの顔を見ると、そんな星の耳元でエミルがそっと告げる。


「……星ちゃんいい? ペガサスには手綱も無いから上昇する時は前屈みになって。私がいいって言うまでは顔を上げちゃだめよ? バランスを崩して落っこちちゃうからね……」

「は、はい!」


 星は緊張しながら小さく頷くと、頭を前に倒し前屈みになる。


 エミルはそれを確認して、ペガサスの腹をかかとで軽く蹴った。その直後、前足を宙に浮かせ立ち上がったペガサスが『ヒヒーン』という鳴き声とともに、2人を乗せ夜空に向かって勢い良く舞い上がる。


 そのまま、空高く上昇していくペガサス。


 星はその間、ずっと瞼を強く瞑っていた。


 物凄い風が体に当たり、耳には風切り音が響いている。そしてしばらくして、エミルの声が耳の中に入ってきた。


「――もういいわよ。星ちゃん」

「……はい」


 その声を聞いてゆっくりと瞼を開くと、周りに散りばめたような星々に、手を伸ばせば届きそうな場所にある雲が眼前に広がっていた。


「うわ~。凄くきれい」


 星は目を輝かせながら辺りを見渡している。


 そんな星を見て、エミルは嬉しそうに微笑んでいた。


(良かった嬉しそうで。さっきの戦闘の事はあまり気にしてないみたいね)


 微笑みを浮かべるエミルがそんなことを考えていると、星の呟く声が聞こえた。


「きれいだけど……私だけ、こんな風景見ていいのかな?」


 その声はどこか悲しそうに感じた。

 おそらく。星は『自分よりも。もっとこの景色に似合う人が居たのではないか?』と考えているのだろう。 


 だがそれは、自分を低く見ている星だからこそ沸き起こってくる考えだった。 

 普通は景色を見て歓声を上げるのが先なのだが、星の場合はどうしても申し訳ないという思いが先にきてしまうのだろう……。


 エミルは真っ先に出たその言葉に呆れ顔をしつつ、すぐに微笑んで悲しそうに表情を曇らせている星の頭を撫でながら告げる。


「いいのよ。皆もいいって言ってくれたんだから、それに楽しまないと、それこそこの素晴らしい景色を見れなかった皆に申し訳ないでしょ?」

「……そうですね。私、楽しみます!」


 満面の笑みで頷いた星は、今度はきらきらと目を輝かせながら辺りを見渡している。


 その姿を見たエミルもほっと胸を撫で下ろすと、星と一緒になって周りの景色を楽しんだ。


 空からは地上の妖精や木々に実っている果実が光り輝き、まるで宝石を散りばめたように見えていた。

 まるで宝石箱をひっくり返した様なその幻想的な風景に時間を忘れ、結局ペガサスに乗っていた2人が戻ったのは1時間半ほど経った後だった。


 湖のほとりに舞い降りた2人に、一番に向かってきたのはエリエだった。

 一歩一歩地面を踏みしめる様に向かってくる彼女からは、ドスドスという効果音が聞こえそうなほどだ。


 その様子から見て、どうやら怒っている様で、腰に手を当て息を吸い込んだ彼女は、ペガサスの背中に跨がっている星とエミルに向かって叫んだ。


「もうエミル姉! あんまりに遅いから、飛行型のモンスターに襲われたんじゃないかって心配したじゃん! 遅くなるなら遅くなるってちゃんと連絡入れてよね!」


 エリエはエミルの方に指を突き出して、膨れっ面をしている。


 苦笑いを浮かべ、頭を掻いているエミルが彼女に言った。


「ごめんなさい。あまりに綺麗な景色に夢中になっちゃって」

「もう! 私達を待たせてる事を忘れるなんてひど~い!」


 エリエはそう叫び、膨れっ面をしたままエミルを睨んだ。


 エミルはそんな彼女に向かって、繰り返し謝っている。その傍らで、星はペガサスと話をしていた。


 優しくペガサスの鼻先を撫でながら。


「ペガサスさん。今日はありがとう、すっごく楽しかったです」


 っと、星はお礼を言った。


 ペガサスはゆっくりと首を伸ばし星に頬ずりすると、徐に口で自分の羽を1つ抜き取り、口に咥えたそれを星に差し出す。


「……な、なに?」


 星はその不可解な行動に驚いたように、その羽根とペガサスを交互に見た。


 その時、カレンの声が響いた。


「星ちゃん。そろそろ帰ろう! あまり遅いと生活のリズムが崩れるぞー! 戻ってからお母さんに怒られたくないんだろ?」

「は、はい!」


 星は慌てて返事をすると、なおも口に羽を咥えたまま、じっとこちらを見ているペガサスから、その羽根を受け取り「ありがとう」と小さくおじきをして、その場を後にした。


 そんな星の後ろ姿を、ペガサスは微動だにせずにずっと真っ直ぐな瞳で見つめている。



 城に帰る道中。星はリントヴルムの背に乗りながら、ペガサスに渡された羽根を見つめていた。


「――主。なんじゃその白い羽根は」


 レイニールは星の頭の上から、その真っ白な羽根を見下ろして言った。


 星は目を頭の上のレイニールに向けと呟く。


「これはさっきのペガサスさんがくれたの」

「ふむ。じゃがそんな羽根が何かの役に立つのか? 見た感じただの羽根じゃぞ?」

「う~ん。役に立つか立たないかじゃなくて、こういうのは思い出だから」

「……そんな羽根が思い出なのか?」


 星がそう言うと、レイニールは不思議そうに首を傾げていた。


 だが、そう言った星もこれがお土産なのか半信半疑だった……親が仕事で忙しい星には、旅行などに行った記憶はない。そんな星には、これがお土産と言えるものなのか判断できなかった。


 その時、星の持っていたペガサスの羽根が輝きその形状を徐々に変えていく。


「なにが起きてるの!?」

「なんじゃ!? 羽が形を変えとるぞ!!」


 しばらくして、光りは治まり星の手の中には、小さなペガサスの形をした笛が乗っていた。


「……なにこれ?」

「……さあ」 


 星とレイニールがそれを見て首を傾げていると、そこにエミルが割り込んできた。


 エミルはその笛を見るやいなや、驚いたように星の肩を掴んだ。


「星ちゃんこれはどうしたの!?」

「あの……これはさっきペガサスさんからもらった羽で……でも、羽じゃなくなっちゃって……」


 星はエミルのその慌てように、驚いたのか小さな声で言った。


「これはペガサスを召喚できる笛なの、私がいつもやってるでしょ?」


 確かに彼女の言う通り、星はエミルがドラゴンを召喚する時にいつも巻物と笛を使っているのをよく目にしていた。


 だが、エミルのと決定的に違うのは、この笛にはその巻物が付いていないということだ。

 その疑問に答えるように、エミルが笛について説明を始めた。


「ああ、私のドラゴン召喚とその笛は同じだけど、同じじゃないのよ? 私の笛は巻物に封印したドラゴンを呼び出す為の物――あなたのはモンスターを封印したわけじゃないから、巻物はなく笛しかないの。それはモンスターに認められた証なのよ」

「認められた? ……私がですか?」


 星は首を傾げ聞き返した。


「うん。でも、むやみやたらと呼び出したらだめよ!」

「えっ? どうしてですか?」


 戦闘時にペガサスに乗って、エミルと同じように戦おうと思っていた星が大きく首を傾げた。

 

「どうしても!」


 エミルは念を押すように、星に指を立ててそう言った。


 星はその言葉の意味は分からなかったが、1つだけ分かっている事があるそれは……。


(そっか……でも。またペガサスさんに会えるんだ)


 星はそう心の中で呟くと、それが嬉しくなって微笑みながら夜空を見上げた。また、ペガサスに会える日がくることを願って…………。

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