ファンタジー8

 それからしばらく自分の中での答えを導き出そうと、思考回路を回していると突然。後ろの草むらから、なにやらがさごそと物音が聞こえてきた。


「――だ、誰!? ……レイ?」


 星はびくっと体を震わせると、不安そうな声でそう問い掛けたが、その草むらからの返事は一向に返ってこない。だが、もしも誰かが隠れて脅かそうとしているなら、わざと物音を立てたりなんてしないはずだ。


 一瞬返事がないことを不審に思った星だったが……。


(どうしたんだろう。返事がない……あっ! もしかして落ち込んでる私を励まそうと、レイが隠れてるのかな?)


 確かに普段から落ち着きのないレイニールなら、我慢しきれずに動いてしまっても説明はつく。

 しかも、さっきまで疑うことを捨てて、もっと仲間達を信じようと思っていたばかり、ここで疑うことは信頼関係を築く上でも良くない。


 きっとエミル達の様子を見にいったついでに、自分を脅かそうとしているのだろう。


 思わずくすっと笑みを溢すと、星はそーっと草むらに向かって歩き出した。


「……レイなんでしょ? 隠れてないで出てきて……」


 星が草むらを覗き込もうと、前屈みになったその時、草むらの中から何かが勢い良く飛び出してきた。


 それと同時に、体を縄の様な長いもので強く締め付けられている感覚と、凄まじい激痛が星の頭の中を駆け巡った。


「うっ! なっ……なにッ!? 締め上げられる……体中がすごく痛い……」


 痛みに耐えながら、星が自分の体に巻き付いている物を確認すると、そこには自分の体に巻き付いている大きな蛇の頭が見えた。


 そう。草むらに潜んでいたのはレイニールではなく、星の胴体ぐらいある巨大な大蛇だったのだ――。


 全体は草むらに隠れてその大きさは把握できないものの。出ている部分だけでも数メートルはある。しかも、それが今、星の小さな体を容赦なく締め上げていた。システムのステータス強化がなければ、今頃星の体はバラバラに吹き飛ばされていただろう。


「……く、苦しい……な、なんとか……しないと……」


 星が蛇を振り解こうと体に力を入れようものなら、巻き付いている大蛇は更に何倍もの力で体をきつく締め上げてくる。


 抵抗虚しく強く締められた体が、限界を超えてミシミシと軋むような音を立て始める。まるで、水の中にでもいるかの様に全く息ができないほどだった。それと相応して、星の表情がみるみるうちに青ざめ、意識が遠のいていくのを感じていた。


「……かはっ! 苦しくて……息が、できないよ……だ、だれか……」


 全身が今にも弾け飛ぶ様な苦痛の中、星はなんとか助けを求めようと辺りを見渡すが、そこには誰の姿もない。その時、ふと我に返った星は自分の底意地の悪さに自ら幻滅する。


 それもそうだ。今までは一人の方がいいと考えていたのに、生命の危機になった瞬間には、もう誰かを頼っている自分がいるのだから……。


(……私ってずるい。こういう時だけ人を頼って……これは1人でなんとかしなきゃいけない問題なんだ!)


 星は遠のく意識を気合で持ち直すと、腰に刺さった剣を抜こうと懸命にもがく。しかし、もがけばもがくほど体に巻き付いた大蛇は、緩急をつける様に締め上げてくる。


 データの集合体であって実際の体ではないはずなのだが、全身の骨を砕かれる様な激しい痛みが星を襲う。


「……くっ! あああああああああああああッ!!」


 星が叫び声を上げたその瞬間、レイニールの声が星の耳に飛び込んきた。


「――大丈夫か!? 主!!」


 薄れゆく意識の中で、咄嗟に星の脳裏に言葉が浮かぶ。


「……レイ。だめ……逃げて……」


 星はそのレイニールの声に反射的に、そう声にならない声を上げる。


 何故その言葉が頭に一番に浮かんだのかは分からない――それが人に助けてもらうわけにはいかないというプライドから来るものなのか、それとも相手を心配して出た言葉なのかは今の星には分からなかった。


 だが、咄嗟に出たのがその言葉だったのは間違いない。

 大蛇に締め上げられる主の姿を見たレイニールは怒り心頭といった感じで、草むらから伸びた蛇の頭を鋭く睨みつけている。


「この蛇助! 我輩の主をこんな目にあわせて……その姿。保てると思うなよ!!」

 

 レイニールは怒りを帯びた声でそう叫ぶと、その小さな体から殺気を露わにする。その直後、レイニールの全身が金色に輝き辺りを強い光が包む。


 辺りを照らすほどの強い光が治まると、そこには大きな翼を広げた黄金のドラゴンが現れた。


「――今助けるぞ! 主!!」

「……レイ。私の為に……」


 星はそんなレイニールの姿が自然と湧き上がってきた涙で霞む中、真っ直ぐに見つめ続けている。


 自分の為に怒ってくれているレイニールの気持ちが、星の心に強く響く。

 それは心のどこかで自分を見捨ててレイニールが逃げ『また一人になるのではないか?』という思いがあったからかもしれない。


 現に小学校でも低学年で仲の良かった友達も、自分が虐められると距離を置くように自然と周りから離れていった。


 だから、その時に悟ったのかもしれない。どんなに親しい間柄でも、自分に危害が加わりそうになれば、すぐに手の平を返したようになると……。

 その度に『裏切られた』と辛い思いをするくらいならば、一人の方がいいのだと……。


 しかし、目の前でレイニールが自分の為に危険を冒してくれている。そのことが、星にとってはとても嬉しかった。


 ――ガオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 その時、草むらの中からけたたましいライオンの咆哮が聞こえてきたかと思うと。その後、凄い衝撃波が発生して星の周りの草むらを吹き飛ばす。


(――なに!? これ……)


 星は突如出現した敵の姿を見て、驚きのあまり言葉を失った。


 それもそのはずだ。その姿はライオンで頭が2つ。頭部両側に山羊の角。背中には悪魔のような翼を生やし。尻尾は毒蛇という現実の世界には存在しないはずの生き物がそこにいたのだ。


 だが、星はその生き物の名前を知っていた――そう。それは何度も童話の世界に出てきた幻獣――。


(あれは……まさかキマイラ!?)

「レイ逃げて……」


 もはや虫の息と言った感じの星が声を上げ、心配そうにレイニールを見つめている。


 しかし、レイニールは姿を現したキマイラに動じることなく、なおも強い殺気を放つ。


「待っていてくれ……主。こんな出来損ないの獣など、一瞬で蹴散らしてくれる!!」


 レイニールは巨大な体からは想像できないほど素早くキマイラの前に回り込むと、大きく開いた口から炎が溢れたそれと同時に、キマイラは尻尾の蛇で縛っている星を自分の前に突き出す。


 まるで『撃てるものなら撃ってみろ』と言わんばかりの行動に、レイニールの口に蓄えられていた炎が消える。


「――くッ! 主を盾にするとは卑怯な……」


 攻撃できないもどかしさに、悔しそうに渋い顔をしてレイニールはそう呟くと、キマイラを突き刺すような鋭い視線で睨みつけている。


「もう……だめ……」


 だが、締め付けられている星の体力ももう限界寸前だ。


 その絶体絶命の状態の星の耳に、エミルの叫ぶ声が飛び込んでくる。


「星ちゃん! 気を失ってはダメよ!!」


 瞳にエミルの姿が飛び込んできて、声にならない声を上げた。


「……エミルさん」

「今、気を失うと本当に死んじゃうわよ! すぐに助けるから、もう少しだけがまんして!」


 エミルはもう一度叫んだ直後、レイニールにも声を掛けた。


「あなたも早く小さくなって! このままじゃ敵が集まってきてしまうわ!」

「むう……仕方ない!」


 星もエミルのその言葉を聞いていたが、今の状態でその頼みを実現できるだけの力は、既に星には残されていない。


 今は意識をギリギリのところで保っている状況に過ぎないのだ――。


(そう言われても……もう限界だよ。でも……このまま私が死ねば、皆が危険な目に合わなくて済む。そう、このまま……)


 遠のいてゆく意識の中、諦めてそう心の中で呟くと静かに瞼を閉じた。


「――星。今助けるからね! 神速!」


 エリエはそう叫ぶと体が青く輝き、凄まじい勢いで星の捕らえられている蛇目掛けてレイピアを構えて突っ込んでいく。


「あの蛇とキマイラの繋ぎめを狙えば……」


 エリエは直ぐ様敵のウィークポイントを見つけ出すと、一気に距離を詰めキマイラの尻尾の先を目掛けてレイピアを突き出した。


 一陣の風の如く駆け抜けて行くと、持っていたレイピアが風切り音を上げる。


「この蛇! 星を放せええええッ!!」


 しかし、その攻撃は寸でのところでかわされてしまう。


 地面を踏み締め勢いを殺しつつ、エリエは悔しそうに歯を食いしばって振り返る。


「くっ……かわされた。なら……」


 素早く二撃目に入ろうと、体制を立て直し、レイピアを構えるエリエの腕に蛇の頭が噛み付いた。

 大きなキマイラの体に目を取られていて、隠れていた2本目の尻尾に気が付かなかったのだ。


 直ぐ様。噛み付いていた大蛇の目をレイピアで突くと、頭は口を大きく開いて退いていく。


「――しまった噛まれた!? これは毒蛇?」


 その直後、大蛇に気を取られていたエリエの目の前に、キマイラの後ろ足が飛んできた。


(……油断した。でもこれならかわせる!)


 そう思い、エリエが空中で体を捻ろうとした時、自分の体が動かないことに気付く。


 慌てて視界に出たマークを確認すると、HPバーの横に体が痺れているマークと体が紫色に点滅しているマークの2種類が表示されていた。


(これは麻痺と毒!? でも、両方いっぺんに表示されるなんて今までは……)


 本来のシステムでは状態異常は一つしか付かない仕様になっている。何故なら、複数の異常状態に掛かるのはリスクが高すぎるからだ。


 例えば毒状態で睡眠状態になれば、HPは徐々に減少し。最終的にはなにもしないままに、最弱武器でもこのゲームの最低値に設定されている『1』で撃破されてしまう。

 それを避ける為に、本来は複数の異常状態は投影されない。しかし、現にエリエのアバターには麻痺と毒。2つの効果で影響を与え続けている。エリエが噛まれたことに気が付かなかったのは、麻痺の効果も付属されていて感覚がなくなっていたからだろう。


 おそらく。そこに関しても、覆面の男の言う『シルバーウルフ』の何者かがシステムを改悪したのだろう。 

 驚きを隠せないエリエだったが。次の瞬間、強い衝撃に襲われ、体を勢い良く吹き飛ばされた。


「――きゃあああああああああッ!!」


 勢い良く飛ばされたエリエの先には、大きな大木が待ち構えている。それはエリエの目にもしっかりと映っていた。


 ダメージを受けた上に麻痺して痺れる体で受け身も取れずに木にぶつかれば、例え高レベルプレイヤーであってもひとたまりもない。


(ああ……私もここまでかな……星、助けられなくてごめんね……)


 エリエが覚悟したその時、エリエの体を空中で何者かがしっかりと抱きかかえて無事地面に着地する。

 驚いた様子で数回瞬きをしたエリエがその人物を確認すると、そこにはデイビッドの姿があった。


 彼は呆れ顔のまま大きく息を吐くと。


「はぁ~。全くお前というやつは無謀というかなんというか……」

「デイビッド……どうして、あんたが?」


 エリエが目を丸くしながらデイビッドの顔を見ていると、デイビッドは照れくさそうに口を開く。


「いや……お前にはダンジョンで助けてもらったからな。これでチャラにしてくれ」

「ああ……」


 エリエはダンジョンでの出来事を思い出して、ニヤリと笑みを浮かべると、徐ろに口を開いた。


「――そうね。なら、星を助けられたらチャラにしてあげてもいいよ? ……お願いデイビッド。星を助けて……」

「ああ、了解した。必ず助ける! お前は毒状態を回復して、少し休んでろ!」


 デイビッドは瞳を潤ませながらそう告げるエリエに、ヒールストーンとリカバリーストーンを握らせると、微笑みを浮かべると彼女を木の前に下ろしキマイラを鋭く睨む。


「このままでは星ちゃんのHPがもたないか……この状況じゃ仕方ないな」


 デイビッドはそう呟くと、コマンドを開いて何やら難しい顔で操作し始める。

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