再会2

 長い沈黙の後、エミルが神妙な面持ちで話し始めた。


「おそらく、あの男の話は本当だと私は思う。考えてみて、これだけの事件を起こす人間よ? わざわざ嘘をつく理由が見つからない」

「だが、逆にそういう人間だからこそ、平気で嘘をつくとも考えられないか……?」

「確かに……出る方法があるなら、私達をここに閉じ込めておく理由もないものね……」

「うーん。とりあえず、情報が不足し過ぎている今の現状では、奴の目論見を推測のしようにも……」


 エミルと意見をぶつけた後、デイビッドが苦虫を噛み締めた様な顔で眉をひそめた。


 確かに今の現状でいくら推測しようが、実行犯である。あの狼の覆面の思惑を把握することなどできない。人の考えていることなど、当の本人以外は知り得ない。ということだろう……。


「……おそらく。出口は存在しているはず、運営側がこういう事態を想定していないはずがないもの……そしてもう一つ。シルバーウルフというグループは間違いなく運営内にスパイの様な人間がいるということ。そして、それもまた運営側は想定しているはずよ」

「なら、犯人グループにも分からないような場所に出口があるということか?」

「ええ、おそらく。ダンジョンのどこかに……」


 2人はお互い顔を見合って頷いた。

 エミルの言った通り、運営する会社がゲームをハッキングされることを想定していないはずがない。


 世界的に人気の【FREEDOM】というゲームが、これほど爆発的にヒットできた要因として、このゲームが近代化に伴う新たなゲームジャンルの研究発展を目的として派生したプロジェクト『VRGP(Virtual Reality Game Project)』を開始した。

 このプロジェクトは『国際連合機関 企業外貨獲得促進計画』の手厚いサポートを受けていたからだ。


 長期的な産業の中でもゲームは、一般人の娯楽として世界に大きく浸透している。これに目を付けた国連が、世界規模の外貨獲得競争に乗り出した――各国が技術協力して、一般企業に負けないほどの自国の文化を題材としたゲームを開発していた。


 長く続いた経済戦争に終止符を打つ為の国家間の協力策で、各国の技術の粋を結集して作り上げたのが、この【FREEDAM】なのだ――。


 それだけの規模のゲームだ。本来ならばセキュリティーは万全だったはずだが、このゲームをハッキングし。しかも、ほぼ全域がログアウト不能にできるほど資金力と人手があるのは個人の犯行とはとても思えない。


 もし、この様な大規模なハックが可能となるならば、外部だけでは不可能だ――相当な数の内部協力者がいるといのは妥当な見立てだろう。


 だが、それも運営は予測し、必ず解決策を用意しているはず。それに備えて一部の上層部しか知らない抜け穴があるとすれば、見つかり難い場所に隠されていると見るのが正しい。


 真剣な面持ちのエミルが徐に口を開く。


「おそらく。これは推測だけど……運営の用意した脱出通路はなるべく人目に触れ難い。高難易度のダンジョンのどこかにあるはず……」

「フリーダムで最高難易度の、レジェンドクラスのダンジョンということか!?」


 エミルのその話に、デイビッドは血相を変えながらそう大きな声で叫ぶ。


 その言葉に神妙な面持ちでエミルは首を縦に振った。すると、途端にデイビッドが険しい表情へと変わった。


 フリーダムではダンジョンがクラスごとに分類されており、それによって難易度もそれぞれ異なってくる。

 一番低いクラスでビギナークラス――フリーダムでのパーティーメンバーの人数は最大で6人。このクラスは、1パーティーまたは高レベルプレイヤー2人で余裕でクリアできるレベルに設定されている。


 二番目はアマチュアクラス――このクラスは基本Lv50以上が6人は必ず必要になる。


 三番目がプロクラス―これは基本。上限のLv100が6人。即ちメンバー上限いっぱいでクリアできるように基本的には設定されている。


 それ以上のクラスはMAX、マスター、レジェンドとあり。これらのクラスは連合パーティーでの参加が最低限のクリア条件となり、その規模もダンジョンにより様々だ。


 今話しているレジェンドクラスは未だにクリアーした者がいないと言われるほどの高難易度のダンジョンで、Lv100でも装備次第では一撃で死亡するという噂もあるくらいだ――。


「それで、そのレジェンドクラスって基本は複数パーティーなんでしょ? なら、街で人集めるなりしないとじゃないの?」


 エリエが不思議そうに首を傾げ尋ねる。


「そうなんだけど、今の街でメンバーを募集するのは少し危ないわね……」

「……そうだな。今は野良でメンバーを探すのは危険だと、俺も思う……」

「どうして? 普通に考えれば、街で募集しないとダメだと思うんだけど」


 高難易度のダンジョン攻略には、多くのパーティーが必要となるのがセオリーだ。


 だが、デイビッドとエミルがエリエの出した案に素直に賛成できないのには理由があった。


 それは第一に街の治安の悪化だ――今はPVPが個々の認証無しで自動に行える為、顔見知りでない者との接触は非常に危険な行為と言わざるを得ない。

 運営が機能していない今。高レベルが3人というのは下手をすると、全員が襲われアイテムなどを奪われる危険性がある。


 なので、今街でのパーティーメンバーの募集は強奪を目的にしているブラックギルド達に襲ってくださいと頼んでいるようなものなのである。そして、もう1つ重大な問題がある。それは連携だ――。


 運良くメンバーを集められたとしても、最高難易度のダンジョンに即席で組んだ連合パーティーなど殆ど意味をなさない。

 小さな歪が大きくなり、最悪の場合はパーティー全滅という再悪の事態を引き起こすことをエミル達はよく知っていた。


「とりあえず、知り合いに当ってみて、そこから伝でギルドに応援を頼むっていうのが確実な方法だと私は思うけど……皆はどうかしら?」

「私はエミル姉の意見なら全部賛成だよ!」


 エリエは微笑んで椅子から立ち上がり、嬉しそうに手を上げた。


 デイビッドもゆっくりと頷きその意見に賛同する。


「そうだな、それがベストの選択だろう」

「私は全てエミルさん達におまかせします……」


 星がそう口にすると、エミルは少し困った様な顔をして星を見た。

 周りとは明らかに違う反応をエミルにされ、星は不思議そうに「なんですか?」とエミルに尋ねた。


 エミルは少し言い難くそうにしたものの、しっかりとした口調で話す。


「星ちゃんも何か意見があれば、私達に遠慮しないで話して良いのよ? それと、今後、おまかせしますは禁止ね」

「で、でも……」


 俯く星にエミルは大きくため息をつくと、星の前に人差し指を立てて言った。


「いーい、星ちゃん。これからは、私達だけってわけにはいかないのよ? もし他の人が混ざって「なんでもいいです」て言ってたら、あなたが一番危ない役回りにされるかもしれないの。言う時にはしっかり発言しないとダメ! 分かった?」


 エミルに星は俯き加減に頷く。


 それを見てエミルは星に優しく微笑んだ。その直後、エリエの不安そうな声が聞こえてくる。


「でもさ、エミル姉。星の装備――このままじゃまずくない?」


 エリエはそういうと、星の姿を目を細めてじっと見つめている。それを聞いたエミルとデイビッドの2人も、星の姿を見て真剣な面持ちで考え込む。


 星は3人からの熱い視線に頬を赤らめながら俯く。自分ではなく装備を見られていると分かっていても、日頃から人の視線を浴びないようにと振る舞っていた星には、見つめられるのはやはり恥ずかしい。


 その時、デイビッドが何かを思い出したようにコマンドを操作して防具を取り出した。


「星ちゃん。これを装備してみてもらえないかな?」

「えっ? これをですか?」


 星は驚いたようにその防具を見つめている。

 それもそのはずだ。その防具は全体を鉄で覆われていて、まるでお寺にある鐘をそのまま小さくしたかの様な作りになっていた。


 百歩譲って外見は良いとしても、とてもじゃないがゲーム内の補正効果が働いてても、重量的に子供の星には扱えそうな代物ではないのは明らかだ。


「まあ、見た目は良くないが。これが今エミルが装備している最大防御力の防具と同じ重量なんだ。これを着てみて、動けるかどうかで、これからの君の装備の方向性を決めたいと思う。どうだろうエミル」

「そうね。それが私もいいと思う。でもね、デイビッド……私達はヒントを教えるだけ――決めるのはあくまでも星ちゃん自身よ?」


 エミルにそう言われデイビッドは、苦笑いしながら頭を掻いた。


 場の雰囲気が悪くなったのを察したのか、星がデイビッドの出した重そうな鎧を装備してみる。


「うっ……お、重い……」


 思った通り。星は鎧を装備するとあまりの重さに、足元がおぼつかないほどだった。


 だが、装備してもすぐに倒れることがないのはおそらく、筋力補正が掛かっているおかげだろう。


 星はふらふらと体を左右に揺らしながらも、なんとかバランスを保っていた。その様子を見たエミルは、心配した様子で星に声を掛ける。


「星ちゃん。大丈夫? やっぱり。かなり重いかな……」

「い、いえ。頑張ればなんとかなると思います!」


 心配そうな表情で星を見つめているエミルに、星は両手をブンブン振って平気だと最大限アピールした。


 その時、星の体が鎧の重みで勢い良く後ろに倒れた。


「うぅ……痛い」


 床に尻もちをついた星は、心配させまいと「あはは……失敗しちゃいました」と笑って見せる。しかし、その様子を見たエミルは慌てて星の体を起こすと、険しい表情で「これじゃとても戦闘は無理ね」と呟く。


 始めから無理なのは分かっていたが、筋力補正が入ればもしかしたら……っという期待はあったのも事実。


 だが、やはり圧倒的にレベルが低すぎて、筋力補正の数値もそれほど高くないのが最大の難点と言える。


 デイビッドとエリエもさすがに転んだ星を見て、これはまずいと思ったのだろう。一瞬で表情を曇らせると、再び考え込んだ。


「戦闘も攻撃より回避重視でしょ? なら、鎧より服を使った方が良いかな?」


 エリエは少し考えた後にそう呟く。


 だが、その言葉を聞いたエミルとデイビッドの表情は更に険しい表情に変わる。


 それには理由がある。ここフリーダムでは防具を装備すると、防御力ではなく最大HP量が増加する。防御力はキャラクターがレベルアップするに従って徐々に上昇していく仕様になっている。


 基本的に、全てのプレイヤーは上限のLv100でステータスが一定になるよう設定されている。


 それでも足りない部分がある場合はHP、攻撃力、防御力、スピード、攻撃速度の5つをそれぞれに装備などでバランスを取って自分のベストの装備を見つけていくのだ。防御力が欲しいなら盾を装備すればいい。だが、代わりにスピードのパラメーターが落ちる。


 他にも装備によって様々なステータスに違いが出ることから、初心者はまず武器よりも自分に合った防具から揃えるのがフリーダムでは常識になっていた。


 更にフリーダムでは、鎧の他に日常装備できるようにと服も装備できる。VRMMOではゲームとはいえ『視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚』といった五感が現実世界とあまり変わらない状態で再現されている。その為、寝る時やくつろぐ時に重たい鎧のままでは何かと不便で仕方がない。


 だから、多くのプレイヤーは戦闘以外では、日常で服を装備することが多い。ゲーム内では服専用に店があり、衣類も豊富に揃えられている。また、一般のプレイヤーが経営している店も数多くある。


 しかし、あくまで日常で着る為の物で、戦闘で服を装備するということは裸でいるのも同然。

 何故なら、服には装備した時にHP上昇や防御力上昇などの付属効果がないからだ――つまりは、裸同然で戦闘に及ぶことになる。


 たまに速度特化のプレイヤーが防具の重さと煩わしさを嫌って、服を装備している場合もあるが、それは高レベルになって自身の防御力が上がり、HPよりも俊敏性を上げて攻撃を確実にかわせるという自信からくるものだ。


 なので初めて数日しか立っていない星に、そんな強者の真似ができるはずもない。


 エミル達は困り果て、深刻な顔で考え込んでいる。

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