貴族転生!〜転生したけど、文明がすすんでいました。〜
@Ludwig-aka-taka
プロローグ1 父親
もし、自分が異世界に転生して夢のようなチート能力に目覚めたり、最強の内政能力に目覚めて多くの部下や仲間達と恋愛やぶつかり合いをしながら毎日を過ごせたら。そういう妄想を君はしたことがあるだろうか。一度はしたことがあると思う。第一現状の自分にそんな能力は無いのだから、異世界に行っても大して現状とは変わらないだろうというやぶさかな考え方は置いておくとして、だ。
この物語はそんなことを普段から妄想してしまっている、残念な男が本当に異世界に生まれてしまったことから始まる物語である。だが、異世界は決して彼が考えているような生易しいファンタジー世界ではないことは、忘れてはいけない。
ふう、と息をはくとその息は白くその辺りの寒さを物語っている。
周りは雪一色の銀世界であった。遠くには白キツネだろうか、何やら白い四足歩行の獣が雪の中に鼻を入れこみ、なにか獲物を探っているようだった。ふと上を見上げれば、そこには広く青い空と、その空を優雅に飛ぶ鳥達が存在していた。
男は自分のくすんだ金髪をかきむしる。
彼が「雪精が輝く街」と呼ばれる雪景色が大変美しい街を出てから時が3時間が経過した頃だろうか、太陽はようやく傾き始め、周りに広がる広大な白いキャンパスは朱色に染まりつつあった。彼を乗せる馬車の御者は少し、速度を早めた。街道であるためか道は舗装されており、一定の間隔で街灯も備え付けられているが、やはり夜になる前に目的地についておきたい。
「......もう、間もなくか」
その馬車に乗っている、20代の半ばになる唯一の客は少し緊張するように、そうつぶやいた。そして、その言葉を確認するように馬車の客室に備え付けられている横の小さな窓をすこしあける。外は相変わらず銀世界が広がり、つい数時間前に見たあの白キツネは見えなくなっていた。しかし視線の少し先には小さく移る町並みが見えている。
彼はその町が自分のよく知る町だと知ると、その緊張が増し、窓をあけたことを後悔した。馬車は客室がボックスとなっており、前方にあるガラス製の窓からは御者が見える。御者は着ている燕尾服が汚れても気にしていない様子だった。彼らがこれほど目的地に着くのを急いでいるのには訳があった。
それを知るのには彼がこの馬車に乗る2日前にまでさかのぼるーーーーーーーーー
二日前......男はいつも通り書類に目を通し、男の生まれた家柄を映し出すような装飾がついたペンでサインを書類にした後、その書類を側に控える部下が包み、印璽と呼ばれる男の家の紋章がついた封蝋を捺していた。
封蝋は二種類ある。彼がこの地方を支配しているヴァルタースハウゼン一族の一員を証明したもの。もう一つはこのあたり一帯を治めているレトゲンブルク辺境伯の補佐で、この「白い街」と呼ばれる街の町長であることを示す、ルーベン子爵をしめしているものがある。
書類によって別の封蝋を捺す必要があり、ルーベン子爵を示す方は自分で捺していたため毎回時間がかかっていた。普段はこの作業をした後に暖かいコーヒーという、この国より東の方の発祥だという苦い飲み物で一服するはずだったのだが、その日は大きく異なった。
突然バンっと大きく音をたてて扉を開けたのはアヒムと呼ばれる黒髪で少し幼さを顔に残す青年だった。
「大変です! クリストフ様!」
「......一体どうしたね、アヒム君。君らしくない。」
そう言葉を返したクリストフ・ヨーゼフ・ヴァルタースハウゼン・フォン・レトゲンブルク・ツー・ルーベンはアヒムと呼ばれる青年の普段らしからぬ行動に怪訝な顔をした。
「もう少し落ち着きなさい、アヒム君。」
肩で息をするアヒムを、そう諫めたのは彼の側につかえる厳格と評判の執事で少しクリストフよりも年上の、ルードルフであった。
「はぁ、はぁ......ふぅうーーー。......申し訳ありません、ルードルフ様、クリストフ様。......これが、これが届いたのです。」
と彼が懐から一枚の手紙を取り出した。手紙には魔法印と呼ばれる特別な印が捺してあった。
魔法印とは、その印に記憶してある波形と同じ波形をもつ者でしか中身を確認できない代物である。魔法の波形はそれぞれ一族に同系統の波形を持つ者が多く、魔法印を捺す者はその範囲を決めることができるといったものだ。
「うん? この手紙には魔法印が捺してあるけど何かあったのかい?」
「クリストフ様、魔法印を同じヴァルタースハウゼン一族であるアヒムで開けられないと言うことは、おそらく機密文書でしょう。魔法印を一族内のそれも特定の波形に限定するということは、それだけ重要だということです。」
ルードルフはそういうと、手紙の中身を見たと思われるアヒムを目で叱る。
「ぼっ、僕は手紙を開けようとはしてないですよ、ルードルフ様! ここにっ、ここに書いてある送り主の欄をみてくださいよ!」
あわててアヒムは自分の無罪を主張すると、手紙の裏に書いてある、彼が息を切らしながらこの部屋にきた原因を示した。
「裏かい?......これは......!」
その送り主の名はクリストフの妻、ユリアであった。
ーーーー
ふと、クリストフは少し前の昼下がりの出来事から戻り、再び馬車の小さな窓から彼の妻がいる街、ペーベルを眺めた。
「もうすぐ、私も父親か......」
彼はそうつぶやくと、その小さな窓を閉め、来るべく彼の初の子供との対面を想像した。
気付くとあたりはすっかり暗くなり、街道には太陽の変わりに街灯の淡いオレンジ色の光が彼の馬車の行く先をしっかりと照らしていた。
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