第28話 美久の決意
大魔王の魔の手がこの地に迫りつつある。
来る脅威に向けて自分も委員長のままではいられない。美久はより大きな力を付けて勇者の助けとなるべく、ある決意をした。
それはずっと前からやろうと思っていたことだった。今こそその時が訪れたのだ。
今日の授業が終わって、美久はさっそくその決意を伝えに伝説の勇者のもとに向かった。
伝説の勇者は美久と同じクラスにいて、今は授業で使っていた物を机に片づけているところだった。
「結菜様、聞いてほしいことがあるんです!」
「え、なに?」
魔王からこの町を救った伝説の勇者にして同じクラスの生徒、田中結菜は緊迫する美久の声に実に落ち着いた声で答えた。
さすが、伝説の勇者。大魔王の脅威が迫っていてもその態度は堂々としている。
美久は決意の内を伝えることにした。
「あたし、挑戦しようと思っているんです!」
「なにに?」
「生徒会長にです!」
「おおー」
その発言に結菜ではなく、周囲の生徒達から感嘆の声が上がった。
「ついに挑戦するのね」
「委員長が生徒会長になる時が来たか」
「美久、わたし達は応援しているわ」
クラスメイト達はしきりに感心と応援の声を上げるが、結菜はきょとんとして座っているだけだった。
さすがに魔王と戦った伝説の勇者ともなれば、美久の目指す生徒会長といえどもただの小物に過ぎないのだろう。この戦いの重さが実感出来ないのも無理はない。
だが、一クラスの委員長に過ぎない美久にとっては大きな目標だ。生徒会長になれば学校の全てを動かすことが出来る。
美久はさらに勢い込んで発言した。
「つきましては、結菜様にはあたしの戦いについてきてもらって、見守っていただきたいのです!」
「あ、うん」
美久の強い発言に、結菜はぎこちなく返事をした。
「では、行きましょう!」
美久は勢いのまま歩き出そうとする。だが、その前進を止めたものがあった。
誰かが立ち上がる椅子の動く音がしたのだ。誰かなど確認するまでもなかった。立ち上がったのは今まで黙って本を読んでいた少女、黒田麻希だった。
その存在感に誰もが注目する。
彼女がただ者でないことはクラスのみんなが知っていた。彼女こそがそのたぐいまれなる自転車技術で勇者やみんなを翻弄した魔王なのだ。
学校のすぐ近くの道路で勇者と魔王が対峙し、魔王は垂直に近い壁を自転車で昇って去ってみせた。その出来事を何人かが目撃し、噂は学校に広まっていた。
麻希の眼鏡の奥の冷静な瞳が、美久と結菜に向けられた。
「結菜、無謀な戦いを挑もうとする友達を止めるのも勇者の務めよ」
「え? そう言われても」
困ってしまう結菜の横で、美久は力一杯宣言した。
「大丈夫です! あたしは今までに結菜様にたくさんの勇気を頂きました! 今こそその恩を返す時なのです!」
美久の変わらない強い意思に結菜は行ってもいいんじゃないかと思ったが、麻希は引き下がらなかった。
「なぜ今になってそんな気に? これは分の悪い勝負よ。いえ、はっきり言ってあげましょうか。あなたに勝ち目はないわ」
「だって、今すぐに力を付けないと……大魔王が……」
その一瞬で麻希の眼鏡が光った。一瞬で距離を詰められ、美久は喉元を掴まれて壁に叩きつけられてしまった。
「ぐふっ、マッキー、何」
痛みに顔をしかめて抗議しようとする美久の顔の横の壁に、麻希の手が叩きつけられた。
その迫力のある音に美久はびっくりしてしまう。すぐ間近にある麻希の顔は本気だった。
魔王らしい背筋の震えるような声で囁きかけてくる。
「そのことをどこで知ったの?」
「そのことって大魔お」
言いかける美久の口を麻希の眼光と人差し指が黙らせた。
「言わない方がいいわ。他の者にも伝えない方がいい。結菜にもよ。分かったわね」
美久がうなずくと麻希はその迫力と人差し指を収めてくれた。美久は息を整えて訊ねる。
「マッキーは知っているんですか? あれのことを」
「知っているわ。あなたがそう呼びそうな存在なんて一人しかいない」
「それって……」
美久は視線を彷徨わせる。視界を塞ぐ麻希の肩越しにクラスメイトの顔を順番に見ていく。麻希は言う。
「この学校にはいないわ。それは安心してくれていい」
その言葉に美久は肩の力が抜けるのを感じた。
「でも、どうしてですか? 結菜様にぐらいは言った方が」
「この件はわたしの問題よ。あなた達には何も関わらないで欲しいの。分かったら、首を縦に振りなさい」
その有無を言わせぬ言葉に、美久は首を縦に振るしかなかった。
麻希はやっと美久を解放してくれて、自分の席に戻っていった。また椅子に座って本を読み始める。
今すぐに何かをやろうという気は彼女にはないようだった。大魔王がこの学校にいないのなら、それも当然かもしれない。
脅威はまだ迫っていない。
だが、美久には今やることがあった。再び結菜の前まで来て訴える。
「結菜様! あたしやっぱり生徒会長に挑戦します! ですから、行きましょう!」
今度は麻希もその無謀な行動を止めたりはしなかった。
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