第24話 姫子アフター 4

 姫子は自転車で道を走っていく。

 問題が解決したわけではないが、足が少し軽くなっていた。

 山のふもとの公園まで来て自転車を止める。悠真とよく一緒に会っていた場所だ。

 彼は最近は大学にこもりっぱなしでここにはいないだろうが、姫子はせっかくだから思い出の場所で少し写真でも撮っていこうかと思った。

 鞄からカメラを取り出して少し歩いたところで不意に呼び止められた。


「姫子さん?」

「ゆ、悠真さん!?」


 全く予期していなかった声に、姫子は慌てて驚いてカメラを落としてしまった。そこに立っていたのは確かに悠真だった。


「あ……ああ!」


 お互いに拾おうとして頭をぶつけてしまう。


「あいたっ」

「ごめん、大丈夫だった?」


 悠真の優しい笑みを見て姫子は泣きそうになってしまった。もう何を言えばいいか分からないとかそんな気持ちはどこかへ行ってしまった。自然と言葉が出ていた。


「わたし……わたし大丈夫じゃない……」

「姫子さん……?」

「わたし、悠真さんと」


 言いかけた時だった。


「この変態! 姫ちゃんから離れろお!」


 突然の暴力的な声とともに突っ込んできた自転車が悠真の体を撥ね飛ばしてしまった。その勢いのまま自転車は前輪を持ち上げ、振り下ろして悠真の倒れた体を地面に押さえつけてしまった。さらにハンドルをがしがしと動かして前輪で彼の体を責めたてていく。

 その自転車に乗っていたのは苺だった。酷く怒った顔をしている。姫子はわけも分からず立ち尽くすしかなかった。


「姫ちゃん、ごめん。ストーカーに悩んでいたことに気づかなくて」

「ストーカー?」


 どこからそんな単語が出てくるのか分からない。どこの誰がストーカーだというのか。


「安心して。この男、すぐに警察に突き出すからね」


 苺の乗る自転車の下では悠真がうめきを上げている。姫子はやっと気が付いた。苺は勘違いをしているのだ。

 苺は携帯を取り出してすでにボタンを押し始めている。悠真はすでに虫の息だ。姫子に待っている時間はもうなかった。


「うわあ、警察だめー!」


 姫子はパニックになって苺を突き飛ばした。驚いた苺は自転車ごと倒され、派手に地面を転がった。

 姫子はやってしまったと思ったが、もう後の祭りだった。


「あ、わわ、苺ちゃん」

「姫子さん……」

「ゆ、悠真さ……ん?」


 力ない彼の声に見下ろすと、見上げる悠真がいた。彼は自転車を排除した姫子のすぐ足元に転がっていた。


「キャアアアア!」


 姫子は悲鳴を上げてスカートを押さえ、ずっと仲直りしたいと願っていた彼に蹴りを入れていた。それも連続で。 




「ごめんなさあああい!」


 数刻後、悠真と苺の前で姫子はあやまっていた。幸いにも二人に怪我はなかった。


「どうして、わたしこんなことばっかり」


 もう手を出すのは止めようと思っていたのに。


「いや、僕だって姫子さんのパンツ見たし」


 悠真の場を和ませようとする冗談にまた手を出しそうになってしまう。姫子は両手でスカートを掴み、顔を真っ赤にさせてうつむいた。


「やっぱり警察に突き出した方が……」


 呟きかける苺だったが、姫子が顔を上げたのを見て口を噤んだ。

 姫子はそんな苺の方を少し見てから、悠真に向かって訴えた。


「ごめんなさい。わたし、絶交なんてするつもりじゃなかった! 悠真さんと仲直りがしたいんです! でも……こんな彼女じゃ嫌ですよね……」


 また元気を無くしそうになる姫子の手を悠真は取ってくれた。


「嫌なもんか。僕だって姫子さんと仲直りしたかったんだ!」


 見つめあう二人の横で、苺は首を傾げた。


「何この空気。男の問題ってそういうことなの?」


 苺は居づらさを感じて倒れた自転車を起こしに行こうとした。だが、聞き捨てならない言葉を聞いてその足を止めた。

 姫子としては前に葵に聞いた助言に従って、悠真と仲を深めたいと思っただけだった。


「じゃあ、ホテルに行きませんか? わたし、悠真さんの喜ぶことをもっとしてあげたいんです!」

「ちょっと待てやあ!!」


 苺は陸上部仕込みの鍛えた足で鋭く二人の間に割って入った。悠真を鋭い眼力で黙らせ、姫子に向かって訴える。


「姫ちゃん、自分の言っている意味が分かって言っているの?」

「え? わたしはただ悠真さんと仲良くしたくて」

「この男がオーケーと言ったらどうするのよ! 姫ちゃん、行っちゃうの!?」

「え、ち、ちが、わたしそんなつもりじゃなくて」

「分かってるよ、姫子さん。僕はここにいるから。もう二度と自転車になったりしないから。ゆっくりやっていこう」

「は……はい!」


 思えばずっと張りつめていた気がする。

 悠真の優しい言葉に姫子は笑顔で返事をした。

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