第57話 叶恵のいる生徒会

 叶恵が学校に戻ってきて、翼の生徒会にもいつもの日常が戻ってきた。

 真面目な叶恵は会長である翼に、礼儀正しく挨拶と謝罪をした。


「少しお休みをいただいてしまい、ご迷惑をおかけしました」

「いえ、いいんですのよ。叶恵さんにはわたくしの我儘で試合に参加してもらいましたし、いつも助けてもらっていますから」

「そのことですが……」


 叶恵は少し言いにくそうに口を噤んでから、決意したかのように少し上気した口調で言った。


「翼様はあの勇者をどのようになさるつもりなのでしょうか?」

「どのように……とは?」


 叶恵がそのことを気にしていたとは意外だった。翼はどう答えようかと考える。

 思考していると、叶恵はすぐに言葉を繋いできた。

 一度言うと決めたらもう彼女には質問を止める気はないようだった。


「何かをさせるつもりであのような大会を開かれたのですよね? よろしければそろそろわたしにもその目的を話していただきたいのですが……」


 翼は困ったことになったと思った。目的は結菜が本当に勇者であるかを確かめることだ。

 バニシングウェイの一件もあるが、それ以外には無い。

 だが、どうも叶恵にはそれ以上のことを期待されているようだ。

 眼差しはそう言っている。翼ならきっと凄いことを考えているに違いないと。

 期待の瞳で見つめてくる副会長に、翼は迷ったが、正直に答えることにした。


「何も……」

「何も?」

「ただ勇者であると確かめたかった。それだけですわ」

「それだけ……」

「はい」


 やはり叶恵の期待には答えられなかったようだ。

 興奮に握っていた手を少し下ろした。それでもなおも食い下がるように訊ねてくる。


「勇者に何かをさせるつもりは……無いのですか?」

「今のところはそうですわね」

「本当に確かめるだけのためにあのような大会を……?」

「そうなりますわね」


 本当はバニシングウェイや勇者の宣伝をするという目的もあったが、それが立ち消えになった今では結果的にそうなっていた。

 翼は結菜が勇者であることを確かめた。それが成果であり、それだけが成果でもあった。

 叶恵はしばらく放心していたが、すぐに元の落ち着いた優美なお嬢様のたたずまいを取り戻した。


「分かりました。翼様がそうお決めになっているのなら、わたしからはもう何も言いません。それよりもこれからのことですよね?」

「これから?」


 翼は不思議に思う。叶恵は何を考えているのだろうか。

 伺っていると、子供のように純真な笑顔を浮かべて言ってきた。


「今は何もさせる気がなくても、もちろん翼様にはこれから何か賢者として結菜さんを導くプランがあるんですよね?」

「これからのプラン……ですか?」


 翼は考え、正直なことを伝えることにした。

 副会長でありすぐ身近な存在である叶恵に対して、隠し事や誤魔化しなどしても意味が無い。これからもずっと一緒に仕事をしていくことになるのだから。


「結菜さんにはこれからも今の学校生活を頑張ってもらうことにしますわ。それが学生にとっては一番大事なことですし、わたくし達にとっても今の学校の業務を疎かにするわけにはいきませんもの」

「つまり翼様には勇者に対してこれからも何もする気が無いと」

「そうなりますわね。向こうのことは渚が見てくれていますし」

「渚……」


 なんだろう。純真な叶恵が苦虫を噛み潰したような気がする。

 だが、気のせいだったのだろう。叶恵は優しい綺麗な子なのだから。


「すみません、わたしが翼様に過度な期待をしてしまっていたんですよね」

「いえ、それはいいんですけれど」


 叶恵の落胆した様子にさすがの翼も後ろめたさを感じてきていた。

 翼の決断を渚は好意的に受け取ってくれたが、思えばこれが普通の反応なのかもしれない。

 渚は気心の知れた身内のようなものだが、他人は違うのだから。

 あれほどの大会を開いておいて、町のみんなに勇者を紹介して、結菜も喜んで受け入れてくれたのに放置では、あまりにも不義理というものだろう。

 叶恵は自分の作業に戻ろうとする。翼は急いで呼び止めた。


「待ってください、叶恵さん」

「何か?」


 叶恵の瞳は優しいが、妙に冷たい。

 翼は自分が間違った選択をしていたことを察していた。

 反省して出来ることをやることにした。

 

「今は必要ありませんが、備えはしておかなければいけませんわね。家にある勇者の資料を改めて整理したいのですが、手伝っていただけますか?」


 翼の家にはかつての賢者の残した多くの文献がある。

 今までは興味を引いた物を手に取って面白いと思っていれば良かったものだが、これからは違う視点で見て勇者を助ける武器としても使えるはずだ。

 結菜には引き続き学校生活を頑張ってもらうが、こちらで打てる手は打っておく。

 その提案に叶恵の態度が柔らかくなった。翼は心から安堵した。


「それは翼様の家に伺ってもよいということですか?」

「はい、外には持ち出せない貴重な資料もありますし、こんなことを頼めるのは叶恵さんしかいないのです」

「でも、結菜さんや渚さんがいらっしゃるのでは」

「あちらにはあちらの都合がありますし、わたくしにはよその学校にまで迷惑を掛けるつもりはないのです。それでどうでしょう? 手伝っていただけますか?」


 叶恵はどう返答するのか。翼は心配だったが、杞憂だったようだ。


「わたしでよければお手伝いいたします」

「では、行きましょう。この仕事が片付いてから」

「え」


 叶恵の机の上にこの一週間の間に溜まっていた仕事をどさりと置いてやる。


「叶恵さんが休んでいた間に溜まっていた仕事です」


 その量を、叶恵は目をぱちくりさせてびっくりして見ていたが、翼はこれを彼女一人に押し付けるつもりはない。

 でも、自分を冷や冷やさせた叶恵にこれぐらいの仕返しはしてもいいと思った。

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