幕間

幕間


 気がつけば、真っ白な空間にいた。比喩でも何でもなく、本当にただただ白が連綿と、どこまでも続いているのだ。


 だが、引力はあるようで、自分が何かに引き寄せられているような感覚はあった。それが左なのか右なのか、上なのか下なのかすら分からなかったが。


 もっと言えば、自分が何者なのか分からない。いま自分は、手も足も無い、何か漂う綿のような、そんな存在として、巨大な何かに吸い寄せられているのだった。


 しばらくすると、自分の様なモノ達が、同じように何かに吸い寄せられていることに気付いた。それらは最初からあったのか、はたまた引き寄せられている過程で合流したのか、それすらも分からなかった。


 しかし、なんだか安心感はあった――大きなものに身を委ねる、もう何にも抗う必要などない――そんな安堵が、自分を包んでいた。


「……そうか? それもまた、悪くはねぇんだけどな?」

 

 自分に何者かが話しかけてきたような気がした。その存在の主を手繰ろうと意識を回して見ると、モノの一つが自分の傍にあることに気付いた。


「お前さんのその本質を、ねじ曲げたままで、いいのか?」


 確かに、このままではいけない気がする――誰かに、願われた気がする。


「とにもかくにも、このままじゃ、なんだかよく分からねぇだろ? とりあえず……よっ」


 そして、語りかけてきたモノが触れてきた瞬間、世界がはじけて――周りにあるものが、急激に意味を持ち始めた。


 自分は今、荒野のど真ん中に立っている。それは、確かな足を持ってだった。周りに漂っていた白いモノ達も、確かな輪郭と意味を持って――あるモノは犬に、あるモノは虫に、そしてあるモノは人間だった。それらが整然と一列に並び、何かを待っている。列の奥を見ると、線路と汽車が見えた。皆、アレに乗るためにここに並んでいるのだ。


 そして、自分の手を何物かが握っている。見上げてみると、黒い眼帯の男が自分の手を持ち、優しげな笑みを浮かべて、列から一歩外れて立っていた。


「これは、あくまでも俺なりの解釈だ。だが同じ人間同士だからこそ、ある程度は同じ意味を共有できる」

「……どういうことだ?」

「ここはどこでもあり、どこでもない。世界のありとあらゆる場所から通じているが、その逆は無い。向こうからは何時でも来れるが、こっちからは望んで向こうには行けない。本当は何もない所……ただ大いなる意思と、その欠片を除いてな」


 男の言っていることは、全然分からなかった。そして恐らく、自分のしかめっ面が面白かったのだろう、男は豪快に笑い出した。


「はっはっは! いや、段々と分かってくるさ……それで、お前さんが今立っている列、そこで自分の番を待っていれば、あるべき場所へ辿り着くことが出来る。だが、お前さんはスペシャルなんだ。何せいるからな……それで、どうする?」


 またしても、全然言っている意味が分からなかった。


「とは言っても、俺はお前さんがどうするのか分かっている。だからこそ、声をかけたんだ」


 そう、何が何だか全然分からないのだが、自分の意思はなんとなく決まっていた。


 私は男の手を取ったまま、列の外へと踏み出した。


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