21-3
「くっ……放っておけば一人でぶつぶつと!! 調子に乗らないでッ!!」
リサが、その銃口をこちらへ向けてきた。確かに、銃の腕はあの子の方が上だ。だから――。
「コグバーン!!」
『アイサー』
男の声が聞こえるのと同時に、宙に幾つかの線が浮き上がるのが見えた。その線は正確に、自分の居る位置に二本、本来ならば避けようとしていた先に二本、そしてその間に更に二本の線があった。射線さえ分かれば、対応することは可能――少女は右脇のホルスターから、我が父の遺した歴戦の相棒を抜き出した。
鉛の玉と鉛の玉がぶつかり合い、鈍い音があたりに響いた。そして同時に、計十二発の弾丸が灰となって、夜の風に消えていった。
「な……に……? ……ちぃ!!」
リサは一旦驚愕に目を見開き、しかしすぐに我を取り戻し、今度はこちらへ接近してきた。左腕で、直接勝負を決めに来たのだろう。確かに、身体能力はあの子の方が上だ。だから――。
「ジーン!!」
『任せな!!』
女の声が聞こえるのと同時に、体にいつも以上の力が沸いてくるのを感じる。これなら、同等以上の動きが出来るはず――赤い文様の浮き出る妹の左腕を、少女は身を翻しかわした。
「くっ……!? どうして!?」
「……はぁ!!」
ペースを崩されて混乱して、隙だらけになっている妹の腹部を、少女は右脚で思いっきり蹴り入れた。
「ぐっ……ぅ……!?」
リサは僅かに呻いて後ろへ吹き飛ばされたものの、流石にスプリングフィールド修道院最強にして最高傑作なだけはあり、右腕で腹部を押さえてはいるがダメージはそう無いようだった。
「……どういうことなの? コグバーンに、ジーン……それに、さっきの、マリアの……」
戸惑っている妹をよそに、姉は銃倉を横に出し、すぐさま六発の弾丸を装填した。そして銃身を振って収め、銃口を上に上げたまま、少女はリサを見据えた。
「言っただろ? アタシは、一人じゃないって」
『そうよぉ。戦いにはちょっと参加できないけど、私も居るからね!』
柔らかい、しかし緊迫した場面に合わないマリアの声に、少女は少し笑ってしまった。
対して、リサは困惑の表情から、段々と事態を理解してきたのだろう、瞳に怒りを燃やし始めた。
「……認めない、認めないわ。死んだ連中が、こぞってお姉さまの味方をしているだなんて……!」
リサはポケットから新しい弾倉を取り出し、手早く使い切った物と入れ替え、再び銃口を姉に向けてきた。
「絶対に認めないッ!!」
まずは一発、少女はそれを、コグバーンの
「どうして! いつもいつもいつも!! お姉ちゃんばっかり愛されて!!」
二発目――そう、少女には妹の気持ちが、なんとなくだが分かっていたのだ。もちろん、姉妹と言えども他人は他人、完全にあの子の気持ちが理解できるだなんて言うつもりは無いけれど――。
「私だって、頑張ったのに! 誰かに好かれたくって、認められたくって、一生懸命頑張ってきたのにッ!!」
三発目――これは、あの子の寂しい気持ち。誰からも愛されず、認められず、孤独に生きてきたあの子の怒りが、弾丸となって自分に向けられているのだ。
「お姉ちゃん、大好きだったのに……私を置いて、外に出て、自由になってッ!!」
四発目――互いに、一度は憎みあった。自分も、リサを殺したいと思った。それでも、もう一度話がしたいと思っていた。
「それに、私に死ねと言った!! そんな酷いお姉ちゃんだけ、どうしていつも救われるの!?」
五発目――傲慢と罵られてもいい、だが、あの子の気持ちが少しでも理解できるのは、世界に自分だけ――同じように呪われた腕を持っていた、自分だけだと思うから。
「お父様は絶対に私を愛してくれない……あの人は、私と同じだから……手に入らないものばかり美しく見える、そういう人だったから……それも、分かってた!!」
六発目――だからこそ、この子は父を愛そうとした。絶対に自分を愛してくれないと分かっているからこそ、求めてしまう。
六発の銃弾を撃ち終わり、リサは左手と頭が垂れ下がり、少しの間黙り込んでしまった。
「……本当は……本当に、私の気持ちが分かるのは、お姉ちゃんだけだと思ってた……それなのに、お姉ちゃんだけ、ずるいよ……!」
再び上げた顔、その瞳に、リサは一杯の涙を浮かべていた。泣き顔も綺麗な、私の妹。
「……リサだって、やっぱりアタシにないもの、たくさん持ってて、アタシだってリサのこと、ずるいと思ってるよ」
綺麗な金髪、整った顔立ち、スラリと長い手足――小さいころ、自分の後ろをいっつも追い掛け回してきた、可愛いけれども、憎たらしい、私の大好きな妹。
しかし、そんなことを言われて納得できるわけでもないだろう、再び怒りを顕にして、リサがこちらへ飛びかかってきた。
「もう喋るなッ!! 永久に壊れて黙れぇええええええッ!!」
自分が、あの子の左腕を――あの子の存在を、認めてあげなければ――今の自分には、それが出来るから。
「……お母さん!!」
『えぇ……聞き分けの無い子は、優しく包んで甘えさせてあげないとね?』
少女の母、サカヴィアの声が聞こえると同時に、右腕の文様が一層白く光った。
自分の仲間たちと妹が暴れまわった結果、半ば廃墟と化してしまったような砦中に、小さく乾いた音が響いた。それは、少女の右の掌に、妹の左の握り拳が当たった音だった。
「……どうして? どうして壊れないの……?」
「理由は単純……グーは、パーに勝てないんだよ」
そう言いながら、少女は妹の拳を優しく包み込んだ。
『……私の能力、調和の精霊【ハルモニア・カティーナ】は、相手の能力を包み込み、押さえ込むことができる』
そう、心の中に母の声が響いた。実際、自分の能力がずっと抑えられていたのは、これのおかげで――幼子に術式を刻むと命の危険があることから、少しでも力の暴走を抑えるようにと、母が作ってくれた右腕の赤い布――物心ついたときにはすでにその体は滅んでいても、ずっとずっと、自分のことをやさしく包み込んでくれていたのである。
妹はそれ以上抵抗することなく――ただ、姉の目を呆然と見つめていた。
「なぁ、リサ……アタシ達、やり直せないかな?」
「えっ……?」
「……アタシ、リサに酷いこと言った。本気で恨みもした……でも、それでも、やり直そうと思えば、きっとやり直せないことなんて、ないんだよ」
自分の言葉に、マリアはどう思っただろうか――この子に殺され、大切な人たちとの関わりを絶たれたのだ、恨む権利はある――しかし、マリアは口を挟まず、黙っていてくれていた。
「……リサは、酷いこともしてきた。でも、それだって、心のどこかで、分かってたはずだ」
ロングコーストで出会ったとき、リサの心は壊れているのかと思った。しかし、実際は違った。スプリングフィールドの過酷な実験に耐えるため、壊れた振りをして、自分がおかしいと思い込んで――そうでなければ、生き残れなかったはずだ。周りを壊さなければ、本当の意味で自分が壊れてしまうのだから。それでなんとか自分を保ち、寂しさを紛らわせてきていたのだろうし、実験が終わった後だって、誰かに愛されたくて、唯一繋がりのあるブランフォードの気を引くために、数多の返り血を浴びてきたのだろう。
「……自覚があったって、酷いことをしてきた事実は変わらない。だから、償っていかなきゃいけない……でも、アタシがいるから」
自分がついてる、その言葉は、妹の心にどう響いたのだろうか――妹の虚ろな目に、一瞬輝きが灯ったが、すぐにまた頭を垂れてしまった。
「……リサの心はリサだけのものだから、全部分かるなんていう気はないよ。でも、アタシも、誰かの命を奪ってきたから……リサの気持ちも少しは分かるつもりだし、同じように、償っていかなきゃいけないと思うんだよ。だから、一緒に……」
「……今更になって、お姉さん面をするつもりですか?」
いつの間にか、妹の拳が震えている――そして手が振り払われ、リサは後ろに飛びのいてしまった。
「り、リサ!?」
「私を哀れむんじゃないッ!!」
呼びかける姉に対し、妹は瞳を大きく開いて、叫んだ。
「貴女に私の気持ちは、永遠に分からないわ……それに、もう遅いのよ……貴女の言うとおり、私はすでに取り返しのつかない所まで来てしまったの」
「だ、だからアタシと一緒に……!」
「ウルサイ黙れ!!」
再装填が終わり、また泣きそうな顔で、妹がこちらへ銃口を向けてきた。
「優しいお姉さまは、優しい死を与えてきただけ……対して私は、理不尽な破壊を振りまいてきた。そこには、絶対的な溝がある……」
そこでリサ・K・ヘブンズステアは一枚のカードをポケットから取り出し、右の人差し指と中指でカードをはじき、死神の描かれた絵柄をこちらを見せてきた。
「……貴女が死神でなかったとするのならば、私こそが真の死神となりましょう……私の罪が許される世界は、お父様の目指した世界だけ。あの人の愛を受けられないと知っても、なお私は、私を許すために、お父様の目指した楽園に辿り着いてみせる」
それは、あの子が唯一、自らの罪を認めずにすむ世界。神の国への道を阻んだ異教徒どもを粛清しただけだと、自分を肯定できる、あの子だけの理想郷――しかし逆を言えば、やはりあの子自身、自分がやってきたことの重大さを、本当は理解していると言うことに他ならない。
乙女は目元の高さでカードを止めたまま――息を吸い込み、その瞳に月を映しながら、少女を見据えている。
「私は黙示録の祈士。その頂に立つ蒼。死を振りまき、この世の終わりに破壊をもたらす者……そうやって生きてきた。そして、これからも」
二人の少女の間に、一陣の風が吹く――姉は妹の全てを受け入れる覚悟で、次の一撃を待った。
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