12-4


 ◆


「くっそぉ……! こんなのが相手になるなんて、聞いてないぞ……!?」


 少女は後ろを振り向き、左手に持った拳銃の引き金を引いた。一発の弾丸が人型に当たり、渇いた音がして終わった。

 後ろから少女たちを追いかけて来ているのは、人では無かった。鋼鉄の体に包まれた、黒い人型の機械人形――それにしても、繋ぎ目などもほとんど見えないほど表面は輝いていて、歯車や石炭で動いているようにはどうしても見えなかった。それが何体も何体も、数えるのも面倒な程の数が、こちらへ迫ってきている。


(せめて、アスターホーンがあれば、なんとか……!)


 しかし、無い物をねだっても仕方がない。だが、このままでは埒が明かないのも事実で――こちらには生き物しかいないのだ、馬だって疲れているし、当然、走っている人間は尚更である。輝石の助力があってなお、少女だって息が切れて来ている。しかし相手は完全な機械人形で、血も涙も心も、況や疲労などあるわけがない。何を燃料にしているかは分からないが、その動力が切れるまでは、正確無比にこちらを狙ってくるだろう。しかも、この先に部族のキャンプ地があるらしい。こいつらをそこへと招き入れる訳にはいかない。少女はポンチョをずらして包帯の留め具を外した。


「……お前らは先に行け! ここは、アタシが食い止めるからッ!」


 喋りにくい上に、もはや人間の追手はいないようなので、少女は口の布を下ろして、先を行っているネイティブ達に叫んだ。

 大半の男たちは、驚いていたようだった。きっと自分が混血で――だから、信用してもいいのか、それとも駄目なのか、悩んでしまったに違いないし、そもそも、言葉が通じているのか――。


「#EZ&DYD‘>C‘」


 しかし、オリクトが何やら叫ぶと、我に返ったのか、男たちは渓谷の奥へと走っていく。オリクトはしんがりになり、真摯なまなざしを少女へ向けてきた。


「……頼む」

「あぁ、任せろ!」


 少女は振り向き、蹄の音が離れていくのを背中で感じながら、機械人形たちの中へと突貫した。機械兵士たちの腕が一斉に上がり、銃口がこちらへ向いてくる。


「うぉおおおッ!」


 驟雨しゅううのごとき弾丸を、紙一重で見切りながらかわし続ける――もしこれがリサならば、全て撃ち落とすことも出来るのだろうか? 勿論、拳銃の構造的に、弾の足りる限りではあるが――などと思っているうちに一発掠めてしまった。少女は改めて、避けることに集中する。

 そして、弾丸の雨が止む。再装填している今がチャンス――少女は更に踏み込み、一体の機械兵士の顔面に相当する部分を、右の拳で力強く殴ってみた。


「……痛い」


 その声は、自分の口から出た物だった。つまり哀しいかな、分かったことと言えば二つ、こいつらにはやはり自分の能力など通じないことと、鉄の塊を殴った自分が馬鹿だったという事だけであった。


「だけど、そんならッ!!」


 今度は回し蹴りを放った。靴の踵と鉄塊がぶつかり合い、そして一体の機械兵士が吹き飛び、渓谷の壁にぶつかった。一応、足技にもそれなりに自信があり、どうやらこれならダメージも通りそうである。勿論、足は痛いのだが。


「おっしゃ、この調子で……ぇえ?」


 しかし、残念ながら無力化は出来なかったようで、土煙の中から先ほど蹴り飛ばした機械人形が見事に復活を果たした。しかも、元気に瓦礫から飛んで出てきた。その上さらに、他の兵士たちのリロードが終わってしまったようで、再び銃口がこちらへ向けられる。


「お、おぉおおおお!?」


 素っ頓狂な声を上げてしまい情けない限りなのだが、とにかくマズイ。踏み込んでしまっていたので、今度は先ほどより近い距離で弾丸を避ける羽目になってしまう。

 正直、迂闊だったとしか言いようが無かった。実際、自分の南部式銃型演武サウザンステップは完璧なものではない。ネッドやジェニーは、自分をかなりの達人と勘違いしているようだが――しかし本来の意味では、この技はあの男にしか使えないのである。


(コグバーン……!)


 少しでも、あの背中に追いつけるようにと、少女は銃を強く握った。

 すると、一瞬だけ――視えた。いくつもの弾丸が交錯する中、全ての射線が重ならない、ただ一つの一点が。


(視えるッ!!)


 少女は射線を掻い潜り、なんとかその場へと到達する――周りが五月蠅い、しかし、ここは台風の眼のように穏やかで――いつの間にか、後に残るのは静寂と、銃口から吹き出る硝煙だけになった。


「……ネイさん! 下がってッ!!」


 渓谷の上から、女の声が聞こえた。きっと、彼女ならなんとかしてくれる――そんな期待から、少女は後ろへ跳び、機械兵士たちと間合いを離した。


「今や! ブッカーッ!!」


 上を見ると、渓谷の上空に何やら細い物体が何本か表れ、直後に響いた一発の雷音と共に、大爆発が起こった。岩壁が爆発で崩落し、少女の眼の前には瓦礫の壁が出来上がる。勿論その下に、多くの機械兵士たちが埋もれたはずである。


「まーた思いっきり自然破壊して……さすが、ハリケーン・ジェニーってところかな?」

「それ、褒めてますか?」


 少女が笑うように呟いている間に、上から誰かが飛びおり、少女の後ろに着地するのが聞こえた。それも、二人分。


「褒めてるよ……でも、お前ら大丈夫か? その……」


 少女が振り向くと、ジェニファー・F・キングスフィールドが、例のごとくの得意げな表情、それもなんだかニヒルな笑いを浮かべながら、片手で後ろ髪をかきあげているのが見えた。


「えぇ、御心配は有難いのですが……私の目指す国造りのためには、どうやら避けては通れない相手の様です。だから、この戦いは私にとっても必要な物なんですよ。それに、前衛的な思想を持っているが故に投獄され、晩年に政治家になる方も多くいらっしゃいますし……」

「なんだ、捕まる前提か?」

「御冗談を! 言ったでしょう? このジェニファー・F・キングスフィールド……勝てる勝負からは決して逃げ出さないと。ただ……」


 ジェニーはそこで一旦言葉を切り、自らが作り上げた岩壁の方を凝視した。何やら、激しい物音が聞こえ始め――明らかに危険なものが、壁を壊してこちらへ向かって来ているようであった。


 そして、壁が轟音と共に破壊され、凄まじい土煙が舞う。


「……彼我の力の差を考慮して、最悪の場合にも備えてるだけ……て、えぇっ!?」


 折角格好つけていたのに、女から間抜けな声が上がった。この緊急事態にこんなことを思うのも悪いのだが、本当にジェニーは格好つけてる所を邪魔されるのが似合う。呑気に少女はそんなことを考えてしまった。

 しかし、すぐに少女もジェニーの驚愕に納得した。土煙が徐々に晴れて――その先には、以前対峙した蒸気巨兵のようなものが待ち構えていたのだから。青く光る目に、二本の腕――しかし、以前の物とは違い、しっかりと二本の足で地面に立っている。黒光りする流線形のボディが、太陽の光を吸い込んでいた。

 そして、その巨人の足元に、先ほど少女が乗っていた蒸気自動車のような物が鎮座していた。そこに、一人の片眼鏡の男が、何やら手元の装置を操作しながら、こちらを見てニヤついているのが見えた。


「くっくっく……驚いているようだな! この吾輩の最高傑作、ネルガルを見て……どわぁ!?」


 少女の隣から、容赦のない銃声が響いた。見れば、ブッカー・フリーマンが片眼鏡の中年に、ギターケースの頭を向けていた。しかしその銃弾は男に刺さらなかった。まだ残っていたらしい人間サイズの機械兵士によって受け止められたのだ。


「な、なんだお前は!? 人が喋ってる時に攻撃するなと、母親に習わなかったのか!?」

「そう言うお前は、戦場でベラベラと能書き垂れるのが阿呆だと、ママに習わなかったのかい?」


 ブッカーのサングラスが、太陽の光を反射して光っている。恐らく、向こうの科学者風の男と、ブッカーは同世代だと思われるのだが、どう見てもこちらの方が落ち着きがあって、向こうは子供っぽかった。


「むっきー! くそう、褐色奴隷ブラウニーの分際で! 吾輩に意見する……ひっ!?」


 眼鏡の話は、再度の銃撃によって阻まれた。ブッカーは、別に侮辱されて怒っている訳ではない、単純に隙だらけだから攻撃しているだけなのだろう。


「も、もう怒ったぞ!? こうなれば、お前ら全員皆殺しにしてやるッ!!」

「ちょちょちょ! 少々お待ちを!」


 ジェニファーが慌てたような声をあげて、眼鏡の男を止めた。確かに、あの巨大なメカと正面切って戦うのはマズイ。それは少女にも分かった。


「いや、駄目だね! 吾輩は今、怒髪天なんだからな!?」

「いえ、もう攻撃は致しませんから! ……ほら!」


 そう言って、ジェニファーは中折れリボルバーから弾丸を引き抜いて、更に銃を地面に落とした。少女にとってその行動は、少々――いや、大分意外だった。ジェニーは割とタフというか、かなりの負けず嫌いだ。それが、こんな簡単に敗北を認めるとは――むしろ、少し見損なったと言ってもいい。

 投降の意思を見せてから、ジェニファーは少女と褐色の従者から離れ、白衣の眼鏡の方へと進んで行った。


「こんな素晴らしい発明品に、私たちの様な矮小な人間が敵う訳ありませんから! ですから、どうか怒りを鎮めて……! ほら、貴方達も武器を捨てて!」


 今の言葉を聞いて、少女は意見が反転した。ジェニファーは負けず嫌いだからこそ、自分のことを矮小などと言うはずが無い。それならば、何か策があるのだろう――案の定、こちらを振り向いた時の表情は、敗者の物ではなかった。それを信じて、少女も、そして主君を信じているブッカーも、武器を前に投げた。


「……駄目駄目! 怒ったのは確かだけど、どうせ怒らなくっても殺してたんだから!」


 こちらが武器を捨てたので安心したのか、眼鏡の顔は明らかにふぬけている。恐らく、戦場に立ったことなどほとんどないか――もしくは、あの機械兵士や、この巨兵がこの男の発明品ならば、そもそも駆け引きなど学ばずとも、勝ててしまっていたのが運の尽きなのだろう。


「そう仰らないで……そうだ、まずお名前を教えてください!」

「んん? ……そうだなぁ。まぁ、どの道殺すのなら、教えてもいいのかなぁ?」


 そう言っている間にも、ジェニファーはどんどん前に進んで行っている。男は、そんなことなど歯牙にも掛けていないようだった。そして自己顕示欲が強いのだろう、白衣の袖を振りあげて、男が小躍りを始めた。


「そうだ、そうだな! どうせ死ぬのならば知られないのと同じだし、何より吾輩の名はこれから大陸中に知れ渡る予定なんだ! だから、問題ないな!」

「ぶっ……! えぇ、そうです! 問題ありません! ですから、張り切ってどうぞ!」


 あまりの迂闊さに、演技しきれなかったのだろう、ジェニーから一瞬笑いが吹き出ていた。だが眼鏡の男は完全に自分の世界に入っているので、そんなことなど一切気にしていないようだった。


「そう……吾輩の名前はグラハム・ウェスティングス!! この大陸随一の発明家にして、科学者であるッ!!」

「なるほどぉ……それじゃ、墓標にそう刻んでおきますねッ!!」


 ジェニファーが踵を擦りあげると、やはり足元から大量の蒸気が噴出し、そのまま彼女の目先の蒸気巨兵との間に電流が走った。すぐさま大地が振動し、亀裂が走り――なんと、地面に巨大な穴が空いた。


「う、うひぃぇえええええええ!?」


 ウェスティングスと名乗った男は、人間サイズの機械兵士に助けられ、なんとか穴に落ちずに済んだが、ネルガルという巨兵は成す術も無く、そのままジェニーが穿った大穴へと落ちて行った。

 しかし、やはりこれ程の能力を発動させたのだ、ジェニーの、どうやら靴に仕込んでいたらしいエーテルシリンダーの輝石は、その役目を終えた。


「ま、待っていろ吾輩のネルガル! 今、救いだして……」

「まだまだ!」


 眼鏡の男が何やら車にごちゃごちゃと取りつけられている操縦桿を操作しようとするより早く、ジェニファーは右手を振り、そして例のごとく細い紐で繋がれていた銃が、その右手に収まった。


「これで、仕舞いやッ!!」


 今度は右の拳を思いっきり地面に突き立て――やはり大量の煙が銃床から噴き出し、そして今度は穴が、大きな音と共に塞がれていった。言った通りに、地面の中に仕舞っちゃったということなのだろう。勿論、今度も使い切ってしまったらしい、銃の底から黒い墨が――あれこそ、魂を燃やしつくした燃えカス――崩れて落ちるのが見えた。


「これで、四千の出費……まぁ、まともにやったら五万でも安い相手でしょうから、損して得を取ったと割り切りましょうか」


 大きなため息を吐くジェニーの隣へ、一足先にギターケースを構えたブッカーが立った。


「まだ終わりじゃないですぜ」

「えぇ……ですが、後は貴方に任せますよ。私は、全部使い切ってしまったので」


 やれやれ、とポーズを取るジェニー。確かに、今彼女の銃倉には一発も弾丸が入っていないし、二つのシリンダーの輝石も使いはたしているはずだ。しかしブッカーのギターの文様が赤く光っているのを見ると、どうやらこの前の戦闘の後に、もう一つシリンダーを買い、ジェニーが二つ所持しているという事だったのだろう。少女自分もその戦法に負けた訳だし、彼女のように搦め手を使うタイプには丁度いいかもしれない。


「へへっ、確かに。それでは、お疲れ様です、お嬢。後は、オレにお任せくだせぇ」


 そう言って、ブッカー・フリーマンが主君の前に出る。まだ一体、人間サイズの機械兵士が残っているのだ。しかし、ブッカーのトリロジーなら撃ってよし、打ってよしだ。アスターホーンの無い今の自分よりは余程攻撃力もあるし、何よりこの男が魂のこもっていない人形に負ける所は、少女には想像できなかった。


「ふ、ふひ、ふひひひひひひ……!」


 ウェスティングスが、不気味に笑っている。自らの発明品をあっさり倒されて、気でもふれてしまったのか。


「吾輩のネルガルが、たったの五万ぽっち……? そんなことぉ、あるわけなぁあああい!!」


 叫ぶと同時に、男は片眼鏡の横を指先でなぞった。どうやら、小型のエーテルシリンダーが仕込まれていたらしい、男の顔面から蒸気が噴き出す形になり、なんだか少々間抜けな感じだった。


「見せてやるぞ、吾輩の能力ッ!! 発明黄金時代【インベンティング・ギルデッドエイジ】ッ!!」


 そして男がなにやらゴチャゴチャしている機械を凄まじい速度で操作し始めると、地鳴りがして――そして、割れた。大地が割れて、先ほどの巨兵が、右の拳を突き上げながら、地面の中から飛び出してきた。そして大爆音と土煙を上げて、渓谷の間に着陸した。


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