第17話

 朝来天津と最初に会ったのは、忠泰が一〇歳の時であった。

 いや、その時は朝来天津などという、胡散臭い呼び名では断じてなく、セツが香澄さんと呼んでいたのを忠泰は憶えている。

「お久しぶりです」

「チュー坊。久し振りだねぇ。もう三年くらいになるかねぇ。大きくなったもんだよ」

 懐かしそうに寄ってきた彼女の右手を見て、忠泰はギョッとする。

「か、香澄さん?その右手のモノは何ですかな?」

 それは銃床も銃身も短くはしているが、間違いなくライフル銃だった。

「何だい知らないのかい? 古い型だけどねライフル銃じゃないか。映画やドラマ位は観た方がいいよ」

 いや、そんなことでは無く。

「まあ、チュー坊への挨拶はこれくらいにしといて……」

 そう言って浅葱は向きなおり、

「あさちゃんも久しぶりだねぇ。元気にしてたかい?」

「天津。アンタ、こんなトコで何してんのよ?」

 テンシン? と浅葱の言葉に疑問を感じていると、

「ちょっとした仕事だよ。先生が亡くなってから土地によどみが生まれたからねぇ」

「それでもアンタ程の魔法使いがワザワザ出張る程じゃないでしょ」

 その言葉に天津は肩をすくめて、やれやれと言った感じで、

「そうは言っても、ここの先代とは懇意にさせてもらってたからねぇ。この場所に他のに踏み入られるくらいならアタシがやるさ」

 先代とは、セツのことだろう。浅葱は忠泰と天津が知り合いであった事に驚いているようだが、忠泰も浅葱と彼女が知り合いだった事に驚いていた。

 そして、二人は気になっていた事を追求した。

「それは良いとして"香澄さん"って何?」

「そりゃ、アタシの本名だよ」

 浅葱は「はぁ?」と間抜けな声を上げる。

「だったら、天津って何ですか?」

 と、忠泰がたまらず尋ねる。

「ウチに代々受け継がれる名前さ。朝来天津は先代から受け継がれた名前だよ」

 落語家とか、歌舞伎役者みたいなものか、と納得する。

「それで、アンタ達は何してんだい?」

「いや、何ていうか……」

「結界の管理に来たのよ」

 ぶっきらぼうに浅葱が言った。

「結界? あぁそうか、夜に励起する霊脈もあるからねぇ」

 でも、と付け加える。

「何で藤吉の家のあさちゃんがをやってんだい?」

「えっと……」

「弟子にしたのよ。昨日から」

 浅葱が忠泰の言葉を封じる様に先んじて説明する。

 浅葱が何かに焦っている様に思えたが、その意図がわからない。

「弟子?」

「そうなのか?」という視線で忠泰を見る。

 忠泰もよく分かってはいないが、確かに契約とやらもしたし間違いではないだろう。

「まぁ、そうなるのかな?」

「へぇー」

 興味深げに忠泰をジロジロと見ていると、見られた本人はたまらずに声を上げる。

「あのー。何か問題でもあるのでしょうか?」

「いーや、特にはないねぇ」

 喋り方も性格も変わっているが、顔は間違いなく美人である。長時間見つめられて照れるというのもあるが、それよりも見つめられた瞳が底がないくらいに深く見えてしまって、それに恐怖を感じてしまった。

 それを感じ取られたのかもしれない。

「顔を寄せて何か問題でもあるのかい?」

 色々な経験の少ない男子高校生として、「無い」とは言えない。もう少し、スマートに対応できたら、と思う。

「あさちゃん。そう言えば何でこんなトコにいるんだい?」

「え? あ、私? 私はね。えっと……そ、そう! セツさんって人が亡くなっているのを知らなくて、修行をつけてもらいに来たのよ」

「じゃ、何で家に帰らなかったんだい?」

「タダヤス君が魔法のことを知りたいって言うからとどまる事にしたんだよ」

 冷や汗を隠しきれてはいなかったが、途中シドロモドロになりながらも何とか説明する。

「あ、そうだ。ちょっと用事を思い出したから先に帰ってるね! 二人はゆっくり帰ってきてよー」

 かなり怪しかったが、それを追及する前に逃げ出した。帰り道が分かるのか心配だったが、浅葱に声をかける間もなかった。

「どうしたんだろ?」

「さぁねえ。あの子の落ち着きがないのは今に始まったこっちゃないよ」

 天津はそう言って、天津が何かを撒いた。

「何ですか?それ」

「塩だよ。塩には浄化の作用があるからねえ。それを撒くことで土地を清めることができるんだよ」

 塩を撒いたら環境に良くなさそうだなー、とは思ったが、魔法に関しては素人の忠泰がワザワザ指摘するとこでも無いのだろう。

「でも、何でばあちゃんは"天津"って呼ばなかったんだろ?」

「あの人は一回定着させた名前はよっぽどのことがないと変えないからねぇ」

「つまり?」

「最初に会った時は、まだ"天津"を襲名してなかったのさ」

「だったら、襲名したんだからこう呼んでくれって言えばいいのに」

 そう言うと、忠泰の案を鼻で笑った。

「バカなことを言うんじゃないよ。アンタは知らないだろうけどね。平城セツは魔法こっちの世界じゃ大魔法使いで有名なんだよ。そんなのに天津の呼び名を強要する様な真似が出来るわけないだろうよ」

「ばあちゃんてそんなに凄かったの?」

 当たり前だよ、と言って何処からかタバコを取り出し口に咥えた。

「世界で数えるほどしかいない大魔導の位についた魔法使い。数多の弟子を持ち、数多の魔道具を管理する。彼女が声を上げるだけで世界のバランスが崩れるくらいの影響力を持つ女さ」

 忠泰には使われている用語の理解も追いついてないが、凄いことだけはとにかく分かった。

「えっと……どう呼んだらいいですか? 香澄さん? 天津さん?」

「どっちでもいいよ。好きに呼びな」

「じゃあ、天津さん」と結局、「天津」の名で呼ぶ事にした。どうも彼女は「天津」の名に誇りを持っていた様子だったからだ。

「天津さんもばあちゃんの弟子だったの?」

「私は正当な弟子じゃなかったけどねぇ。わざを教えてもらうための指導じゃなく、業を磨くための指導だったんだ。それでも先生は熱心な指導だったよ」

 遠い目で懐かしそうに語っている彼女は以前から見せていた顔とは違っていた。

「ばあちゃんの指導はどんな感じだったの?」

 自分の鍛練に使えるかも、と思って何となく聞いて見る。

 すると、天津は腕を組んで思い出す。

「そうだねぇ。まずは筋トレだったねぇ」

「筋トレ⁉︎」

 あまりインテリさを感じない言葉に信じられない気持ちが浮かぶが、天津はそんな忠泰の反応を特に気にする様子もなく、話を続ける。

「そして体力がゼロの状態からマラソンに続くんだ」

「マラソン⁉︎」

「そんでもって遅れると炎弾を撃たれるんだよねぇ」

「ばあちゃんってそんなにスパルタだったの?」

 祖母の知らない一面に凍りつく。というか、知らない方が良かった、と思わなくもない。

「そして、最後には巨大な魔獣をびだして……」

「ご、ごめん。天津さん……もうそれ位で」

「そうかい?」

 刺激が強すぎて頭の中で処理出来ない。

 というか、浅葱はこの話を知って、本気で修行をつけてもらうつもりだったのか?。

「まぁ、最期にはかなり丸くなって、そこまではやらなくなったけどねぇ」

「そこまでされても、天津さんはばあちゃんを慕ってくれるの?」

「あれだけ厳しくしてくれたって事は、弟子として愛してくれていたということなんだよ」

 その言葉は忠泰に深く突き刺さる。

 ならば……。

「どうしたんだい?」

「いえ、何も……」

 そうかい、とややいぶかしみながらも、踵を返して引き返す。

 それを見ながら思う。

 言えるはずが無いではないか。

 もし、望まぬ答えが出た時に、今は受け止めきれる自信がない。

 だが、

(これって、僕が受け止めなきゃならない時が来るんだろうな)

 いつまでも時間は待ってはくれない。

 そうなった時、果たして……。

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