第45話
二人の激突は、数度激突すると終わった。
いかに甚大な力といえども、ただ全力で力を放出し、削られ続ければいずれは底をつく。
つまり、浅葱は倒れ、最終的にこの地で立っていたのはレイブンの方だった。
「中々、楽しめた」
しかし、レイブンも口で言うほど余裕がある訳ではない。
数か所の骨折、裂傷、打撲。満身創痍とはいかずとも、完全なコンディションとは言い難い。
「とはいえ、ここまでダメージを受けたのは、ボスと試合をした時以来か……」
最も、彼らのボスが試合ではなく死合いであれば、恐らくは為す術なく一方的に殺されていたであろうが。
「だが、これまでの力をただ消すのは惜しいが……」
確かに魔法使いの端くれとして、当然の様にそんな考えがある。
「魔法が誰かを害をなす前に、その芽を摘むのも我らが任務だ」
非情であると責められるかもしれないし、その才能が人を救う可能性もあるという意見もありだろう。
だが、レイブンは魔法というものをさほど信頼していない。
「そもそも、発達しすぎた科学の中で魔法は人知れず滅んでいくべきものだ」
そう言いながら、浅葱の側まで寄る。
先ほどまでの感情の死んだ表情からは想像もつかない、家のベッドで休んでいるかのような、穏やかな顔をしていた。
「人を助けたい……か」
先ほど殺した男と目の前の女。
二人の掲げた理想を口に出す。
それはひどく綺麗な言葉。
「だけど、私はその答えは嫌いだ」
しかし、その言葉は清潔であったが、高潔すぎた。
「まるで自分が世界の中心にでもいるかの様に傲慢だ」
そうして、片膝をついて身を屈めて、
「安心したまえ」
終わらせる為に左手を構える。
「君がいなくとも
そうして左手を振ろうとして……、
「アンタ、私の弟分と妹分に何をしてんだい?」
辺りに銃声が響く。
上半身を捻り、左手で銃弾を払う。
死神の手では銃弾を殺す事は難しいが、左手自体をこの世から外す事は可能。煉獄火炎を打ち消した時に火傷を負わなかったのもこの為だ。
そうして器用に銃弾を後方へ逸らす。
「貴様は……」
彼女とは顔を合わせるのは初めて。しかし、その服装と使う銃には心当たりがある。
「朝来天津……だったか」
全国を渡り歩く魔祓い専門の魔法使い。
「そう言うあなたはレイブンだったねぇ」
「全身真っ黒なその姿は、確かに"らしい"と言えば"らしい"か」
その言葉は、聞き捨てならないとばかりにレイブンは顔を顰める。
「勘違いしないで貰おうかね。この名はボスが勝手に付けただけだ。私の趣味ではない」
「あぁ、なるほどねぇ。そう言えば、アンタ達は動物の名前が多かったねぇ。アルマジロにアメフラシ」
懐かしそうにそう語る。
「なるほど、確かにアイツらしいか」
「……ボスと顔馴染みかね」
彼のボスはあまり周囲と親交がある様な人間には見えない。
目の前の女とどんな縁があるのか、縁によっては身の振り方を考えなければ……、
「そっちこそ妙な勘繰りは止めな、昔からの腐れ縁さ。大体、あんなのから追われたら、アタシがここで息してるわけもたいだろう?」
「それは、確かにそうだが……」
「? 何か文句でもあるのかい?」
「たった今、私の前に立ち塞がっているではないか」
そう言われて、天津は少し考える。
「まぁ、確かにそうだったねぇ。というより、アタシはその為に来たんだった」
発砲までしてよく言ったものだ。
「助けに……来るには少し遅かったな。仇でも取りに来たか?」
浅葱の側には横たわる死体を眺める。
「仇ねぇ……」
「?」
想像していたものとは異なる反応だった。
自分が遅れたことを悔やむ訳ではなく、弟分が命を落としたことを嘆く訳でもなく、ただつまらなそうに言う。
「アタシは救われない霊ばっかり祓ってきたからねぇ。仇って言葉はピンとこないし、何よりそんな事は全くの無意味じゃないか」
「……」
それにレイブンの、チリッ、としたものが胸に産まれるが、すぐに押しやる。
自分が殺した癖にその感情を抱くのは偽善というのもあるが、朝来天津という魔法使いはそう言う風に割り切ることができる脅威であった。
常の自分なら、この程度は問題にならない。しかし、今は万全では無い。
気を引き締めなければならない。
だが、それは相手も同じ、何せ手負いの死神を相手にするのだから。
「はっきり言えば、ここでアンタに何かをしても無意味ではある……」
ぐるりと、銃を片手で回し、排莢と装填を行う。
「しかし、姐御としては二人が痛めつけられたのに、何もしない訳にはいかないだろう?」
先程までとは異なる、手練れの魔法使い同士の闘い。それは更に苛烈さを増していく。
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