第59話・変化?×変調?
のんびりまったりと過ごしたゴールデンウイークも終わって、再び学園生活が始まったわけだが、俺は朝の授業から気だるさ全開だった。
教室の中には静かに授業を受けるクラスメイト達の姿。
しかしそれぞれの様子をよく観察してみると、教科書を立てて顔を隠しながら寝ているや奴や、先生に分からないように携帯をいじっている奴、教科書に何やら落書きをしている奴など、それぞれに独立して様々な事をしている。
そういった連中の姿を見ていると、真面目に授業を受けている者などおそらく半分も居ないのではないだろうかと思える。まあそんな事をいちいち観察している俺も、真面目に授業を受けているとは言えないけどな。
窓の外に見える中庭の方を向きつつ、大きな欠伸を出す。
それにしても、いわゆる長期連休後ってのは何でこんなに気だるいんだろうか。思わずズル休みをして家で寝ておきたくなる。
この連休後独特の気だるさに再び欠伸を出した後、たまたま右隣の席に居るまひろの方を見ると、その頭が船を漕ぐように揺らいでいた。
まひろが居眠りをしそうになっているなんて珍しい。と言うより、俺は初めて見たかもしれない。
そう思いながらじっとまひろを見ていると、授業の終わりを知らせるチャイムが学園に鳴り響く。まひろは鳴り響いたチャイムの音に意識を覚醒させると、ほっとした様子で吐息を漏らしていた。
「まひろ、今日は寝不足か?」
授業後の小休憩時間。俺は椅子に座ったまま身体をまひろの居る方へ向けて話しかけた。
別に特別な理由があって話しかけたわけじゃない。ただ、まひろが授業中に居眠りしそうになっているところなんて初めて見たので、夜更かしでもしたんだろうかと気になって話しかけただけだ。
「あっ、もしかして見られてた?」
そう話しかけた俺の方を向き、恥ずかしそうに苦笑いするまひろ。
相も変わらずその仕草が異常に可愛い。可愛いという言葉は、まひろの為に存在する言葉だとさえ思えてくる。
それに気のせいか、ここ最近は前より更に可愛くなってきたように感じてしょうがない。
「やっぱり寝不足か?」
「うーん……まあ、そんな感じかな」
なぜか誤魔化すような感じで小さく笑顔を浮かべるまひろ。何か言い辛い本当の理由でもあるのだろうか。
「ごめん、ちょっとトイレに行って来るね」
そんな事を考えていると、まひろは突然そう言ってから足早に教室を出て行った。
俺は横に向けていた体勢を元に戻し、窓の外に視線を移す。
最近、まひろの様子がおかしいと思う事がちょこちょこ増えていた。どこがどうおかしいのかと聞かれれば返答に困るが、何かがおかしいってのは分かるんだ。
まひろとは小学校二年生からの長い付き合いだけど、アイツは人にやたらと気を遣うところがある。それに元々が引っ込み思案な性格のようで、異性はおろか、同性の友達も当時からそんなに多くはなかった。
でも俺はその原因の一端と思われる出来事を、昔まひろから少しだけ聞いた事がある。
実はまひろ、小学校一年生の間は別の遠い小学校に在籍していた。そしてまひろはその小学校でクラスメイトからいじめを受けていたらしい。
その内容はと言うと、当時からやはり女性的で可愛かったまひろが、クラスメイトにからかわれていたのだと聞いた。もしかしたらそれ以外にも何かあったのかもしれないけど、それ以上の事はまひろは話さなかったし、俺もそれ以上の事は聞かなかった。
当時まひろをからかっていた人達は面白半分だったのかもしれないけど、まひろはその事で激しく悩んだらしく、それが切っ掛けで俺達が居る小学校へと転校する事態になったらしい。
確かに転校して来た当時からまひろは激しく可愛かったし、その事をからかう奴も居た。まあそんなまひろとはちょっとした切っ掛けがあって仲良くなり、現在に至っているわけだ。
そんな事を考えている内に小休憩時間は終わり、チャイムが鳴るのと同時にまひろは教室へと戻って来た。
そして次の授業時間もたまにまひろの様子を見ていたんだけど、やはりしばらくすると頭が船を漕いでいる姿が見えた。俺はそんなまひろの姿を見て、ちょっと心配な気持ちが増してしまった――。
「おっ、相変らず早いな」
「うん。最初から下に着込んでるからね」
午前中最後の授業である体育を受ける為に着替えをしている時、ジャージ姿のまひろが教室へと戻って来た。
まひろは昔っから体育がある日は体操着を着込んで登校して来ている。そして体育が終わった後は、着替えを持って行ってトイレで着替えているらしい。
何でそんな面倒な事をと思ったりもするけど、やはりこれもいじめに遭っていた当時の事が原因でそうしているんだと思う。いじめというのは、いつまでも当人の心に暗い影を落とすものなのだろう。
「そうだったな。よし、行こうか」
「うん」
着替えが終わった俺は、まひろと一緒に体育の授業が行われる体育館へと向かった。
「――ナイスパス!」
今日の授業はバスケットボールという事もあり、俺はかなり張り切っている。
実は俺、球技の中でもバスケが一番好きで、昔からバスケの授業だけは誰よりも張り切って受けていた。しかし下手の横好きという言葉どおりに俺は下手くそだ。
だけど下手は下手なりに一生懸命やっている。だから楽しいんだと思う。
「よっしゃっ!」
チームメイトからの絶妙なパスを受け、それをミドルレンジからシュートする。
放たれたボールは綺麗な弧を描き、相手ゴールへと吸い込まれる様に入った。バスケはこの瞬間がたまらなく快感だ。
五対五に分かれてのチーム戦はかなり白熱していて、終了5分前にして相手との点差は十点とリードはしているものの、油断をすればすぐにひっくり返される点差。決してセーフティリードとは言えない。
体育は二クラス合同で男女に分かれてやる事が多いのだけど、不幸な事に他のクラスの男子にはバスケ経験者が多く、上手い奴が多い。そんな不利もあったせいか、試合終了が近付くにつれて徐々にその点差を詰められていた。
そして試合終了1分前。ボールを保持していた俺は、相手のディフェンスに阻まれて身動きが取れない状態にあった。
――くそっ、このままじゃ時間切れになる。
パスできそうな相手を捜し、あちこちに視線を向ける。するとまひろがちょうど良い位置でフリーになっているのを見つけ、俺はまひろに向けてパスを出した。
「まひろっ!」
投げたボールは勢い良くまひろへと向かって飛んで行く。
しかしまひろは顔を下に向けていて、俺の放ったパスに気付いてはいなかった。
「まひろ避けろっ!」
その声にようやくまひろは反応したが、気付くのがやや遅く、まひろはパスしたボールが身体に直撃してそのまま倒れてしまった。
「大丈夫か!?」
誰よりも早くまひろに駆け寄り、上半身を抱き起こす。
そして大丈夫かと何度か呼びかけたが、まひろは目を閉じたまま荒く速い呼吸を繰り返しているだけだった。
「まひろ! しっかりしろ!」
その声を聞いて様子を見に来た先生が、急いでまひろを保健室に連れて行こうとする。
「先生! 俺が保健室に連れて行きます!」
先生の返答も聞かず、俺はまひろをおんぶして急いで体育館を出て行った。
出来るだけ急いで足を動かして保健室へと向かっていたけど、背中に居るまひろの荒い呼吸音が俺の不安を更に募らせていた。
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