一年生編・ラストエピソード

第38話・ラスト×スタート

 桜が薄紅色の花を咲かせる四月。俺は二年生へと進級し、杏子は高校生としての一歩が始まろうとしていた。


「忘れ物は無いか?」

「大丈夫だよ。お兄ちゃんは大丈夫?」

「おう。ばっちりだぜ」


 午前7時を少し過ぎた頃、俺と杏子は自宅を出て花嵐恋からんこえ学園へと向かい始めた。

 入学式も先日無事に終わり、今日から新学年の始まりだ。だからと言う訳でも無いけど、今日は余裕をもって通学する事にしていた。まあかなり早い気もするけど、今日くらいはいいだろう。

 杏子と一緒にのんびりと気持ちの良い朝陽を浴びながら通学路を歩いて行く――。




「あっ、おはよう。龍之介くん、杏子ちゃん」

「おはよう、雪村さん」

「おはようございます。雪村さん」


 通学の途中で通る駅前、そこで偶然にも雪村さんと遭遇した。

 雪村さんはピシッとした紺色のブレザーに黒と白のチェック柄スカートの制服に身を包んでいた。女子の制服としては珍しいネクタイを締めた姿がとても凛々りりしく見える。


「ずいぶん早いんだね」

「うん。今日は新入生の歓迎レクリエーションがあるから、その準備の為にね」

「なるほど」

「それじゃあ私はちょっと急ぐから。またね、龍之介くん、杏子ちゃん」


 そう言って雪村さんはスカートをひらひらと揺らめかせながら駅の中へと走って行った。


「制服姿の雪村さん、凄く可愛いよね。ねっ、お兄ちゃん」

「そうだな……」

「あれ? お兄ちゃん雪村さんに見惚れてた?」

「バ、バカ! んな事ある訳ねーだろ!?」


 思いっきり動揺して答えたからか、思わず声がうわずってしまった。杏子はそんな俺を見つめながら少しニヤリとしている。


 ――コイツ……完全に兄をおちょくってるな。


 そんなアホなやり取りをした後でしばらく歩いていると、今度は十メートル程前を歩く見慣れた後ろ姿の二人が目に入ったので、俺は大きく口を開けて呼びかけた。


「お――――いっ!」

「あっ、龍ちゃーん! 杏子ちゃーん! おっはよーう!」


 その呼びかけに前方を歩いていた茜とまひろが振り向き、立ち止まってこちらに向かって手を振る。


「おはよう。ずいぶん早いな二人共」

「今日は新学期だもんね。ちょっとワクワクしちゃって」

「お前は遠足前の子供かよ」

「うるさいわねー! いいじゃない別に」


 ぷくーっと頬を膨らませてぷいっとそっぽを向く茜。そういったところが子供っぽいって事なんだがな。


「朝から喧嘩しちゃダメだよ? 龍之介」

「はいよ」


 そんないつもと変わらないやり取りをしつつ、四人で学園まで歩いて行く。

 それからしばらくして学園に辿り着くとまだ時間が早いせいかグラウンドにも人影は無く、まだ誰も登校して来てはいない様だった。


「お、お兄ちゃん! あれあれっ!」


 のんびり屋の杏子にしては珍しく慌てた様子で制服の袖を引っ張って呼び止め、校舎の端の一角を指差す。


「……あれって美月さんだよね?」

「そうだな」


 全員が杏子の指差す方向を見た後、そう言うまひろの問いに俺は頷いた。

 少し位置が遠いけど、確かにそこに居るのは美月さんだ。あの綺麗なウェーブがかかったロングヘアーは見間違え様が無い。どうやら男子生徒と一緒に居る様だが……。


「あっ、校舎陰に入った!」


 茜がそう声を上げると、俺達は誰が言うでもなく美月さんの後を追いかけた。そして美月さんと男子生徒が消えた校舎角まで行き、その校舎の壁を背にしながら美月さん達が消えた方をそっと覗いてみた。


「あ、あの……如月さん! 僕と付き合って下さい!」


 何とそこでは今まさに愛の告白が行われていて、その状況を目の当りにした俺は思わず覗かせていた顔を引っ込めた。


「な、何だかドキドキしちゃうよね……」


 茜が小声でそう言うと、俺は再び美月さん達が居る方を覗き見た。

 こちらは見ているだけなのだが、確かに茜が言う様に緊張しているのも事実だった。


「どう返事するのかな? 美月お姉ちゃん」


 俺達は固唾かたずを飲んでその成り行きを見守っていた。

 こうして見ているだけの俺ですらこの緊張感だ。実際に告白をした本人の緊張は凄まじいものだと思う。

 そんな告白を受けた美月さんはと言うと、少し悩んでいる様な表情で相手を見ていたが、やがて意を決したかの様にして頷き口を開いた。


「……すみません。あなたとお付き合いはできません」

「断った……断ったよお兄ちゃん!」

「そんな事は見てたから分かる。それよりも杏子、美月さん達に見つかるから少し落ち着け」


 俺は興奮気味の杏子の口を手で抑え、再び美月さんの居る方を覗き込む。


「そっか……他に好きな人でも居るのかな?」


 丁寧に頭を下げてから立ち去ろうとしていた美月さんにそう問いかける男子生徒。すると美月さんはピタッと立ち止まり、スッと振り返ってから優しげな微笑みを浮かべてこう言った。


「はい、好きな人が居ます。ずっと昔から変わらない大好きな人が」


 美月さんはそう言うと、再びペコリとお辞儀をしてからその場を去って行った。それを見た俺達は無言でその場を後にし、クラス編成の出ている掲示板がある場所へと向かう。

 あの美月さんの返答を聞いた時、告白した男子生徒には悪いけど俺はなぜかほっとしていた。その理由は自分ではよく分からなかったけど、多分新たなリア充が誕生しなかった事への安堵感なんだろう。


「――あっ、皆さん来てたんですね」


 クラス編成の掲示板がある場所に行くと、美月さんが既にクラス編成を見ていた。


「やあ美月さん。早いね」


 俺は先程の事などまるで見ていなかった様に振る舞う。

 当然だ。気付かれる訳にはいかない。美月さんの為にも、何よりあの勇気を振り絞って告白した男子生徒の為にも。


「ちょっと大切な用事があったもので」

「そっか。ところでクラス編成はどうなってる?」


 俺は少し微笑みながらそう聞いた。これでこの話は終わりだ。


「今探していたところなんですよ」

「よし。それじゃあ一緒に探そっか」


 こうして俺達はみんなで手分けをして掲示板を見て回る事にし、学年の違う杏子は少し離れた場所にある一年生用のクラス分け掲示板を見に行った。


「ん~、どこにも無いな……」


 俺は右端から左側へ移動しながらじっくりと掲示板を見ているんだけど、なぜか誰の名前も見当たらない。


「……あっ、あった!」

「どこどこ! 龍ちゃん」


 その声にみんなが一斉に集まり、俺の指差した部分を見る。


「あっ、本当だ! 今年は龍ちゃんと同じクラスだ! やった!」


 ――同じクラスで喜ぶとか、茜もまだまだお子様だよな。はっ!? もしかして茜の奴……俺をパシリにしようとか考えてるんじゃないだろうな……。


「あっ、僕も一緒のクラスだ」


 ほっとした感じでまひろがふうっと息を吐いていた。

 結構不思議なんだけど、俺は今までまひろとクラスが別れた事が無い。そういう奴がまったく居ないとは思わないけど、小学校から今までずっと同じってのは結構珍しいと思う。


「あっ、私も一緒のクラスみたいです」

「いつものメンバーが一緒とか、出来過ぎた展開だな」

「何よ龍ちゃん、不満があるわけ?」

「不満なんてねえよ。でもまあ、茜に殴られる機会が増えるんじゃないかっていう不安はあるかなー」

「ど、どういう意味よ!?」

「そんな事俺の口から言える訳無いだろ? 茜さん」

「も、もうっ! 龍ちゃんのバカッ!」

「うぐっ!?」


 新学年早々に茜のパンチが俺のお腹へ鋭く炸裂する。


 ――いかん……つい調子に乗ってしまった……でもそれにしたって言ってるそばからボディをかます事は無いだろうよ……。


「もう、今のは龍之介が悪いよ?」

「ふふふ。皆さん面白いですね」

「お兄ちゃんは二年生になっても変わらずみたいだね」

「お前らなあ……少しはボディを決められた俺を心配しろよ……」

「ふんっ、天罰よ!」


 こうしてまた騒がしくも平凡な日常が始まった。新学年の始まりが地面から起き上がるところから始まるなんて、我ながら泣けてくるぜ。

 そうこうしている内に幸せそうに手を繋いでやって来るリア充共が次々と登校して来た。俺は地面に突っ伏しながらその光景を睨み見る。


 ――くそう……忌々しいリア充共め……恋人持ちリア充なんて全員爆発しちまえばいいんだっ!


 リア充共への怒りをかてに立ち上がり、俺は力の限りこう叫んだ。


「俺はラブコメがした――――――――いッ!」





一年生編~fin~

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