第267話・言い出せない×思い

 連休が明ける最後の日の夕方に地元へと戻り、そのまま何事も無く翌日を迎えて学園へ行くと、いつも早く来ているはずの美月さんの姿が教室になかった。こんな時は美月さんと一緒に暮らしている桐生さんに尋ねればいいんだろうけど、残念ながら今日、桐生さんが休みなのは知っている。声優のオーディションを受けに行っているからだ。

 俺は体調でも崩したのかと心配になりポケットから携帯を取り出して美月さんへ何度か電話をかけたけど、何度かけてもその電話が繋がる事はなかった。おかげでこの日はまったく授業に集中できず、毎時間担当の先生に教科書で頭を叩かれる始末。

 そしてそんなこんなで散々な授業が終わり放課後になった頃、俺はみんなへの挨拶も忘れて教室を飛び出し、大急ぎで美月さんの家へと向かった。


「美月さーん! 居ないのー?」


 持っていた鞄を自宅へと置く暇すら惜しかった俺は片手に鞄を持ったままで美月さん宅へ訪れ、何度かチャイムを鳴らしながら玄関の扉越しに美月さんを呼んでいた。


「……やっぱり居ないのかな?」


 何度呼びかけても中から返答はなく、玄関の扉に耳をつけて中の様子を窺っても物音一つ聞こえてこない。これではさすがに美月さんが在宅しているとは思えないが、過去に風邪をひいて寝込んだまま動けなくなっていた事もあるからまだ分からない。

 俺は美月さん宅から離れて自宅へと向かい、そのまま自室の美月さんが居る部屋が見える方へと向かった。

 しかし案の定、部屋のカーテンは閉じられていて、中の様子を窺い知る事はできない。気持ちとしては窓を叩き割ってでも中を確認したいところだけど、さすがにそれはできないからもどかしい。

 そんな気持ちで大きな溜息を吐いて視線を玄関がある方へ落とすと、ちょうどこちらへと向かって来ている桐生さんの姿が見えた。

 桐生さんの姿を見た俺は即座に部屋を出て階段を駆け下り、玄関に出しっぱなしにしてあったサンダルを履いてから急いでお隣へと向かった。


「桐生さん!」

「あれ、鳴沢くん。どうしたの? そんなに慌てて」

「美月さんがどこにいるか知らない?」

「えっ? 美月ちゃん? 家に居ないの?」

「何度か呼びかけたんだけど出て来ないし、今日は学園にも来てないんだよ。だから桐生さんに家の中を確かめてほしいんだ」

「うん、分かった」


 俺の話を聞いた桐生さんは、急いで持ち物の鞄から鍵を取り出して鍵を開けてくれた。

 そして鍵の開いた扉が開かれた瞬間、俺と桐生さんは脱いだ靴を整える事もなく急いで美月さんの部屋へと向かった。


「美月ちゃん、居る?」


 先に部屋の前へと辿り着いた桐生さんがドアをコンコンと叩いてから呼びかけるが、やはり中からは何の反応もない。


「――ごめんね、美月ちゃん。開けるよ?」


 何度か部屋の中へ向けて呼びかけた桐生さんだったが、ついに痺れを切らしてその扉を開いた。しかし開かれた扉の奥に美月さんの姿はなく、静寂に包まれた部屋だけが寂しげに主が戻って来るのを待っていた。


「鳴沢くん、私、別の部屋を見て来るから」

「分かった。それじゃあ俺は一階を見て来るよ!」


 お互いに分かれて美月さんの捜索を始めたはいいが、やはり美月さんの姿はどこにもなく、出かけている事は確定的に明らかとなった。別にちょっと出かけているだけなら問題は無いのだけど、さすがに連絡も取れないとなるとおかしい。


「とりあえず私も連絡を取り続けてみるから、鳴沢くんも連絡を入れ続けてみて」

「分かった。もしも連絡が取れたらすぐに桐生さんにも連絡を入れるよ」

「うん。私もそうするね」


 とりあえずお互いに美月さんへ連絡を取り続ける事にし、この日は大人しく自宅へと戻ったけど、落ち着かない気分だけはいつまでも収まらなかった。


× × × ×


 美月さんが行方不明になってから三日目の放課後。俺を含め制作研究部に集まっていた面々で、美月さんの事について話し合いを始めていた。


「絶対におかしいよ!」

「そうだね……さすがに三日も帰って来ないとなるとおかしいよね」


 話し合いを始めてすぐ、桐生さんが声高らかにそう言い放った。そしてそれに同調した茜が、心配そうにぽつりとそんな事を口にした。

 しかし茜が心配しているのと同様に、ここに集まった面々はみんな美月さんの事を心配している。


「あの、先輩。さすがにもう警察に連絡した方がいいんじゃないですかね?」

「ああ。確かに愛紗の言う通りかもな……」

「それは止めておいた方がいいわね」

「えっ? き、霧島さん!? いつの間に……」


 突然聞こえてきたそんな言葉に出入口の方を見ると、いつの間にか室内へ入って来ていた霧島さんが腕組をした状態で俺達の方を見ていた。


「霧島さん、どうして警察への連絡を止めておいた方がいいんですか? もう三日も連絡が取れないんですよ?」

「それは簡単な事。如月美月は母方の実家に居るからよ」

「お母さんの実家に? どうして急に?」

「それは鳴沢くん、あなたのせいよ」

「えっ? どういう意味ですか?」

「以前、私はあなたにこう言ったわよね? 『鳴沢くんが如月美月を好きなのは分かったけど、あの子の為にその恋心を胸に秘めたままでいてくれないかしら』って。けれどあなたはその言葉を受け入れず、あの子と歩んで行く事を決めた。だから霧島家に連れて行かれたのよ。霧島家当主の逆鱗に触れてね」

「そんな……」

「おそらくそう遠くない内に、この学園へ如月美月の退学届けが届くと思う」


 そう言うと霧島さんは、長机の上にそっと一枚の紙を置いた。


「今の私に出来る事はこれくらい。だから…………だから頑張って……」


 他に何か言いたい事がある様にして言葉を詰まらせた後、霧島さんは何も言わず静かに部屋を後にした。

 最後に彼女が何を言いたかったのか、それは予想ではあるが、机の上に置かれた紙を見れば何となく分かる気がする。

 俺は霧島さんが置いて行った紙を手にして立ち上がり、さっそくその紙に書かれた場所へと向かう事にした。

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