アナザーエンディング・~選択の向こう側~

選択の向こう側~雪村陽子編~

第235話・陽子×お誘い

「もしもし?」

「あっ、龍之介くん。遅くに電話してごめんね。今大丈夫かな?」


 高校生活最後の夏休みも中盤を過ぎた日曜日の夜。あと数分で日づけも変わろうかという頃、なんの前触れもなく陽子さんから電話がかかってきた。

 いつもはだいたい電話をしてくる前にメールでお伺いを立ててくるんだけど、珍しいこともあるもんだ。


「うん、大丈夫だよ。どうかしたの?」

「実はね、一週間後の日曜日にこっちで急遽舞台公演をやることになったの。それでね、良かったら龍之介くんに見に来てほしいなと思って。どうかな? 一週間後の日曜日、空いてるかな?」

「一週間後か。ちょっと待っててね――」

「うん」


 携帯を持った手を一旦下ろし、部屋にあるカレンダーの方へと向かって予定を見る。


「えーっと……大丈夫そうだな。もしもし? 大丈夫そうだから是非行かせてもらうよ」

「本当!? 良かった……。それじゃあ一週間後の日曜日、午後14時に桜花おうか高校の校門前に来てもらって良いかな?」

「分かったよ、楽しみにしてるね」

「ありがとう、私頑張るねっ! それじゃあ、お休みなさい!」

「うん、頑張ってね。お休みなさい」


 嬉しそうな声で張り切っている陽子さんとの電話を切ったあと、素早く携帯でインターネットを使って桜花高校の場所を検索した。本当に今更だとは思うけど、俺は桜花高校の正確な場所を知らなかった。


「――あー、あの辺りにあるのか……」


 調べてみると桜花高校は地元の駅から4駅ほど離れた場所に在った。駅から桜花高校までの距離もそう遠くはない。


「おっと!?」


 地図を見ながら自宅から桜花高校までどれくらいの時間がかかるのかを計算していると、突如携帯がブルルッ――と手の中で震えた。

 どうやらまたメールが来たようだったが、その送り主の名前を見て少し意外な気分になった。なにせそのメールの送り主は、滅多にメールのやり取りをすることがない、陽子さんの先輩である金森憂かねもりゆうさんからのものだったからだ。

 ある意味でレアな送り主の名前を見てなんだか嫌な予感がしつつも、内容を見ないわけにもいかないのでとりあえずメール画面を開く。


「やっぱりか……」


 開いたメールの内容を見てついそんな言葉が漏れ出る。

 憂さんからこのようにメールが来る時は、大抵陽子さん絡みのことが多い。それが証拠に今回も陽子さん絡みの内容だ。

 ちなみに憂さんから来たメールの内容だが、『陽子からのお誘い、受けてくれたんだねっ! よくやった龍之介くん! 君は偉い!』――と書かれていた。

 陽子さんから演劇鑑賞のお誘い電話を受けてからまだ3分も経っていない。情報が伝わるにしてはやけに早い気もするけど、憂さんと陽子さんは同じ下宿先に住んでいて、しかも同じ部屋だと聞いているから、まあ電話を終えた陽子さんが憂さんに話したと考えればそう不自然ではないか……。

 そんなことを思いつつ、憂さんへ返信のメールを打ち始める。

 “情報が早いですね。陽子さんから聞いたんですか?”――と書き込んでメールを送った。

 するとものの10秒も経たない内に憂さんから返信のメールが来た。


「はやっ!」


 恐ろしく早い憂さんの反応に驚きながらメール画面を開く。

 えっ……?

 憂さんのメールには、『ううん、陽子にはなにも聞いてないよ~』――とだけ書かれていた。陽子さんからなにも聞いていないのに、なんで俺が誘いを受けたって分かるんだろうか……。

 謎が謎を呼ぶ憂さんからのメール内容。とりあえず遠まわしな質問は憂さん相手には通用しない。ここは素直に疑問をぶつけてみるべきだろう。

 返信画面を再び開き、“陽子さんから話を聞いてないのに、なんで俺が誘いを受けたって分かるんですか?”――と、率直な疑問をぶつけてみる。

 すると今度は2分ほど間が空いて憂さんから返信が来た。

 そそくさとメールを開くと、『相変らず龍之介くんは鈍いなあ~。そんなのは陽子を見てたら丸分かりなんだよねえ。まあとりあえず一週間後を楽しみにしてるから、ちゃんと来てあげてね。それじゃあ明日も早いから、おやすみなさーい!』――と書かれていて、俺は肝心な答えを聞く機会を失ってしまった。

 いつもながらマイペースな憂さんに振り回されてることに溜息を吐きつつ、再び地図を開く。

 制作研究部で作っている恋愛シュミレーションゲームの試作品を、夏コミで宣伝したり配ったりしたのがつい数日前のこと。

 コミケ初参加の俺にとっては、コミケは凄まじいイベントだったとしか言いようがない。もしも必要や興味がなければ、あんな凄まじく人が多い場所には二度と行こうとは思わないだろう。それほど俺にとっては衝撃的な体験だったわけだ。

 ちなみに陽子さんにはゲームでみんながそれぞれのキャラクターに声を当てる際の演技指導をお願いしていて、とても分かりやすく的確にみんなを指導してくれている。これから冬コミにかけて製品版を作るにあたり、陽子さんにはまだまだ協力を仰ぐことになるだろう。

 それに俺も陽子さんから色々と教えてもらう内に演技と言うものに対して少なからず興味を抱くようにもなっていたし、今回の演劇鑑賞のお誘いは正直嬉しかった。


「楽しみだな」


 カレンダーに向かい一週間後の日曜日がある場所に印をつけて予定を書き込む。

 それからは演劇鑑賞の日を楽しみにしながら残り少ない夏休みを色々な意味で満喫していたわけだが、陽子さんに電話をもらってから5日後の夕方、ちょうど夕飯の買物に出かけていた時、唐突に憂さんから呼び出しの電話がかかってきた。

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