俺はラブコメがしたいッ！

第232話・ワクワク×お宅訪問

　――ブブブッ。

「ううん……誰だ？」

　茜たちとパンフレットの撮影を行ってからちょうど１週間後の日曜日の朝。枕元にある携帯が数回にわたり振動する音で目を覚ました。

　薄い空色のカーテンの隙間からは、眩しいほどの光が部屋の中へと射し込んでいる。その様子から外が晴れ渡っているのだろうことを感じつつ、既に振動が止まっている携帯を手に取ってメール画面を開き見る。

　メールの送り主はまひろで、そのメールには『今家を出ました。これから龍之介くんの家に向かうね』――と書かれていた。

「まだ９時になったばっかりなのに随分早いな……」

　先週まひろに“今度俺の家に遊びに来ないか”――とお誘いをしてはいたけど、まさかこんな早くから来るとは思ってもいなかった。まあ特に時間を指定していたわけじゃないからいいんだけどさ。

　ベッドの上で大きく両腕を伸ばしてからのっそりと上半身を起こし、まだ眠気と気だるさが残る身体を横へ向けてから両足を床へと下す。

「よしっ！」

　軽く気合を入れてから立ち上がり、洗面所がある一階へと向かう。

　まひろの家から俺の家までは片道約２０分と言ったところ。のろのろと準備をしていてはあっと言う間にまひろが来てしまうから、こちらも迅速（じんそく）に身支度を整える必要がある。

　いそいそと階段を下りて洗面所に入ると、そこには髪の毛をブラシでとかしている最中の杏子の姿があった。

「あっ、お兄ちゃんおはよう」

「おう、おはよう。今日は随分起きるのが早いな」

　鏡に映った俺の姿を目の端で捉えた杏子は、振り返ることなく鏡に映った俺へと向けて挨拶をする。

　そんな杏子の挨拶に答えつつ隣へ並び、自分のブラシを右手に持って寝癖のついた髪をとかし始める。

「次の日曜日は友達とお出かけするって先週から言ってたじゃない」

「えっ？　そうだったっけ？」

「もう……お兄ちゃんはいっつもそうなんだから」

　そう言って小さく溜息を吐くと、杏子は髪の毛をといていたブラシを元の場所に戻してから洗面所を出て行った。

　確かに杏子から言われてたことを忘れてることは多いかもしれないけど、“いっつも”――と言われるほど毎回のことではないと思うんだけどな……。

　いつもなら杏子の言葉に反論するところだけど、その気持ちをぐっと抑える。今は身支度を整えるのがなによりも優先されるからだ。

　なかなかとけない寝癖に向かってミストスプレーを吹きつけ、更にいそいそと寝癖をとかしていく――。

　ピンポーン。

　まひろからのメールが来て約３０分後。杏子を見送ってからそろそろまひろが来る頃かなとリビングのソファーに座ってテレビを見ながら待ちかまえていると、聞き慣れたチャイム音が部屋の中に響いた。

　手に持っていたリモコンを雑にソファーの上へ放り、素早く廊下へと出る。

「はーい！　どちら様ですかー？」

「あっ、おはようございます。涼風まひろです」

　今日こんな時間にやって来るのはまひろしか居ないのは確定的に明らかなのに、俺はわざとそんなことを言った。するといつもの涼やかで優しい柔らかな声音で答えが返ってきた。

　そしてその心地良い声音を聞いた瞬間、自分の心臓がトクン――と大きく跳ねたのが分かった。

「おう！　今開けるよ」

「おはよう。龍之介くん」

　小さく玄関の扉を開くと、その隙間から覗きこむようにして顔を覗かせたまひろがにこやかな笑顔で挨拶をした。

　昔から可愛らしくてしょうがない人物だったけど、女性としての自分を曝（さら）け出してからは更にその可愛らしさに磨きがかかったように感じる。

「お、おはよう。まあ上がってくれよ」

「あ、うん。それじゃあお邪魔します」

　青く綺麗な瞳で俺の方を見ながら扉を大きく開けて中へと入り、脱いだ靴を丁寧に揃える。昔から変わらないまひろの行動に妙な安堵感を覚えた。

「お茶淹れて来るから待っててな」

「あっ、ありがとう」

　リビングへとまひろを通して適当にソファーに座ってもらったあと、お茶を淹れるために台所へと向かう。

　そして新しい茶葉を出してから適度な温度に保たれたお湯を急須へと注いでから、お客様用の湯呑みへとお茶を注ぎ入れてリビングへと戻る。

「お待たせ」

「ありがとう、龍之介くん。あっ、これお母さんからのお土産なんだけど、良かったらどうぞ」

「いいのか？　わざわざごめんな。ありがたく頂くよ。アナスタシアさんにもよろしく言っておいてくれ」

「うん、分かった」

　こうして柔らかくにこやかな笑顔を見ていると、まひろが女の子であることが尚のこと実感できる。

　ん？　女の子……？

　本当に今更だとは思うけど、この家には俺とまひろの２人しか居ないってことが分かってしまい、妙に緊張してきてしまった。

　まひろが女の子なんだということを頭では理解しているんだけど、未だに男として過ごしていた時の感覚が色濃く残っているせいか、このように混乱してしまうことはある。

「そ、そういえばさ、まひるちゃんは元気にしてるのか？」

「まひる？　うん、前ほど表に出てくることはなくなっちゃったけど、今でもお話したりしてるよ？　なんだったら少しお話しする？」

「ああ、いや、元気にしてるならいいんだよ」

　本当は少しお話したいところだけど、今日はまひるちゃんではなくてまひろを誘ったのだから、それはするべきじゃないだろう。

「そっか。でもまひるも龍之介くんと話したがってたから、今度時間がある時にでもお話し相手になってくれると嬉しいな」

「分かった。今度じっくりと話すことにするよ」

「うん。ありがとね、龍之介くん」

「お、おう……」

　まひろの柔らかい雰囲気と、まひるちゃんの可愛らしさ全開の愛らしさが合わさったようなその笑顔は、俺の鼓動を高めるには十分過ぎるほどのものだった。てか、ここまで２人の良い所が合わさったらもはや最強なんじゃないかと思えてくる。

「ところで龍之介くん、私に見せたい物ってなんなのかな？」

「そういえば“アレ”を見せるって言ってたんだったな。それじゃあちょっと待ってて、部屋からこっちに持って来るからさ」

「うん、分かった」

　期待に満ち溢れたような視線を向けながら、まひろはコクンと頷いた。

　そんなまひろの視線に少しだけ引け目を感じつつ、部屋に置いてある物を取りに向かった。