俺はラブコメがしたいッ！

第223話・梅雨の日×集合

　６月もそろそろ中旬を迎えようかというある日の午前１０頃、梅雨のぽつぽつとした雨が降る中を目的の場所へと歩いて来た俺と杏子は、去年開催した花嫁選抜コンテストの写真撮影に利用したホテルのロビーで茜にまひろ、美月さんに桐生さん、愛紗と由梨ちゃんと言った面々と遭遇した。

「あれっ？　なんでみんなこんな所に居るんだ？」

「そう言う龍ちゃんこそ、どうしてこんな所に来たの？」

「いや、俺と杏子は何日か前に宮下先生からここに来るように言われてたんだよ。なんでかは教えてもらえなかったから分からないけどさ。そう言う茜はどうしてここへ？」

「えっ？　いや、私も何日か前に宮下先生から言われてここへ来たの」

「へっ？　それじゃあ他のみんなもそうなのか？」

　その言葉に桐生さんと由梨ちゃん以外が同調するように頭を縦に振って頷く。なんだかよく分からないけど、嫌な予感がしてくるな。

「おー、みんな揃っているな」

　お互いによく分からない状況に居る中、俺と杏子が到着してから数分と経たない内に現れた宮下先生を前に、俺は当然と言える質問を口にした。

「宮下先生、これはいったいどういうことですか？」

「ふむ。“これ”――とはいったいどのことだね？」

　宮下先生はその言葉に対してすぐに返しの言葉を口にした。

　なかなかストレートに返答をしてくれる人ではないけど、確かにこの場合は主語を抜いた俺もいけないだろう。まあ雰囲気と状況で察してくれよと言いたくもなるけど、宮下先生は基本的に“不確かな内容の質問には答えられない”――と常々言っていたりもするから、そのあたりは仕方のないことだろう。

「俺と杏子を含めたここに居る面々がここに集められた理由ですよ」

「なんだそのことか。それは今から説明するので安心したまえ」

　宮下先生はその言葉にニヤリと意味深な笑みを浮かべると、俺の背中をバンバンと叩いてから今回俺たちをここに集めた理由の説明を始めた。

×　×　×　×

「こういうことならこういうことだって、最初に声をかけた時に言ってくれてたら良かったのにな」

　宮下先生からここに集められた理由を聞いたあと、俺たちは２人一組で割り当てられた部屋へと向かってそれぞれに準備を進めていた。

　ちなみに宮下先生が今回ここですることを内緒にしていた理由は、『サプライズで驚かせようと思ったからだ』――という、なんとも子供染みた理由からだそうだ。

「まあまあお兄ちゃん、今更そんなこと言っても仕方ないじゃない」

「そりゃあそうかもしれんが……お前はなんだか楽しそうだな」

「うん！　だってお兄ちゃんと一緒にこんなことが出来るなんて思ってもみなかったもん」

「お、おい！？　よせよこんな所で」

　嬉しそうに俺の右腕を両手で抱き包んでくる杏子。

　その様子を見て部屋に居るスタッフさんが微笑ましそうな笑顔を見せる。いつもながら感情表現がストレートな妹だ。別にそれが悪いとは思わないけど、時と場所だけは考えてもらいたい。

　俺は抱き包まれた右腕を強引に引き抜いてから一歩距離をとる。いくらスタッフさんが見知らぬ他人とは言え、これ以上妹にいいようにされている兄の姿を見せるのは沽券（こけん）に関わる。

「もうっ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのにさ……」

　杏子はぷくっと頬を膨らませたあと、凄く不満そうな声音でそんなことを言ってきた。昔っからお兄ちゃん子なところが目立つ妹ではあったけど、そろそろもう少し大人になってもいい年頃だ。

「別に恥ずかしがってるわけじゃねーよ。ただ、時と場所をわきまえなさいってことを言ってるんだ」

「ふーんだ。こうなったら撮影の時に思いっきり恥ずかしい思いをさせてやるんだから」

　我が妹はそんな不吉な言葉を言いながら着替えのために女性スタッフ３名と共に別の部屋へと向かって行った。

　俺たちが宮下先生に再びこのホテルへと呼ばれた理由。それは去年、花嫁衣裳を着るモデルを我らが花嵐恋（からんこえ）学園の生徒から選びたいと依頼をして来た人が、“新しいデザインの花嫁衣裳を着てもらって撮影をしたい”――と申し出てきたからだと聞いている。

　それなら今年も花嫁選抜コンテストを開催すれば良いのではないかとも思ったのだが、先方がまひろたちを含めたみんなのことをいたく気に入っているとのことで、こうしてコンテストもなしに集められたということだ。

「やれやれ……」

「ふふっ、可愛らしい妹さんですね」

　杏子が部屋から出て行ったあと、残っていた２名の女性スタッフさんの内の１人がクスクスと小さく笑いながらそんなことを言ってきた。

　兄としては恥ずかしいことこの上ないが、見られたものは誤魔化しようがないので素直な意見を口にする。

「いやー、もうすぐ高校三年生になろうってのに、いつまでも甘えん坊な妹で困ってるんですよ」

「そうなんですか？　でも、それも良いと思いますよ？　いずれにしても大人になったらあんなことはなくなると思いますし、これはこれで今だけの貴重な体験だと思いますよ」

「そんなものですかね？」

「ええ、“今ある当たり前がずっと続くことはない。だから今と言う時間を大切にしなさい”――高校時代の恩師が仰（おっしゃ）っていたことなんですけど、歳をとって大人になってからはその言葉が染み入るほどよく分かるんですよ。だから私の恩師が言っていたように、今と言う時間の今の状況を大切にした方が良いですよ？」

　流石は大人と言うべきか、その言葉には確かな重みのようなものを感じる。それは確かにただの言葉ではあるけど、実体験やそれまでの思い、後悔や喜びと言ったような様々な感情が垣間見えた気がした。

「ありがとうございます。肝に銘じておきますね」

　先人――とは言っても見た目からはそんなに年齢は変わらないように思うけど、人生の先を行く先輩からのありがたいお言葉として心に止めておこう。

「それじゃあこっちも準備を始めましょうか」

「はい！　今日１日よろしくお願いします！」

　２人のスタッフさんに向けて元気にそう言い、俺も撮影のための準備を開始した。