第214話・お兄ちゃん×ご相談

 物事には必ずと言っていいほど終わりというものが存在する。そしてその終わりは唐突に訪れたり、終わりを告げる予告と共に知ることもあるが、どちらにしろ終わりというものが当人に大なり小なりなにかしらの影響を与えることに変わりない。


「このゲームもとうとう今日でお終いか……」


 5月も中旬を過ぎた休日の13時半。1日に2回あるギルド対抗戦の本当の意味での最終戦を終えた俺は椅子から立ち上がり、小さくそう呟きながら充電器の置いてあるベッドへと移動をし、無造作に置いていた充電プラグをスマホに挿してから少し憂鬱な気分でゴロンと寝そべる。


「はあっ……」


 なぜこんなにも憂鬱な気分を抱えているのかと言えば、1年半近く遊んでいたスマホのアプリゲームがあと1時間半もしない内にサービスを終了するからだ。ソーシャルゲームについてはわりと飽きっぽい俺が唯一まともに続けていたゲームだっただけに、寂しく感じる気持ちは結構大きかった。

 もしもこのゲームが1人で淡々と進めるだけのものならこんな気持ちになることもなかっただろうけど、チームとしてギルド戦を戦い抜き、色々な雑談をチャットで交わした多くの仲間たちが居たからか、その寂しさも一入ひとしおに感じる。

 充電器を挿した携帯を手に再びゲーム画面を見ながら、チームメンバーが書き込みをしている内容を見てこのゲームを始めた頃からの思い出にふける。

 思い起せば強いチームを前に手も足も出ずに完全敗北をした時もあれば、同じくらいの強さのチームと戦って残り1秒で逆転勝ち、もしくは逆転負けをしたこともあったし、イベントの情報を教えあってみんなで頑張っていた時もあった。ソーシャルゲームでこんなに一喜一憂したことはかつてなかっただけに、今でもサービスの終了が残念でならない。

 更にそんな残念さに拍車をかけているのが、チームメンバーのみんながとても良い人たちばかりだったからというのもあった。

 いつもしっかりしていてゲームをとても楽しんでいたギルドリーダーのフィンさん、元気に明るくゲームを楽しんでいた涼さん、ギルド戦でたくさん相手の情報を調べて勝利へと導いてくれたあるまなさん、色々と突き詰めた遊びをしていた稼ぎ頭の蜂さん、サービス終了が発表されてからも最後まで遊びたいとうちのギルドに入ったショウさんなど、他にもたくさん居たチームメンバーはどこの誰とも知らない人たちではある。

 けれど俺が楽しくプレイをできたのはこの人たちのおかげだから、そこは大いに感謝したいところだ。今更ながらリーダーのフィンさんに誘われてこのギルドに入って本当に良かったと思う。

 スマホの画面上ではメンバーのみんながそれぞれ思い思いにゲームの感想やこれまでの思い出を書き込んでいるが、その内容を見ていると思わず笑みがこぼれる。だがそれと同時に楽しかった時間はもう永遠に終わるんだな――という寂しさを強く感じながら残りの時間を過ごした――。




「お兄ちゃん、ちょっといいかな?」


 事の発端はみんなに惜しまれつつもゲームがサービスを終了した15時過ぎ、杏子が部屋の扉をコンコン――とノックしたこの瞬間から始まった。


「ああ、いいぞ」


 了承の言葉を述べるとほぼ同時に部屋の扉がキイッ――と音を立てて開き、そこからちょこんと顔を覗かせたあとで杏子は部屋の中へと入って来る。

 いったいなんの用事があるのかは分からないけど、なんとなく面倒なことを話に来たのではないかという予感はしていた。なぜなら杏子の表情はこれでもかと言うくらいに困り顔をしていたからだ。


「どうかしたのか? そんな困ったような顔をして」

「えっ? そんなに困った顔してる?」

「実際に困っているかは分からないけど、俺から見ればそう見えるな――」


 杏子の手前だからこうは言ったが、杏子がなにか困ったことを抱えて来ているのはほぼ間違いないと思っている。もちろん確信めいたものがあるわけではないけど、長年兄妹をやっているとどことなくそんなことも分かったりするもんだ。

 経験則――と言えば聞こえがいいかもしれないけど、今の杏子はまさに悩みか困りごとを抱えた子羊と言って差し支えないだろう。


「――まあ仮に悩み事か困り事があるなら言ってみろよ。借金の相談以外ならとりあえず聞いてやるから」

「ふふっ、仮にお金に困っていたとしても、お兄ちゃんが万年金欠なのはよく知ってるからそんなことを頼みには来ないよ」


 俺のちょっとした冗談に反応して微笑みながらそんなことを口にする妹だが、ここまではっきり言われると兄としてのプライドが傷つくと言うかなんと言うか……しかしまあ、とりあえず事実だから反論のしようもないのが悔しい。


「まあそれが分かってるならいいさ。で? いったいなんの話があるんだ?」

「うん……実はね、お兄ちゃんにちょっと頼みたいことがあったの」

「俺に頼み? なんだ? 聞けることなら聞いてやるけど」

「あのね――」


 真剣な面持ちで俺に頼み事の内容を話し始める杏子。

 そしてその内容を聞いたあと、俺は最初こそこの相談事を引き受けるのを渋りはしたものの、最終的にはその頼みを引き受けることにした。なぜなら『お兄ちゃんが引き受けてくれないなら、他の男子に頼むんだからねっ!』――と、なぜかなかばやけっぱちのように杏子がねた態度を見せたのが大きな原因だった。

 しかし俺はこの時の杏子からの頼みを断っておくべきだったのかもしれない……。なぜならこのあと、俺は杏子という義妹の存在について色々と思い悩むことになるのだから。

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