三年生編・last☆stage後半
第201話・複雑×恋心
遊園地で普通に茜と遊んでしまった日の翌日。俺は渡と2人で晴れ渡った空の下、学園の屋上で食事を摂っていた。
いつもなら教室で食事をするけど、昨日のことを聞くのにクラスメイトが近くに居る教室内をチョイスするのはさすがにマズイだろう。それとほぼ同じ理由で学食も却下。
そうなると向かえる場所の選択肢はそう多くない。屋上もそれなりに生徒は居るけど、みんな適度な距離を取っているから大声でも出さない限りは話の内容を聞かれようもないだろう。
そんなことを考えてまでこうして渡を屋上へと誘った理由。それは言うまでもなく、昨日の出来事の結果を聞くため。
俺としては渡が秋野さんの告白を受け入れたと思っている。けれど遊園地内で秋野さんから告白の結果について占ったことを聞いていた手前、少しの不安もないとは言えない。
いや、不安と言うのはおかしいか。当事者でない以上、俺はこの案件に関してなにも不安になる必要はないのだから。
だから俺の中にある感情を正確に言い表すとしたら、“心配だから”――と言うことになるのかな。
普段はリア充を忌み嫌っている俺だけど、秋野さんに関しては妙にシンパシーを感じてしまう。それは彼女と渡が、“幼馴染”という関係性であることが大きな要因だと思っている。
そしてそんな彼女にシンパシーを感じるのは、俺にも幼馴染である茜という存在が居るからだろう。
「で? 結局昨日はどうだったんだ?」
屋上に着いて食事を始めてから早々、俺は渡に直球な質問をぶつけた。相手が渡である以上、遠まわしなトークは必要ない。
「なるほど。屋上なんかに誘うから変だとは思ったけど、それを聞きたかったのか」
「まあな。で、結局どうなんだよ?」
「それは……」
答えを
「渡……お前もしかして――」
「鈴音とはちゃんと恋人になったぜっ!」
もしかして断ったのか――と、そう言おうとした瞬間、渡はなんとも締まりのない表情を浮かべながらスッと顔を上げて高らかにそう言った。
そのあまりにも大きな声に、周囲に居た生徒たちが一斉にこちらへと注目する。
「ば、馬鹿っ! 声がでか過ぎなんだよ!」
興奮気味に身体をクネクネとさせているのが非常に気持ち悪い。
「あっ、わりいわりい。龍之介にはダメージの大きい話だったかー!」
ニヤニヤしながら嫌味ったらしくそんなことを言う渡。コイツに遊園地のチケットを分け与えたのは失敗だっただろうか……。
「渡くん、今すぐここで俺に下へ突き落とされるか、大人しく座ってお話をするか、どちらかをすぐに選びたまえ」
渡の嫌味にこめかみをひくつかせながら、無理やりな笑顔を浮かべる。
「ひいっ!?」
「さーん、にーい、いーち、ぜ――」
「だ――――っ! 大人しく座って話すからカウントスト――――ップ!」
「よし。それじゃあ大人しく座れ」
「はい……」
空気を抜かれた風船のように身体を縮め、渡はすごすごと元の場所へと座り込む。
「たくっ……結果として秋野さんの告白を受け入れたってことでいいんだよな?」
「まあ受け入れたって言えばそうなんだが、俺からもちゃんと鈴音に告白したんだよ。恋人になってくれ――ってさ」
その話を聞いた俺は、素直に渡に対して感心してしまった。そしてそれと同時に、渡のことを初めて本当の意味でカッコイイと感じた。
「そっか……秋野さんのこと、ちゃんと大事にしろよ?」
「おう、色々とありがとな」
「前にも言っただろ? 俺はお前のためにやったわけじゃないよ。あくまでも秋野さんのためだ」
「たくっ、龍之介は本当にツンデレさんだよなー。そんなに照れるなよ」
そう言いながら右肘で俺の身体をドスドスと小突いてくる。
なんで俺が渡に対してツンデレを発動させにゃいかんのだ。冗談も休み休み言えってんだよ。
「渡くん、ここから突き落とされるか、放り投げられるか、どちらか嫌いな方を選べ。見事なまでに無駄なく素早く遂行してやるから」
「嫌いな方って斬新過ぎない!? それに俺が生き残る選択肢がないんですけど!」
「心配すんな。秋野さんには『渡は突然とち狂って屋上からダイブした』――って、ちゃんと伝えておいてやるから」
「いやいや! 彼女ができたばかりで屋上からダイブするバカなんて居ないでしょ!?」
「いやほら、そこはやっぱり
「俺ってどんだけお馬鹿さんなんだよ!?」
いつもと変わらない渡のやりとり。それはいつもの様に周囲の目を引いてとても恥ずかしい。
だけど今だけはそれを我慢してやろう。俺からのささやかなお祝いとして。
× × × ×
「鳴沢くん、お疲れ様でした」
「あっ、お疲れ様。今日は帰り仕度早いね」
「はい。『今日は一緒に帰ろう』って、わっくんが言ってくれていたので」
「そっか。良かったね、想いが伝わって」
「はい、色々とありがとうございます」
恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに顔を
そんな様子を見ていると、本来なら“
「鈴音ー、なにやってんだー?」
「あっ、ごめんね、すぐに行くから。それではまた明日」
「またね」
「龍之介、またな」
「おう、送り狼になるなよ?」
「ば、バカなこと言ってんじゃないよ!?」
裏返った声で焦ったようにそう答える渡。ほんの冗談のつもりで言ったのに、こんな反応をされるとなにか企んでいたのかと疑いたくなる。
「渡、お前まさか……」
「な、なーに変な目で見つめてるのかなー? 龍之介くーん」
不自然なまでに視線をあちらこちらへと泳がせる渡。もはやなにかよからぬことを考えていたのは間違いないだろう。
俺は机の中からペンケースを取り出し、その中から小さなカッターナイフを取り出した。
「秋野さん、これ貸しておくから、もし渡が帰り道で変なことをしようとしたら、これを使って全力で逃げて」
「アンタなに言ってんの!?」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
「素直に受け取ってんじゃねーよっ!」
このあと、俺から逃げるようにして教室を出て行った渡を、秋野さんはにこやかに微笑みながら追いかけて行った。
× × × ×
「なかなか部活に顔を出せなくてごめんね」
「それは気にしなくていいよ。茜にはバスケット部があるんだし、今はそっちを頑張れよ」
「でも、他のみんなはそっちで頑張ってるみたいだし……」
「茜だって忙しいのにちゃんと定期的に資料を出してるじゃないか。今はそれで十分だよ。だからバスケ頑張れよ? 全国大会出場、期待してるからな」
「うん、ありがとう」
制作研究部での部活動を終えてみんなで帰る途中、駅前でバスケ部の活動を終えた茜と遭遇した。
本当ならお隣に住む美月さんに桐生さん、妹の杏子も一緒に居るはずなんだけど、駅前で“見たい物があるから”――と言って3人はどこかへ行ってしまった。
ちなみに愛紗は妹の由梨ちゃんとの待ち合わせで途中で別れ、るーちゃんも別の用事があるとかで、駅前へと着く直前に別れた。
どうせなら俺は美月さんたち3人につき合えば良かったのかもしれないけど、今日の晩飯当番は俺だし、あまり遅くなると晩御飯を作る気力もなくなるから止めておいた。それにたまには茜とこうして一緒に帰るのも悪くない。普段はこうして一緒に帰ることも少ないからな。
それにしても、なんとなくこんな気持ちになるのは、もしかしたら渡と秋野さんの件があったからかもしれない。
「そういえば秋野さん、渡くんとつき合うことになったんだね」
「ああ、渡には勿体ないくらいだけどな」
「えー、それは渡くんが可哀相だよ」
「可哀相なもんか。むしろこの場合、可哀相なのは秋野さんだろ。あんなアホのことを好きになっちゃってさ。前途多難だと思うぜ?」
「龍ちゃんて渡くんには凄く厳しいね」
「そうか? 普通だと思うけどな」
新鮮な話題で盛り上がりつつ、久しぶりの茜との下校タイムを楽しんでいた。
茜とは幼馴染の間柄だけど、いつまでこうして仲良くいられるだろうか……。ふとそんなことを考えると、少し寂しい気持ちになる。
「でもさ、幼馴染で恋人って、なんだかいいよね」
「そうか?」
「うん。秋野さん羨ましいなあ」
「茜は昔っから幼馴染が恋人同士になる話とか好きだったもんな。そういえば聞いたことなかったけど、なんでそんなに幼馴染ネタが好きなんだ?」
「えっ!? そ、それは……」
茜は動揺しているような感じで口ごもった。別に答えにくい質問をしたとは思えないだけに、今の茜の様子は奇異に映る。
「わ、笑わないって約束してくれる?」
「えっ? 笑われるような恥ずかしいことなのか?」
「そういうわけじゃないけど……もしも笑われたりしたらショックだから……」
「分かったよ。絶対に笑わない」
「や、約束だからね?」
「おう」
短くそう返事をすると、茜は左手を胸に当ててから何度か小さく短く呼吸をし、気持ちを整えるようにしていた。
「私ね、“幼馴染と恋人になる”ってシチュエーションに昔から憧れてたの。だからそういう物語が好きなんだ」
意を決したようにそう言う茜。いったいどんな理由が飛び出すのかと思っていたけど、案外普通な理由じゃないか。
人はない物ねだりをしたがる生き物だ。だからそういった感情を満たしてくれる物に
「なんだ、別に普通な理由じゃないか」
「そ、そう?」
「ああ、別におかしなことはないさ」
「良かった……」
「でもまあ、茜も俺が幼馴染で残念だったな」
「えっ? どうして?」
「どうしてって……俺が幼馴染じゃ、現実に茜の理想を叶えるのは無理だろ?」
「そう……なの?」
「ああ、だって俺が恋人になるとか嫌だろ? いつも憎まれ口を叩きあってるし、どう考えても恋人になるって関係性でもないからな」
「…………」
おちゃらけるようにしてそんなことを言うと、茜は酷く元気をなくしたような感じの表情を見せてから顔を俯かせた。
「お、おい、どうかしたのか?」
てっきり『そうだよねー、龍ちゃんと恋人とかありえないよねー』くらいの返答をしてくると予想していた俺は、今の茜の反応を見て酷く焦った。
「そんなことないよ……」
「えっ? あっ、おいっ! 待てよ茜!」
茜はそう呟くと、
俺はそんな茜の背中に向けて声をかけたが、その言葉はまるで茜の耳に届いていないかのようにスルーされ、結局茜を呼び止めるには至らなかった。
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