第198話・悪友×相談
「龍之介、ちょっと相談があるんだが」
三年生になってから4月も中旬を迎えたある日の放課後。クラスメイトが次々と教室から出て行く中、同じく鞄を持って教室を出ようとしていた俺の前に渡が立った。
渡にまともに関わると面倒なので、いつもなら華麗なるスルーを決め込んで横を
「なんだ? どうした?」
「ここじゃあ話せないから、ちょっと屋上まで来てくれ」
まだ話を聞くと答えた訳ではないのに、渡はそう言うとさっさと屋上の方へと歩き始めた。
「たくっ……いったいなんだってんだよ」
らしくない渡の態度にこっちも調子が狂ってしまい、俺はとりあえず大人しく渡のあとについて歩きながら屋上へと向かった――。
「で? なんの相談があるんだ?」
屋上へ来てから奥にある柵の方へと着いた瞬間、俺は早速と言った感じで渡にそう問いかけた。いつもなら『貸す金はないぞ』くらいのことは最初に言うのだけど、今はそんな軽口を叩ける雰囲気ではない。
「俺さ、どうしたらいいと思う?」
「はあっ!? どうしたらもこうしたらも、なにがあったのかを言わなきゃ答えようもないだろうが」
「そ、そうだよな……」
「そうだよ。いったいどうしたんだ? お前らしくもない」
少々呆れ気味にそう言いながら柵に寄りかかると、渡はふうっ――と大きく息を吐き出してから口を開いた。
「……実はさ、俺、1週間くらい前に鈴音に告白されたんだよ」
「えっ? マジでか!?」
その言葉に驚きと衝撃を隠せなかった俺は、寄りかかっていた柵から勢い良く身体を離し、前のめり姿勢になった。
「あ、ああ、マジだよ……」
自分でもおかしいと思うくらいの反応を見せた俺に対し、珍しく渡が引いた感じになっている。
「そうか! で? 秋野さんにはなんて返事をしたんだ!?」
「へ、返事はまだしてないんだよ」
「はあっ!? なんでだよ?」
「だってよ……まさか鈴音が俺のことを好きだったなんて思ってもいなかったし、正直そういう対象として見てなかったからその時は答えようがなかったんだよ」
「はあっ……なるほど、つまり俺に相談てのは、秋野さんの告白に対してどう返事をすればいいのか――ってことか?」
「まあ、平たく言えばそうだな……」
右手の人差し指で頭をぽりぽりと掻きながら視線を空へと
普段は女の子のことでおちゃらけまくっているくせに、いざって時には弱気になるんだな。そのことがなんとなく微笑ましく感じた俺は、再び柵に身体を預けてちゃんと話をすることにした。
「相談したいことはよく分かった。とりあえず聞きたいんだが、お前は秋野さんのことをどう思ってるんだ?」
「……あれから随分と考えたんだけど、正直まだよく分からないんだ。確かに鈴音とは幼馴染で、今までずっと一緒に居た仲だけど、さっきも言ったように異性として意識したことはなかったんだよ。もちろん鈴音のことは大切だけど、それが“恋愛”ってことになると、どうなのかなって思っちゃうんだよ」
渡の言葉に嘘はないと思えた。とても正直に自分の気持ちや考えを
「なるほど。じゃあもし、秋野さんが他の男子とつき合ったとしたら、お前はどう思う?」
「……正直に言えば嫌かもしれない。あいつぼーっとしてるところもあるし、お人好しだから、悪い男に引っかかったら泣くことになるかもしれないし……」
秋野さんのそういった部分をしっかりと把握しているところは、流石は幼馴染と言ったところだろうか。
「だったらお前が彼氏になって、秋野さんを守ってあげたらいいじゃないか。お前だって秋野さんのことが嫌いなわけじゃないんだろ?」
「そりゃあ、嫌いなわけはないさ。でもさ……こんな中途半端な気持ちで鈴音とつき合ったりしていいのかなって、そこが気になるんだよ」
普段は相当にちゃらけているくせして、しっかりと秋野さんのことを考えているところは尊敬に値する。
それにしても、告白の返答をどうすればいいのかを相談してきたってのに、答えはほぼ出てるじゃねえか。
つまり渡は無意識とは言え、秋野さんへの好意は持っているようだ。ただ幼馴染と言う近しい関係が続いてきたせいで、その想いに鈍感になってるだけなんだろう。
「うん……まあ、気持ちは分からんでもないけど、つき合っている内に相手を好きになるってこともあるって言うし、あながち悪いことではないと思うんだけどな。もちろん相手には、しっかりと今の気持ちを伝えた上で納得してもらう必要はあると思うけどさ」
「なるほど、そういう考え方もあるか……」
「ほら、渡と秋野さんて幼馴染だろ? だから恋人になるって点に違和感を覚えるのは仕方がないのかもしれないけどさ、恋人としてつき合うと相手の知らなかった良い一面を見たりもするって言うし、それはそれで素敵なことじゃないか? まあ人とのつき合いだから、現実は良いことばかりではないだろうけどさ。まあ、最終的にどういう判断を下すのかはお前なんだから、秋野さんのことも自分の気持ちも含めて、しっかりと考えて答えを出せばいいさ」
「そうだよな、答えを出すのは俺だもんな。ありがとな、龍之介。少しすっきりしたよ」
「そっかそっか。んじゃまあ、そんなお前に俺から特別に良いものをくれてやろう」
俺は鞄の中に遊園地のペアチケットを入れたままにしていたことを思い出し、それを探し始めた。前に学園帰りの商店街で買い物をした時にやった福引で当てた物だ。
「ほれ、受け取れ」
「遊園地のペアチケット? どうしてこれを俺に?」
「最終的にお前がどういう判断を下すのかは分からんが、もしも秋野さんの気持ちを受け入れるなら、遊園地にでも誘って今度はお前からしっかりと告白しろ。秋野さんは勇気を振り絞って告白したんだからさ」
「そ、そっか、分かったよ。サンキューな」
「勘違いするなよ? それはあくまでも、勇気を出して告白をした秋野さんに対する俺からの
「ちぇっ、そういうところは相変らずシビアだよな」
「そうか? いつもと変わらないってのは、案外気楽でいいと思うけどな」
「ははっ、そう言われればそうかもしれないな。とにかくありがとな、龍之介。俺、もう少ししっかりと考えてみるわ」
渡はそう言うと、屋上の出入口に向かって歩き始めた。そんな渡の背を向ける前に見た表情は、ここへ来た時よりも晴れやかに見えた。
「渡! チケットの有効期限は次の日曜日までだから、しっかりと決めて来いよ!」
その言葉に対して渡はこちらを振り向くことなく右手を大きく上げ、そのまま屋上を去って行った。
「やれやれ、世話の焼ける悪友だな」
そんなことを言いつつも、柄にもなく2人が上手くいけばいいよな――と、俺はそう思っていた――。
「龍ちゃん、ちょっといいかな?」
渡が屋上から去ったあと、少しだけ屋上からの景色を見て下駄箱へと向かった俺は、そこで茜と遭遇した。
「おっ? どうした?」
「実ちょっと相談があるんだ」
本日2回目になる相談。
人間が悩みを抱えるは当たり前だろうけど、できればこういうことは1日1回にしてほしいもんだ。悩みを聞くのも内容によってはお肌と精神に悪いからな。
「相談? いったいなんだ? 言っておくが貸す金はないぞ?」
「そういうことは、先日貸した昼食代の500円を返してから言ってほしいね」
「……すみませんでした。
すっかり茜から財布を忘れた時に500円を借りていたことを忘れていた俺は、素直にズボンの後ろポケットから財布を取り出し、中から500円玉を取って丁重にそれをお返しした。
「はい、確かに受け取りました」
「はあっ……で? 相談てなんなんだ?」
「あっ、うん……実はね――」
生徒の気配がしなくなった校舎内、そこで茜は相談事をこそこそと呟くように話し始めた。
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