第190話・設立×お誘い

「龍之介さん、一緒に部活をしましょう」


 それは三年生になってから3日目の昼休みのこと。

 まひろと茜と一緒にお弁当を食べながら談笑をし、ちょうど俺がお弁当を食べ終わった頃、生徒会から呼び出しを受けていた美月さんが教室へと戻って来たかと思うと、俺たちの居る場所へと来てから開口一番そんなことを言ってきた。


「と、突然どうしたの? それに部活って?」

「二年生が終わる前に申請していた部活設立の許可がようやく今日下りたんです」


 どちらかと言うと穏やかでほんわかとした雰囲気の美月さんだが、今回は珍しく興奮気味なのがうかがえる。

 それにしても、三年生になって大学受験やら就職やらと忙しくなるこんな時に、まさか新しい部活の申請を美月さんがしていたとは思わなかった。


「へえー。まあ話は分かったけど、それで美月さんが作った部活ってなんなの?」

「制作研究部です!」

「制作研究部? それってどんなことをするの? 美月さん」


 小さな巾着袋にお弁当を入れてから一緒に話を聞いていたまひろが、興味深げにそんな質問をした。

 とりあえず制作と言っている以上、お客とかそういう相手が居て、その人たちに向けて制作した作品を発表、または披露するといったことだろうけど、重要なのはその中身、“なにを制作するのか”――というところだ。


「なにを制作するかについては色々と迷いもしたんですけど、ゲーム制作をしてみようと思うんです」

「なんだか凄く難しそうだね……」


 美月さんの口にした言葉を聞いた茜は、率直にして分かりやすい感想を述べた。でもその気持ちはよく分かる。

 簡易的なものならともかくとして、本格的なゲーム制作なんて学生の内に体験する人はそんなに多くはないだろうし、専門的な知識が絶対に必要だろうから、そんなものを持ち合わせない者にとっては、まさに異国の地を無一文で放浪するくらいに不安を感じることだろう。

 まあ美月さんは本格的なものを作るとはまだ言っていないけど、でも美月さんがゲーム制作などに関して妥協をしないタイプであることは、過去の文化祭でのゲーム制作や、杏子にくれた誕生日プレゼントなんかで知っている。

 だからもし美月さんのゲーム制作に関わるとしたら、相当のクオリティーのものを作るんだと思っておいた方がいいだろう。


「大丈夫ですよ。ちゃんと適材適所も考えますし、難しい部分は部長の私が頑張りますから。だから茜さんとまひろさんも入部してもらえませんか?」

「えっ? 龍ちゃんだけじゃなくて私たちも?」

「はい! 是非お願いします」


 にこやかな笑顔を浮かべつつ、茜とまひろにも入部をお願いする美月さん。

 でもまあ、部活無所属な俺ならともかく、2人は既に他の部活に所属してるし、それは難しいだろうなと思った。

 花嵐恋からんこえ学園は部活の掛け持ちを3つまで許されてはいるけど、実際にそんなことをしている人は少ないと思う。

 なぜならそれをすると時間をそれぞれの部活に割かなくてはいけなくなるし、必然的にどれも中途半端な活動内容になってしまいやすいからだ。

 それに茜もまひろも部活にはしっかりと打ち込んでいるし、三年のこの時期にわざわざ掛け持ちをするとは思えない。


「うーん……龍ちゃんはどうするの?」


 俺が美月さんの誘いに乗るかどうかを聞いてみたいという気持ちは分からないでもないけど、別に俺がどうするかを聞いたからと言って、それが茜の返答に影響を与えたりするとは到底思えない。

 だからそんな質問を俺にしてくるのはちょっと困った。俺も急に聞いた話だから、すぐに返答をするのは難しかったからだ。


「俺か? うーん……正直今聞いたばっかりだし、迷うところだよな……」

「そうですか……まひろさんはどうでしょうか?」

「うーん、私もすぐには返答できないかな。ごめんね、美月さん」

「いいえ、急にこんな話を持ちかけた私もいけませんでした。良かったら1週間ほど時間がありますから、少し考えてみて下さい」

「1週間? それってなにかの期限?」

「はい。今回は一応部活設立の申請が通ったと言うだけで、実際に活動許可を得るには、設立申請が通った翌日から1週間以内に部員を最低4名以上集める必要があるんです」

「へえー、そんな決まりがあるんだ。全然知らなかったよ」

「龍ちゃんはそもそも部活動未所属だからね。知らなくて当然だよ」


 少し棘のある言い方に聞こえはするけど、ここは俺が大人になって、見事にその発言をスルーしてやろう。茜、大人な俺に感謝しろよ?

 こめかみをひくつかせながら茜をチラリと見たあと、俺は美月さんの方へと視線を向けなおした。


「とりあえず期限があることは分かったから、ちゃんと1週間以内に返答をするよ。それでいいかな?」

「はい。よろしくお願いします」


 こちらに向けてペコリと頭を下げる美月さん。

 正直な気持ちを言えばそういった活動には凄く興味があったけど、俺には危惧していることが二つあった。

 俺なんかにそういうことができるのだろうか――と言う不安と、美月さんの足を引っ張るだけなんじゃないだろうか――という、単純な心配。

 それが大きな足枷あしかせとなり、未知への一歩を踏み出す勇気を俺から失わせていた。

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