第121話・小さな×約束

 ファミレスを出た後、俺はるーちゃんこと朝陽瑠奈あさひるなのお願いを聞いてある場所へと向かっていた。

 太陽がギラギラと輝く炎天下の街中を、二人で話をしながら歩いて行く。

 話とは言っても、大した事を喋っていたわけじゃない。るーちゃんが転校して以降のお互いの話をしていたくらいだ。

 何でも聞くところによると、るーちゃんはあれからも母親の都合で度々転校を繰り返していたらしい。恋愛は素晴らしいものだと思うけど、その全てが必ずしも良いものとは限らない。

 まあ、俺が異性と付き合った経験が無い以上、偉そうな事は言えないけど、他人の恋愛話や様々な破局エピソードを聞いたりしていると、要は恋愛って、お互いのバランスがかなり大事なんだとつくづく思う。

 そんな事を思いつつ、るーちゃんと話しをながら目的地へと向かって行く。


「――さあ、着いたよ」

「わあー、たっくんはここに通ってるんだね!」


 案内をして辿り着いたのは、俺が通っている花嵐恋からんこえ学園。

 ファミレスを出てからるーちゃんに頼まれたお願いとは、花嵐恋学園を見てみたいというものだった。

 何でわざわざ花嵐恋学園を見たいのかは分からないけど、特に断る理由も無いし、こうして一緒に来たというわけだ。


「うん。こっちが本校舎で、その向かいにあるのが運動部や文化部が使う部活専用棟。他にもレクリエーションに使う事を目的としたレクリエーション専用棟なんかもあるんだよ」

「へえー、けっこう敷地の広い学園なんだね」

「俺も最近知ったんだけど、敷地面積は全国の小中高大を含めて五本の指に入るくらいに広いんだってさ」

「へえー、凄いんだね……。ねえ、たっくん。校舎の中には入れないかな?」

「うーん……入れない事は無いと思うけど、学生服も着てないしなあ……」

「そっか。無理を言ってごめんね……」


 るーちゃんは苦笑いを浮かべながら俺にそう謝った。別に謝る事はないんだけどな。


「いや、別に謝る事はないよ。……まあ、せっかく来たんだし、ちょっと覗いて行くくらいはいいかな」

「いいの?」

「うん。でも、先生に見つかったら、一緒に怒られてもらう事になるけどね」

「分かった! 私、たっくんと一緒に怒られるっ!」


 元気良くそう答えるるーちゃん。俺としては多少なり躊躇ちゅうちょするだろうと思っていたんだけど、そんな予想とはまったく違った反応をされてしまった。

 まあ、ここまではっきりと言われたなら仕方がない。覚悟を決めて校舎内を案内しよう。最悪先生に見つかったら、俺のダイナミック土下座を披露して許してもらえばいいだろうし。


「そこまで覚悟があるなら行こっか」

「うん!」


 俺はるーちゃんと一緒に校門を抜け、そのまま本校舎へと入った。


「――どお? 特に珍しい物なんて無いでしょ?」

「そうかもしれないけど、やっぱり知らない学校の中って新鮮に見えちゃうな」


 校舎に入って歩く事しばらく、るーちゃんは物珍しそうな感じで色々な場所に視線を移していく。確かに学校というくくりでは一緒だけど、るーちゃんが言うように、知らない学校なら新鮮にも見えるんだろう。

 あちらこちらに視線を移するーちゃんを案内しながら、俺は自分の在籍している教室へと向かって行く。


「教室は結構広いみたいだけど、並んでる机の数はあんまり多くないね」


 るーちゃんは楽しそうにしながら、廊下側の窓から教室の中を覗き込んでいる。

 他の学校がどんな感じなのかは分からないけど、少なくともるーちゃんが今通っている学校は、この学園よりクラスの人数が多いんだろう。


「うちはAクラスからEクラスまであって、だいたい一クラス三十人くらいで構成されているんだ。あっ、ちなみにここが俺の居るクラスだよ」

「ここでたっくんが勉強してるんだね。席はどこかな?」

「校庭側の一番後ろの席だよ」

「教室の中には入れないのかな?」

「さすがに鍵がかかってると思うけどね」


 そう言いながら教室前方の出入口を開けてみようと手を伸ばしてみたけど、案の定と言うべきか、やはり扉には鍵がかかっていて開かなかった。

 部活で学園に来る奴は沢山居るだろうけど、基本的に本校舎には来ないだろうから、鍵がかかっていて当然だとは思う。


「こっちも開かないのかな?」


 そう言うとるーちゃんは教室の後方へと歩い行き、そこにある扉に手をかけた。

 前方の扉はキッチリと鍵がかかっていたし、都合良く後方の扉が開いているなんて事は無いだろう。おそらくるーちゃんも、それは分かっていたと思う。


「あ、あれっ!?」


 しかしるーちゃんが手をかけた扉は、ガラガラッと音を立てて横にスライドした。


「何で鍵がかかってないんだ?」

「ど、どうしよっか?」


 開くはずがないと思っていた扉を、冗談半分で開けようとしたら開いた。

 自分がもたらした思わぬ結果に驚き、るーちゃんは困惑の表情でそう聞いてくる。


「開いたものは仕方ないし、入っちゃおう」


 そう言って俺は、るーちゃんの横を通り抜けて教室の中へと入って行く。


「い、いいの?」

「大丈夫――って胸を張っては言えないけど、まあ、見つかった時の秘策はあるから。ほら、入っておいでよ」

「う、うん……。それじゃあ、お邪魔します」


 そう言って遠慮がちに教室へと入って来る。

 思い切りが良かったり悪かったり、そんなところは昔と変わってないなと感じてしまう。


「こうして見ると、結構この教室って広いんだな……」


 俺は普段、自分の使っている席に座って前を見ながらそう呟いた。

 いつもはクラスメイトが居るからそう感じなかったけど、人が居ないだけでこうも違うもんなんだなと思った。


「ふふっ」

「どうしたの?」

「あっ、ごめんね。何だか小学生の時の事を思い出しちゃって」

「小学生の時?」

「うん。あの時もたっくんは、窓際の一番後ろの席だったなーって」


 そう言われて思い出したけど、確かにあの時も、俺は教室の最後方席に居た。しかしまあ、本人でも忘れていた様な事をよく覚えていたもんだ。


「そんな事よく覚えてたね」

「うん。ずっと見てたから……」


 そう言った後、るーちゃんは俺から視線を外して背中を向けた。

 それにしても、ずっと見てたってのは、俺を観察でもしてたって事なんだろうか。

 まあ、あの頃はるーちゃんもまだまだ男に対しての不信感や嫌悪感みたいなものはあったみたいだし、そういった関連で男ってものを観察していたのかもしれない。


「ところでるーちゃん。何で花嵐恋学園が見たかったの?」

「えっ? あ、えっとね、私、八日前からお母さんとこの街に来てたの」

「そうだったんだ」

「うん。それでね、こっちに来てからずっと色々な高校を見て回ってたの」

「へえー。どうしてそんな事を?」

「…………あ、あのね、たっくん! 私――」

「君達、ここで何をしてるのかね?」


 るーちゃんが俺の問いかけに対して答えようとした時、教室の出入口から声がかけられた。


「み、宮下先生!? 何でこんな所に!?」

「それは私が真っ先に聞いた事なんだがね?」

「いやまあ、その、何と言いますか……」


 俺は教室の中へと入って来た宮下先生に対し、簡単にではあるが事情を話した。


「――ふむ。君もよくよくこういった事に縁のある人間のようだな」


 宮下先生はそう言いながら、チラリとるーちゃんを見た。


「まあ、事情は分かったが、このままここに居るのは好ましいとは言えないな」

「ごめんなさい、たっくんは悪くないんです。私が無理にお願いしたからいけないんです……」

「彼女はこう言っているが、そうなのかね?」

「確かにそうお願いはされましたけど、連れて来たのは俺の意志です。彼女の責任じゃありません」


 俺がそう言うと、宮下先生は小さく微笑んでから背を向け、教室の出入口へと向かって歩き始めた。


「まあいい。私はこれから会議に出ないといけないので、これで失礼するよ。君達は他の先生に見つからない内にここを出たまえ」

「ありがとうございます」


 そう言うと宮下先生はこちらを振り向く事なく右手を軽く上げ、その手をプラプラと左右に振ってから教室を出て行った。


「……行こっか、るーちゃん」

「うん」


 俺達はそのまま教室を後にし、校門へと向かった。


「今日はありがとうね、たっくん」

「ううん。大して案内できなくてごめんね」

「そんな事ないよ。とっても嬉しかった。たっくんも昔と変わってなくて安心したし」


 そう言ってにこにこと微笑むるーちゃん。

 それにしても、昔と変わってないって事は、振られた時の様に冴えないままって事なんだろうか。そう考えるとちょっと悲しくなる。


「あっ、いけない!?」

「どうかしたの?」

「お母さんとの待ち合わせ時間を過ぎてるの」

「えっ? そうなの!? それじゃあ急いで戻らないと!」

「う、うん」


 俺はるーちゃんと一緒に、急いで待ち合わせをしているという駅前へと走った――。




「はあはあ」

「大丈夫? るーちゃん」

「う、うん。大丈夫……」


 るーちゃんは息切れを整えながらこちらを向いて微笑んで見せる。

 昔は刺々とげとげしいところもあったけれど、今はそんなところは薄らいだようで、本当に柔和にゅうわで優しい笑顔を見せるようになっていた。


「ほら、これで汗を拭きなよ」


 俺はポケットに入れていたハンカチを取り出し、るーちゃんへと差し出した。


「ありがとう」

「うん。ほら、急いで待ち合わせ場所に行かないと」

「そうだった。でも、このハンカチ……」

「それはいいから、早く行って。お母さんが待ってるんでしょ?」

「う、うん。ありがとう、たっくん。これ、必ず返しに来るから!」


 そう言って手を振りながら、るーちゃんは駅の中へと向かう人混みの中へと消えて行った。


「ふう……さすがにちょっと疲れたな」


 学園からここまでほぼ休まずに走ったからだろうけど、日頃から運動不足気味な俺には正直ちょっときつかった。

 それにしても、るーちゃんはハンカチを返しに来るとか言っていたけど、今日で地元に帰ると駅に向かう途中で言っていたのに、どうやってハンカチを返すつもりだろうか。まあ、昔っからそそっかしいところもあったし、今回もそんなところだろう。


「……帰るか」


 そう思いながら家への帰路を歩き始めたが、しばらく歩いた後、俺のお腹からグゥーっと大きな音が鳴った。


「…………」


 ピタリと足を止めてきびすを返した俺は、そのまま駅の方へと戻り始める。

 そして俺は朝に訪れたラーメン屋に入り、好物のとんこつラーメンに再び舌鼓を打った。

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