第94話・真実×誤解
風邪で学校を休んでいる茜の家へとプリントを届けに来た俺と渡は、茜の部屋の前で立ち尽くしていた。何度か扉をコンコンと叩いてみたけど、まったく反応が無いからだ。
「やっぱり寝てるんじゃないか?」
「うーん……それじゃあ困るんだよな」
俺がそう言うと、渡は顔をしかめながら唸って腕組をする。
渡は困ると言うが、俺達の目的はプリントを渡す事。だが本人に直接渡さないと駄目という事では無いんだから、母親である
とりあえずここに居て何度も扉をノックし続けるのはよろしくないので、俺は渡を連れて下に居る碧さんにプリントを渡して帰ろうと考えた。
「水沢さーん! 起きてるー?」
そんな事を考えて行動に移そうとしたその時、何を思ったのか、渡が大きな声で部屋の中に向けて問いかけた。
「バカ! 何やってんだお前は!」
「だってよ、単にノックの音が小さくて聞こえてないだけかもしれないだろ?」
「アホか。こう言う時は普通寝てるって考えるだろうが」
渡は『そうかなあー?』などと言いながら、首を捻っている。本当にコイツは何も考えてないんだろう。
「誰……?」
アホな渡を引き連れてその場を離れようとした時、部屋の中からか細い声が聞こえてきた。
それは紛れもなく茜の声だったが、普段のアイツとは思えない程に弱々しい。
「あっ! 水沢さん? オレオレ、日比野渡だよ!」
「わ、渡くん!? ど、どうしてここに?」
茜は明らかに渡がここに居ることに動揺している風だった。まあ、当然だとは思うけど。
「いやね、先生に頼まれてプリントを届けに来たんだよ。そしたら水沢さんのお母さんに、『直接渡してあげて』って言われたんだよね」
「そうだったんだ。ありがとう、今扉を開けるから」
「あ、そうだ。ついでに龍之介も来てるよ」
――ついでとは何だついでとは。
渡に言い負かされた形で来たんだから、ついでやオマケと言われるのはあながち間違いでは無い。だがそれでも、コイツに言われると何だかムカッとくる。
「えっ!? りゅ、龍ちゃんも来てるの!?」
いきなり茜の声のトーンが高くなり、慌てたように早口になる。
まあ、現在の二人の気まずい雰囲気を考えれば、当事者たる俺が現れたら茜がこうなるのは至極当然の結果と言えるだろう。
「あ、ああ……一応な」
「あ、あの、えっと……ちょ、ちょっと待ってて!」
そう言うと茜が部屋の中で何やらドタバタとしている音が聞こえ始めた。
――いったい何をやってるんだアイツは……。
扉が開くのをじっと待つこと約8分。その間は部屋の中で何かを床に落とす音や、『これじゃダメー!』などと叫ぶ茜の声が聞こえていた。
そしてようやくそのドタバタと騒がしい音が止むと、部屋の扉がキィッと音を立ててゆっくりと開く。
「ど、どうぞ……」
小さく開いた扉の隙間から、紅くなった顔を覗かせて茜がそう言ってくる。やはりまだ熱があるのだろうか。
俺と渡はとりあえず促されるがままに茜の部屋へと入る。茜の部屋へ入るのはかなり久しぶりだったけど、部屋の中は相変らずメルヘンチックな雰囲気でいっぱいだった。
タンスの上や机の上にも飾られている大小様々なぬいぐるみの数々に、ピンク色のカーテン。普段使っているベッドすらも、どこかお姫様的な雰囲気を感じさせる可愛い仕様になっていて、そこに上半身を起こして座っている茜のパジャマも、白生地に小さなピンク色のハートのイラストが沢山散りばめられた非常に可愛らしい物だ。
そしてそんな茜のすぐ傍らには、小さな頃からのお気に入りであるウサギのキャラクター、うさうさのぬいぐるみが置いてあって、そのうさうさの頭を意識的にか無意識的にかは分からないけどせっせと撫でている。
「そ、そのへんに適当に座っていいよ……」
茜は淡い空色の絨毯が敷かれた床の方を指差す。
それを聞いた俺と渡は、小さな透明のクリアガラス製のテーブルがある場所の近くへと座る。そしてそこから何かしらの会話が始まると思ったのだけど、予想に反して茜が何も言ってこないので、俺は沈黙するしかなかった。
「水沢さん、体調はどうなの?」
俺と茜が何も話さないからか、渡が業を煮やしたかの様にそんな事を切り出してきた。
「あっ、うん。もうほとんど治ってるんだ。心配かけてごめんね」
「いいよいいよ。むしろ俺よりも、コイツの方が心配してたんじゃないかな?」
渡はそう言ってから左斜め前に居る俺の頭に馴れ馴れしく手を乗せ、ポンポンとする。
「えっ!?」
そんな渡の言葉に、茜が驚いた表情を向けてきた。
俺はそんな茜の視線を受け、思わず視線を逸らしてから渡に反論を始める。
「へ、変な事を言ってんじゃないよ!」
「えー? だってお前、授業中もずっと水沢さんの席を見ながら溜息ばっかり吐いてたじゃないかよ」
「うっ……」
まさかこの馬鹿にそんなところを見られていたとは一生の不覚。俺は痛い事実を突かれ、ぐうの音も出なくなる。
――それにしても、廊下側の一番前の席に居るお前が、どうして反対側の一番後ろの左端に居る俺の事をそんなに見てるんだ? まさかコイツ……アッチの気があるんじゃないだろうな……。
「おい。何でまた俺から距離をとるんだ?」
「き、気にすんな。大した理由は無いから」
「まあいいや。てな訳で、俺は水沢さんを心配しているコイツを引き連れて来たって事なんだよね」
「そ、そうだったんだ。ごめんね、龍ちゃん。心配かけて」
「あ、いや……まあ……別にいいけどさ」
そう言って微笑んでいる茜を見ていると、何だかちょっとほっとする感じがした。
「あっ、電話かかってきた。ちょっとごめんな」
特に着信音はしなかったが、渡はそう言うとなぜか鞄を持って部屋を出て行ってしまった。
「あ、そうだ。とりあえずプリントを渡しておくな。机の上に置いておくから」
「ありがとう」
鞄から持って来たプリントを取り出して茜が使っているファンシーな感じの机の上に置くと、後ろから茜がお礼を言う声が届いた。その声音はどことなく明るさを感じさせる。
そしてプリントを机の上に置いた俺は、再び小さなテーブルの側に座った。
「寝てなくて大丈夫か?」
「うん。大丈夫」
「今回はずいぶんと風邪が長引いてるな」
「そうだね。最近ちょっと気分が優れなかったからかな」
多分、その気分が優れなかった理由の一端は俺だと思う。もちろん原因は他にもあるとは思うし、俺の事が茜の中でどれだけストレスの割合を占めていたかは分からない。
でも、茜が今こうなっている原因の一つなのは間違い無いと思う。だからこそ、俺はちゃんとケジメをつけないといけないと思った。
最初こそ渡に言いくるめられて嫌々来た感じだったけど、これは良いチャンスでもある。考え方はせこいかもしれないが、人目が無い今が謝る絶好の機会だから。
「あのさ……ごめんな……」
「急にどうしたの?」
「ほら、最近の俺、ちょっと態度がおかしかっただろ?」
「あっ……うん。ちょっとね」
茜は苦笑いしながらそう答えた。
俺の言葉に対し、『ちょっとね』と答えるところが、気を遣ってくれてるんだなと思わせる。そこが実に茜らしいとも思うわけだが。
「悪かった! このとおりだ!」
俺は正座をしてから茜に向かって深々と頭を下げた。
こんな事で許されるかどうかは分からないけど、とりあえずこうしなければ何も始まらない。
「あ、頭を上げてよ、龍ちゃん。そんな事しなくていいから」
「でもさ……」
「本当にいいの。こうしてここに来てくれただけで十分だから」
にこっと微笑みながらそう言ってくれる茜。その微笑みは何だか長い年月見ていなかったかのように懐かしく、そして温かく感じた。
「おまたせ~、龍ちゃん」
そしてちょっとだけ和んだ雰囲気の中、カチャッと音を立てて開いた扉から、白のティーカップを花柄のトレーに乗せた碧さんが入って来た。
「あっ、碧さん。ありがとうございます」
持っていたトレーから一つのティーカップを目の前の小さなテーブルに置くと、なぜか碧さんは俺の対面側に座った。
「お母さん、何してるの?」
「ん? 私も久しぶりに龍ちゃんとお話しようと思って」
「もう! 今は私と話をしてるんだから、お母さんは邪魔しないでよね!」
茜はそう言うとベッドから下りて碧さんを立たせ、無理やり部屋から追い出そうとした。
「茜のケチー。私だって龍ちゃんとお話したいのに~」
「お母さんは夕食の支度があるでしょ!」
「あっ、そういえばそうだったわね。それじゃあお母さん買い物に行って来るから、龍ちゃん、その間は茜の事をお願いね」
「あ、はい。それと碧さん、渡を見ませんでしたか?」
「ん? あの子なら、『見たいテレビがあるから』って言ってさっき帰って行ったよ?」
「はあっ!?」
碧さんはそう答えると、にこにこしながら手を振って部屋を出て行った。
渡が本当に帰ったとなると、今この家に居るのは俺と茜の二人だけになる。その事実が俺の中の気まずさを再び呼び覚ます。
「あ、茜、ほ、ほら、病人なんだからちゃんと寝とけよ」
「う、うん。そうだよね」
茜はハハハッと笑いながら自分のベッドに戻ってそのまま横になり、毛布を口元が隠れるくらいまで引き上げると、俺の方をチラチラと見てくる。
こんな気まずさを感じるのは久々かもしれない。
「……ねえ、龍ちゃん。ちょっと聞いてもいいかな?」
「な、何だ?」
「あの……渡くんが言ってた事は本当なのかな?」
「渡が言ってた事?」
「だからその……私の事を心配してたって話……」
茜の顔はまた紅くなっていて、そう聞きながら口元まで上げていた毛布を今度は鼻が隠れる位まで引き上げる。
「そ、そりゃあ、風邪だって聞いてたわけだし、心配くらいはするさ。当たり前だろ……」
「そ、そうなんだね。ありがとう」
茜はお礼を言うと、今度は頭まで毛布を被ってしまった。
そんな茜を見ていると、何だかむず痒い気持ちになってしまう。
「……あのさ、もう一つだけ聞いていいかな?」
しばらくして頭まですっぽりと被っていた毛布を首元まで下げると、茜は真剣な表情でそう尋ねてきた。
その迫力にも似たプレッシャーに、俺は少しだけ戸惑ってしまう。
「あ、ああ……」
そんな茜を前に、そう一言口に出すのがやっとだった。
我ながら情けないと思いながらも、その真剣な表情の茜が何を聞きたいのかと身構える。
「あのね、どうして機嫌が悪かったのかな?」
茜はかなり遠慮気味にそう聞いてくる。
正直に言えば、そんな事を聞かれるのではないかという予想もしていた。
しかし予想とは言うものの、状況を考えればそんな事を聞かれる可能性は限り無く高いわけだから、予想と言うにはちょっと違うかもしれない。
「べ、別に機嫌が悪かったわけじゃ……」
この期に及んでも、俺はまた下手な嘘をついてしまう。人間は成長すると素直になれなくなる生き物なのだろうか。
「嘘。だって龍ちゃん、ずっと恐い顔をして私を避けてたもん」
流石は幼馴染と言うべきなのか、俺が表情に出し過ぎていただけなのか、茜は俺の返答に対して即答してきた。
「うっ……」
最近気付いた事だが、どうやら俺は図星を突かれる事に極端に弱いようだ。
俺は自分を守る為、茜の視線から目を逸らす。
だが図星を突かれて動揺している俺を、幼馴染であるコイツが見逃すわけもなく、更に追撃をかけてくる。
「ほら、やっぱり嘘ついてる。龍ちゃんは昔っから、嘘をつく時に視線を逸らすんだもん」
俺にそんな癖があったとは初耳だった。どおりで茜にはよく嘘を見抜かれてたわけだ。
「何で俺も知らない癖を知ってんだよ」
「それは……龍ちゃんをいつも見てたから……」
――それはつまり、俺の弱点とかそんなのを探そうと常に観察してたって事か?
「ずいぶん暇な事してんだな」
その言葉に茜は途端に口をアヒルの様にしてむくれる。その表情はまるで、自分の思った反応と違うと言った感じに見えた。
「はあっ……龍ちゃんはやっぱり龍ちゃんだね」
諦め交じりと言った感じの溜息を大きく吐き出したかと思うと、そんな訳の分からない事を言い出す始末。
脱皮する虫じゃないんだから、俺は何があろうと俺に決まってるじゃないか。
「どういうこっちゃ」
「龍ちゃんらしいって事よ」
ベッドに寝そべったまま、可愛らしくにこっと笑う茜。何だかそんな茜が非常に可愛く見えた。
――いやいや、これは今の状況でそう見えてるだけなんだ。
俺は頭を左右にブンブンと振り、その雑念を飛ばす。
「それより龍ちゃん、私の質問にちゃんと答えてよ。もし次に嘘ついたら、コレだからね!」
そう言ってゆっくりと上半身を起こした茜は、右手をスッと俺の方へと突き出して拳を握り締めた。
茜の言うコレとは、『次に嘘をついたらパンチの洗礼をお見舞いするんだからねっ』と言う意味だろう。何と恐ろしい死の宣告だろうか。
「はあっ……分かったよ」
俺は突き出された茜の右拳を前に観念し、今までの経緯を話した。
それはあの昼休みに目撃した告白の場面から、日曜日に目撃した森山とのデートの事までしっかりと。
「――そ、そんな事だったの!?」
俺が話を終えると、黙って話しを聞いていた茜は呆れた様な、それでいてビックリした様な、何とも複雑な表情をしていた。
「そんな事だったんだよ」
俺は恥ずかしさからぶっきらぼうにそう答えた。
すると茜はプッと吹き出したかと思うと、突然大きな声で笑い始めた。
――こっちは真面目に答えたってのに、いったい何だってんだ……。
不満げに茜の方を見ていると、それに気付いたのか『ごめんごめん』と言って浮かんでいた笑い涙を手で拭い、それからゆっくりと真実を話し始めた。
「告白されたとか、デートしたとか、それは龍ちゃんの誤解だよ」
「えっ?」
それは意外な答えだった。だって誰がどう見たって、あの昼休みに見聞きした事は告白以外の何でもないと普通は思うから。
俺は疑惑に満ちた目で茜を見据えた。
「あーっ! その目は信じてないな?」
「いや、だってさ、森山に『君が好きなんだ』って言われてたじゃないか」
「あ、ああ~。それはねえ……」
茜は途端に顔を真っ赤にして困惑し始めた。
「やっぱり告白されたんじゃないのか?」
茜は何とも口重たそうに口ごもっている。
別に告白されたと言うなら、素直にそう言えばいいのにと思ったが、次に茜から発せられた言葉を聞いて、俺は別の意味で驚いてしまった。
「……あれはね、森山くんの事じゃなくて、森山くんの妹さんの事なの」
「はあっ?」
詳しく話を聞いてみると、あの昼休みの告白と思い込んでいた出来事は、森山が自分の妹の事について茜にお願い事をしていただけとの話だった。
つまり茜の話しだと、
そしてそれを知った兄の森山が、何とか仲良くなる切っ掛けを作ってあげようと画策したのが、あの昼休みの出来事だったらしいのだ。
つまり森山の望んでいた事をもっと簡単に言うなら、『俺の妹が君に憧れてるから、仲良くしてくれないだろうか』と言う事。
そしてあの日曜日のデート疑惑については、森山の妹さんの誕生日が近いという事で、森山がサプライズで茜が選んでくれた物をプレゼントしようとしていたらしく、そのプレゼント選びに付き合っただけらしい。
「そ、その話ってマジなのか?」
「こんな事で嘘ついてどうするのよ。それと、この話は誰にも内緒だからね?」
茜が見せる妙な迫力に、俺は有無を言わさずウンウンと頷かされた。
この話が真実なら、俺は告白と勘違いしたあの場面を見てからこれまでの間、自分が抱いたくだらない妄想の為に無駄にイライラしていただけという事になる。何て恥ずかしい自爆だろうか。
「それにしても龍ちゃん。誤解してたのは分かったけど、どうしてそれであんな態度をとってたの?」
「えっ?」
「だって、私が告白されたと思ってたから怒ってたんでしょ? あっ! もしかして龍ちゃん、実は私を好きだったりして!」
「バ、バカ言ってんじゃねーよ! 俺は茜が内緒にしてたから、その事で怒ってただけだっつーの! くだらない事を言ってないで病人は大人しく寝てろ!」
茜の言葉に動揺した俺は、慌てて否定の言葉を羅列していく。
すると茜は『冗談だよ~』と言いながら、再びベッドに寝そべって毛布を口元まで上げる。
「でも、ちょっと残念かな――」
毛布を被っているから後半の言葉が聞き取れなかったけど、確かにそう聞こえた。
「ほら、あんまり無茶するから、また熱が上がったんじゃないのか?」
茜の顔ははっきりと分かるくらい真っ赤に染まっていて、風邪がぶり返したんじゃないかと心配になった。
俺は茜に安静にしているように言い、一階の洗面所へと向かう。そこで持っていたハンカチを取り出してから水に浸し、水が滴らない程度に絞ってから茜のもとへと戻る。
「ほら、これを額に乗せて安静にしてろ」
「ありがとう、龍ちゃん。冷たくて気持ちいい~」
茜の額にハンカチを乗せ、再び床へと座る。
「そのまましばらく大人しく寝てろ」
「うん……。ねえ龍ちゃん、この状況、前に龍ちゃんから貸してもらったラブコメ漫画に似てると思わない?」
茜にラブコメ漫画を貸したのは、確か一年生の時だった。
て事は、幼馴染である女子のところへ看病に来た主人公に、その女子が告白をするってあれか。まあ、シチュエーション的に似ていると言えばそうだが、決定的に違うところがある。
「まあ、似てるっちゃ似てるが、あれは主人公も相手の女子が好きだって前提があるから、俺達とは全然違うんじゃないか?」
「龍ちゃんは……私の事が嫌いなの?」
「はあっ!?」
「だ、だから……龍ちゃんは私の事が嫌いなの?」
茜は毛布を頭まで被り、その状態で再びそう聞いてくる。
「べ、別に嫌いって事は無いさ。それに嫌いだったら、心配なんてするわけ無いだろ?」
そう言うと茜は、鼻の部分まで毛布を下げてこう言った。
「良かった……安心したよ。ねえ、龍ちゃん……私ね――」
憂いを含んだ様な瞳で俺を見つめながら言葉を発してくる茜にドギマギしていると、突然扉がキイッと音を立てて開いた。
「龍ちゃ~ん。お夕飯、一緒に食べていかない?」
唐突に現れた碧さんに、俺は唖然としてしまった。それは多分、茜も一緒だったと思う。
「あれ? 私、お邪魔だったかしら?」
部屋へと入って来た碧さんは左手で口元を覆い隠し、俺と茜を交互に見ながらそう言った。
「お、お母さんのバカー!」
「あらあら、ごめんなさいね~」
碧さんはにこにこしながら俺達に謝った。
この人は本当に天然なんだなと、今更ながらにそう思う。
「ねえ、龍ちゃん。久しぶりに一緒にご飯を作りましょうよ」
「分かりました」
一気に場の雰囲気が変わってしまい、俺は苦笑いしながらそう答えて腰を上げる。
「じゃあ茜、龍ちゃんを借りて行くねー」
「もう……お母さんたら」
茜はしょうがないなと言った感じで溜息を吐いていた。
そして足取りも軽く下へと向かって行く碧さんを見てから、俺もそれに続いて部屋を出ようとした時。
「ねえ、龍ちゃん。このまま彼女ができなかったらどうする?」
コイツは何て不吉な事を聞いてくるんだろうか。それがもし現実になったらどうすんだ。
「どうもこうも、そうなってみないと分からないよ」
「それじゃあさ、もしも……もしも龍ちゃんにずっと彼女ができなかったら、可哀相だから私がもらってあげるよ」
そんな事をニヤッとした表情で言ってくる茜。そういった申し出は嬉しいとは思うけど、上から目線なのが多少引っかかる。
まあそれが茜なりの冗談だというのは分かるので、俺もそれに乗っかって返答をする。
「そっか。それじゃあ、その時は是非もらってやってくれ」
「うん! 了解だよ」
満面の笑みでそう答える茜を見ながら部屋を後にし、俺は碧さんと料理を作りながら、いつもの様に茜との結婚について話を色々とされた。
そして料理を作る途中で杏子も電話で呼び、その後はだいぶ気分が良くなったと言う茜を交え、出来上がった料理を久しぶりに茜ファミリーと一緒に堪能したのだった。
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