第59話 後悔
黒い翼を広げ、大きく深い地割れから姿を現した王は期待通り巫女を連れて帰ってきた。青白い顔で目を閉じている彼女を大事に抱きかかえ、ゆっくりと地面に足を着けた。
今の王は『封魔封力術』を解いてしまったことで魔力が戻っている。だから封印前と同じく不安定な状態にある。いつ暴走してもおかしくない。
けれど自分の腕の中にいる彼女を見つめる表情は穏やかで優しい。その顔を見ていると、傍えの腕輪を見つけるまで契約できなくても最悪の結果だけは免れると思えた。
不意に王が顔を上げた。ぼうっと見上げていた俺と目が合うと、端整な顔が警戒感を滲ませて曇りはじめた。
「お前は誰だ?」
初対面ではない相手からの問いかけにどこから説明すればいいのか戸惑う。
思案して口ごもっていると、王は少し離れた場所で光り輝く魔法陣に目を向け、緊張感を僅かに緩めて俺を再び見下ろした。
「あれは外に繋がっているのか?」
出てこない言葉の代わりに大きく頷いた。
「すぐに出られるか?」
「彼女も一緒に」
王は安堵したように表情を緩めた。
ついさっきまで話をしていた俺や転移術の件を知らないことといい、口調や表情が違うことといい、今目の前にいる相手は巫女が『レクス』と呼んでいた人格とは違うのだろう。
でもこいつも俺の知っている王ではない。
暴走は魔力によって別の人格が生み出される。別人格はつがいの巫女でさえ殺すほど見境のない破壊衝動に囚われている。
レクスは表情が乏しかったが理性的だった。だからもう一つの人格が別人格だと思っていた。
なのに、何故、こいつもまともなんだ?
元の人格はどこにいるんだ?
「あんたはいったい――」
疑問だらけの頭を整理したくて無意識に口を開いた。同時に色彩の乏しい視界に鮮やかな赤い色が飛び込んでくる。
それが何かわかってしまった時、全身の血の気が引いた。
彼女の背中が真っ赤な血で染まっていた。
最悪の事態に足下がふらつく。
今の王ならば何があっても巫女を傷付けない。あの崖下でフロウが彼女を手に掛けたに違いない。
最後まで執着し続けたフロウと最後の詰めが甘い愚かな自分を心の中で
一刻も早くここを出なければ。
外には先に出した騎士団がまだいるはずだ。王国騎士ならば治癒術の使える者が複数いるだろう。魔人もいたし、完治はしないまでもせめて出血を止めることくらいはできるはずだ。
王の顔を盗み見る。その表情に焦りや不安はなく、まだ巫女の異変に気付いていないようだ。
もし不安定な状態の王が彼女の怪我に気付いたら、まちがいなく暴走する。呪殺術はまだ解けていない。契約できていない状態で暴走すれば抑えられていた呪術は発動し、王は死に至る。
傷を治すことができるつがいを失えば、巫女もこの怪我ではいずれ死ぬだろう。
王も巫女も助からない。
違う。俺はこんな結末を望んでいたんじゃない。
つがいを失っても死ねず無意味に生きている俺の前に、何も知らない顔でフロウ一族が、何も覚えていない顔で王が現れた。
つがいの傍で幸せそうな王の姿を見た途端、彼が生きていたくれたことへの嬉しさや懐かしさは、恨めしさと憎しみに変わった。
生き延びていたフロウ一族が巫女を探していると知ったのは偶然だった。誰かのつがいを道具にように扱うこいつらの顔を見るだけで虫唾が走る。でも王が巫女を奪われることで、つがいを失うことがどれだけ辛いのか知らしめてやりたかった。
王を封印しようとは本気で思っていなかった。
苦しめばいいと思っただけだ。
王が、巫女を奪うフロウ一族と、死ねなくなった俺を、この世界から消してくれることを望んだだけだ。
フロウ一族が利用できない巫女を殺していたと知っていたなら、絶対に手は貸さなかった。
身勝手で浅はかな俺をあざ笑うように洞窟が大きく揺れた。ひび割れだらけの岩壁や天井は軋みながらぼろぼろと崩れていく。
お前のせいで全てが終わる、と非難しているように思えた。
「まだ間に合うぞ!」
王の言葉に我に返る。見ると王は翼を広げ地面を蹴った。
俺も後を追おうと走り出し、いきなり強い力で服を引っ張られた。足裏の地面の感触が消える。地面が崩落したのかと焦ったが、見ると足が地面から浮いていた。
「こっちの方が早いだろ?」
振り仰ぐとにっと笑う王が片手で俺の服を掴み、巫女と一緒に運んでくれている。
子供の頃、よく見た笑顔が涙でぼやけてくる。
涙なんてもう枯れたと思っていたのに。
王は魔法陣の上で俺を掴んでいた手を放した。その後で巫女を庇うようにしっかり腕に抱き自分も魔方陣の上に着地する。
すぐに転移術を発動させた。
その瞬間、巫女の腕がだらりと力なく滑り落ちる。
「――サラ?」
転移術の光に溶け込みながら彼女の名前を呼ぶ王の顔は、暗い
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