第26話
サラは必死で抵抗したがずるずると魔法陣へ引きずられていく。
「ハズレだったら記憶を消して逃がしてあげる」
ジュードの口から、ジュードのものではない声が
「でも今あいつ機嫌が悪いから、
楽しそうに話す声の主にサラの背筋は凍る。口を塞がれ首を絞められている息苦しさのせいか、それとも今までに感じたことのない恐怖のせいか涙が滲む。霞む視界は次第に狭く暗くなっていった。
不意に掴まれていた腕が自由になった。見ると先ほどまで青白かったジュードの手が茶色に変色している。無数のヒビが走り、乾燥した土のように絨毯の上に落ちていく。
「――何で?」
捕まっていたサラよりも捕まえていた声の主が戸惑っている。口を押さえていた長い腕も、巻き付いていたサラの首からずるりと落ちると同じように土塊と化した。
自由になったサラは扉へ走ろうとしたが、足に力が入らずその場に崩れ落ちる。足どころか身体全てに力が入らない。息が上がり酷い頭痛で意識が朦朧とする。
「もしかして、当たり?!」
興奮したように独り言を叫ぶ両腕のないジュードがサラの顔を覗き込む。
何を言っているのか意味がわからず恐怖で固まるサラの目の前で肩から腕が再生される。新しく生えた青白い両腕でサラの腕を掴むと無理矢理立たせた。
「術が消される前にこっちに来て貰わないと」
魔法陣はサラの左足が入った途端に術式がぐにゃりと歪み光が弱まる。
「さすがに強いね」
声の主は何故か嬉しそうに呟き、ダグの口で再び呪文を唱え始めた。転移術の魔法陣がもう一つ現れ、最初の魔法陣と重なる。
「これで大丈夫。さぁ、早くおいで」
ダグの首がぎこちなく動きサラを見る。歪みの消えた魔法陣が息を吹き返し光り輝く。
助けて。
サラの頭に浮かんだ顔は兄でも家族でもなく、いつも傍にいるレクスだった。
部屋の扉が大きな音を立てくの字に折れる。驚く三人が振り向くと扉は部屋の中に倒れ込んだ。
舞い散る木くずと部屋の空気を銀色の光が切り裂く。次の瞬間、足元の魔法陣が消える。ダグの耳の真下、太く短い首に長剣が突き刺さり、鋭い先端は突き抜けていた。
「な――に――」
ダグの口から声の主の驚きと空気が漏れる。
「くっ――」
悔しそうな声を最後まで吐き出せず、ダグは全身を茶色に変色させるとヒビと同時に土となって崩れ落ちた。
「誰だよ!」
声の主が、今度はジュードの口から叫ぶ。入り口を睨み、そこに立つ姿に視線を釘付けにした。
「お前は――」
レクスは無言で部屋に駆け込むと、ジュード目掛けて片手を
「な――」
無詠唱で魔術を繰り出され驚くジュードの首は、見えない刃によってあっという間に切り落とされた。頭部を失った身体は絨毯の上に倒れる頃には、ダグ同様、土と化していた。
急に拘束を解かれたサラは前のめりに倒れ込んだ。けれど膝を突く前にしっかり抱きかかえられる。
「サラ」
名前を呼ばれ顔を上げると金色の瞳が心配そうに見下ろしていた。首の痣とガラスの破片による細かい切り傷に顔を曇らせる。
ふとレクスの左手を見つけ思わず息を呑んだ。
「ご――めんなさい――こんな――」
掌の皮は失われ
「謝る必要はありません」
労る声にサラは小さく首を横に振る。
「私だってレクスさんが怪我をするのは嫌だから」
サラの掌がレクスの左腕にそっと触れると浮き出た文字が消えていく。
「ありがとう。助けにきてくれて」
弱々しく微笑むサラをレクスは優しく抱きしめた。サラもまだ震えの残る手を広い背中に回した。
「姉上! 姉上っ!」
アーサーが本棚の下で倒れているマリカに必死に呼びかける。
騒ぎを聞きつけたミハエルやメイド達もやってきた。皆が部屋の惨状に青ざめ、倒れている少女に駆け寄った。
それまで全く動かなかったマリカは意識を取り戻したのか、起き上がろうとして周りに止められていた。
少女の無事に安堵したサラはレクスの腕の中で意識を手放した。
******
「首尾は?」
「邪魔されちゃった」
失敗しておきながら楽しそうに笑う少年に男の怒りが爆発した。
「
「
怯えも悪びれもせず肩を竦める少年に怒りが萎えたのか、男はソファーの背もたれに身体を預けた。
「今日のは当たりだと思うよ」
「――本当か?」
思いがけない朗報に男は身を乗り出す。
「嘘を吐く意味がないでしょ?」
少年は呆れたような表情で見上げた。
「
自分の見つけた獲物に満足そうに頷くが、その後すぐに眉根を寄せた。
「でもちょっと面倒かも」
「どういう意味だ?」
「魔族に邪魔された」
予想だにしなかった言葉に男は息を呑む。
「じゃあもう――」
「あの雰囲気からして知り合いだとは思うけど、でもあの子は腕輪をしていなかったからまだ契約してないのかな? うーん、よくわからないなぁ」
少年の独り言のような報告で男は安堵の息を吐いた。
「あの結界を強引に壊していたからまだ戻っていないとは思うんだけど、今どんな状態なのかなぁ」
ぶつぶつと呟く少年の独り言を遮るように男は立ち上がった。
「何者だろうと構わない。邪魔者は排除するだけだ」
男の自信に満ち溢れた言葉に少年は一瞬黙り、その後でにっと笑った。
「まぁ、そうだね。とにかくあの子ならフロウの呪いは解けると思うよ」
「契約さえしてしまえば、あとは死なせないようにすればいいだけだ。只の道具に意思や感情は不要だからな」
口の端を歪めて笑うフロウの背中に、笑顔を消した少年は冷ややかな視線を向けていた。
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