第23話
三階の奥にある
中は物で溢れていた。絵画や甲冑などは壁際に並べられ置物は棚に収納されている。宝飾類はガラス張りのケース棚に整理されて入れられていた。
「これなんだが――」
ミハエルは埃一つない綺麗なガラスケースの鍵を開け、一際輝く金のネックレスを台座ごと取り出した。一見簡素で地味だが、三連のフラットリンクのチェーン一つ一つに宝石が埋め込まれており、柔らかい輝きの金と石の淡い薄紅色が上品で美しい。同じ金色でも屋敷の外で見た輝きとは一線を画している。
これを手に入れたミハエルの祖父の審美眼は正しかったようだ。そしてその優れた美的感覚が何故孫にも受け継がれなかったのか、とサラはひどく残念に思った。
ミハエルから受け取ったネックレスに触れると痛みが走る。けれどその痛みは弱い。 サラが想像通り、呪術は稚拙だった。
初めて見る解術に興味を持ったのかミハエルはあれこれと聞いてくる。解術を進めながらサラは丁寧に説明した。
「解放者は知る。魔名は『ケシャ』」
「魔名って何だ?」
サラが宙に浮いた術式に触れようとした瞬間、ミハエルが尋ねてきた。絶妙すぎるタイミングに思わず集中力が切れかける。
サラとレクスの視線に、空気の読めないミハエルも流石に肩を竦めた。
「魔名はその術の、隠された姿というか名前というか――」
サラは言いながらも首を傾げた。素人にわかりやすく説明するのが難しい。
「どの術でもそうですが、この魔名がわからなければ術は解けません」
「反対にわかれば解けると言うことか」
「簡単に言えばそうです」
「じゃあ、これと同じ呪い――ええと、何と言ったか」
「留置封印術」
「そう、それ。今のそれを覚えておけば『留置封印術』はすぐに解けるのではないのか?」
「いえ、そういう訳にはいかなくて――」
サラは視線を部屋の扉に向けた。
「この部屋の鍵は、隣の部屋と同じですか?」
話の繋がりがわからないミハエルは怪訝そうな顔になった。
「全て違うものだ。同じなら鍵の意味がないだろう」
「それと同じです」
サラはミハエルの方を向いた。
「術が扉だとすれば魔名は鍵です。術を解くために魔名が必要です。だから同じ術でも魔名は全て違います」
ミハエルは合点がいったという表情になった。
「術式と一緒に魔名も創られます。術式の完成度が高ければ高いほど魔名は複雑になり、読み解くことは困難です」
サラは言葉を続けた。
「呪術は解かれないようするため、術式の中に関係ない文字を組み込んで魔名を隠します。解術師はさっきのように術式を組み直す必要があるのです」
「解術師というのはもっと楽な職業だと思っていたよ」
ミハエルはサラに尊敬と同情の混ざった視線を送る。
「よく言われます」
サラは苦笑した。
サラが呪術の解けたネックレスを渡すとミハエルは子供のように喜んだ。メイドの呆れた視線も気にすることなく、家宝を両手に持って部屋と廊下を何度も行ったり来たりしている。
「大丈夫ですか?」
部屋を出ようとしたサラにレクスが声を掛けた。レクスは無表情で――心配そうに――見つめている。
「大丈夫ですよ。素人の掛けた呪術だったので」
時計を見ると長針はまだ一周もしていない。
「いえ、そうではなく――」
戸惑っている声に再び顔を上げる。けれど口を閉ざしてしまったレクスは心配そうに見るだけだった。
察しのいいレクスに苦笑する。
「そうですね。ここからが問題ですけど」
サラは視線を落とし、深い溜息を吐いた。
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