第21話

 馬車を表に回してくる。

 そう言って浮かれた足取りのミハエルと護衛二人が斡旋所を出た途端、ビビアナがサラの元に駆け寄ってきた。

「ごめんなさい! 仕事押し付けてしまって――」

 今にも泣きそうなビビアナにサラは慌てる。

「仕事を探しにきたわけだし、むしろあっという間に見つかって良かったです」

 依頼人の好き嫌いは別として、斡旋所に来ても仕事があるとは限らない。予定外にこれからアルトマン家に行く羽目になったが、それでも仕事が見つかることは幸運だ。予定していた用事は後日に回すことにした。

「でも――」

 まだ暗い表情のビビアナにサラは努めて明るく声を掛けた。

「その代わりと言っては申し訳ないのですが、一つ教えて欲しいことがあ」「何でも言って!」

 サラの言葉を待たずにビビアナが身を乗り出してきた。その勢いに一歩引いたものの、すぐに気を取り直して言葉を続けた。

「シズメノミコというものについて知りたいのですけど、この言葉以外はさっぱりわからなくて。どこへ行けば調べられますか?」

 ビビアナはほっそりした顎に細い指を当てた。

「情報屋に聞くのが良いかもね」

 その名が示す通り、あらゆる情報や知識を商売にしている。サラはその存在は知っていたものの実際に会ったり利用したりしたことはなく、そのため情報屋を使うという考えは浮かばなかった。

「とりあえずそれが何なのかくらいはわかるんじゃないかしら?」

 ビビアナの的を射た助言にサラは明るい表情になる。

「そうですね。仕事が終わったら行ってみます」

「ちょっと待ってて」

 ビビアナはカウンターに駆け戻ると何かを書き始めた。ペンを置くと同時にその小さな覚え書きをサラに差し出した。

「その住所にこの国で一番の情報屋がいるわ。ちょっと変わっていて依頼人を選り好みするけど、サラちゃんなら大丈夫だと思う」

「ありがとうございます」

 サラは小さな紙を両手で受け取ると心から礼を述べた。

「こちらこそ。気をつけてね」

 大きな感謝と少しの後悔と一抹の不安がない交ぜになった思いでビビアナは二人を見送った。


******


「請けないと思っていました」

 外に出て馬車を待っているとレクスが突然口を開いた。久しぶりに聞く声に視線を向けると、金色の瞳はこちらを真っ直ぐ見下ろしていた。

「最初あまり乗り気ではなかったようなので」

 他人が見れば怖いくらいに無愛想に見える顔は、毎日見ているサラにはそれが心配しているのだとわかり思わず苦笑する。

「確かに最初は断ろうかと思っていたんですけど、少し気になることがあって」

「気になること?」

 視線を落としたサラは独り言のように呟いた。

「もしそうだったなら手遅れになる前に――」

 そうあって欲しくないと思う気持ちが、その先の言葉を塞いでいる。

 

 レクスの視線に気付きサラは表情を元に戻した。肩に入っていた力を息と共に抜く。

「この後兄の所に行く予定でしたけどまた今度にしますね」

 それでもレクスは表情を変えずじっと見ている。明らかに理由を問いかけてくる視線にサラは答えた。

「兄の同僚に魔人がいるので、その方に会――」

 まだ話をしている途中で腕が掴まれる。

 レクスはサラの腕を掴み、強引に身体の向きごと自分の方へ変えさせた。驚いて見上げるサラをレクスは真正面から怖い表情で見下ろしている。

「――男ですか?」

 頭が真っ白になっているサラは瞬きを繰り返した後、しばらくしてその言葉の意味を理解した。

「綺麗な顔でしたけど――確か、男の人だっ」

うろ覚えな記憶を辿って言葉を最後まで言い切れなかったのは、レクスの不機嫌さが最高潮に達したことを感じ取ったからだった。

「何故他の魔族に」

 声は恐ろしく低く、鋭い視線で人が簡単に殺せそうだ。

 

 きっと魔王ってこんな感じだ。

 サラは確信した。


「ま、魔族じゃなくて魔人です」

 こんな状況にあるにも関わらずサラは生真面目に魔王の言葉を訂正してしまう。

「それでも魔族の血は入っています」

「そう言われればそうですけど」

 サラは見た目も雰囲気もあまり魔族らしくなかった兄の同僚を何とか思い出す。

「魔人ならシズメノミコのことを何か知っているかな、と思って」

訪問の意図を伝えると、レクスは不承不承腕を掴んでいる力を緩めた。

「一人では会いに行かないでください」

「どうして?」

 素直に頷きながらも理由を問うサラに、レクスは口を開いたが言葉を発することなく閉じた。しばらく思いあぐねた後に「気分的に嫌です」と拗ねたような表情で呟いた。

 やっぱりよくわからない人だ、とサラは苦笑した。けれどそんなよくわからないレクスが嫌ではなかった。



 サラが乗ることに抵抗を示した華美な馬車が去ってしばらくの後、斡旋所に一枚の書状が届けられた。

 それは解術師ギルドからの緊急通知だった。最近解術師が仕事を終えた後に襲われる事件が多発しており、幸い死者は出ていないものの被害者達には襲われたときの記憶がなく犯人も未だに捕まっていないため、解術師個別に書状を送るが斡旋所からも注意を促して欲しいと言う内容だった。


 慌てて表に飛び出したビビアナの視界に見知った姿はすでになく、沸き上がる不安に唇をきつく結んだ。

 

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