第六十六話:それぞれの動き
『おお、爆発しましたぞ。爆発!』
『なんとこれは凄い……』
清上学園の一角に位置する廊下が、黒く塗りつぶした風船のように膨らむ爆煙と踊る火の粉に包まれた時、『彼ら』は沸いた。
『いやいや、意外にも見応えがありますな。とても高校生だとは思えない』
『サキ・チヨカワは武術の達人か、ジャパニーズニンジャの末裔か? あんな華麗な立ち振舞いは、他でも見たことがない』
『普通の私立の女子高生とのことですが……』
『なんという……計り知れんな……』
口々に皆がそれぞれの驚愕と感嘆を話し出す。
まるで映画のワンシーンのような、しかし間違いなく本物のその映像に興奮し、どよめく者達。それが、まだ年若い高校生同士の殺し合いだと知って、それを娯楽として観賞しているのだ。
彼らは、賭けをしていた。タクジ・アイカワとサキ・チヨカワのフィフティ・フィフティ。
謂わば、トトカルチョだ。
どちらかが攻撃を被れば、どよっとざわめき、血が舞う度に感嘆の息を吐く。
「…………」
そのなかで一人、つまらなそうに――――というより、不愉快そうに眉をしかめ、行儀悪く頬杖をついている男がいた。
明らかにこの場の空気に馴染めず、憮然としている彼は、大宮清道。
今そばで自分と一緒にスクリーンを眺めている、マクシミリアンの招待を受け、ここに来ていた。
彼とコネがある各国の富豪達を招き入れた、この『鑑賞会』に。
「どうしたのさ、セイドウ。機嫌が悪いみたいだけど」
「……そりゃ、気分の良いもんじゃねえよバカ。俺の母校が灰まみれになってんだぜ。……それに俺ァ、ヤニ臭ェのは嫌いなんだ」
清道が、笑い合う男達を見やる。
彼らはそれぞれの業界を牛耳り、各国経済を左右するとも言われるVIP達。この世のあらゆるものを欲しいままにし、娯楽に倦む
確かに彼らの、高価なだけで不味い
こんなものを楽しもうとする、そのきな臭さに、清道は顔を渋くしていた。
「……一応、禁煙席用意しようか?」
「そういうこと言ってんじゃねえ、分かって言ってるだろテメエ……つーかお前もお前だ、マクシミリアン。こんな悪趣味なノミなんざやりやがって」
「気に入らない?」
「たりめーだタコ」
掛けていた椅子に背をどっしりと預け、清道は鼻を鳴らした。
「こんなん狂ってるぜ。オーディションじゃねえんだぞ」
「オーディション……か。君にしては上手いこと言うね」
「ああ?」
その持ち前の三白眼で一睨み利かせ、凄む。
大人でも泣き出しそうなとんでもない凶相なのだが、マクシミリアンは意にも介さない。ごく普通に口を開いた。
「……君が二人の殺し合いのことももちろん、このギャンブルにも嫌気が差してるのも分かってるつもりだよ。……でもね、これは誰かが仕切らないといけない『喧嘩』なんだ」
「『喧嘩』……ねぇ」
いちいち不機嫌そうな態度で、がしがしと頭を掻く清道に、マクシミリアンが小さく笑う。
「……そりゃ、わざわざ賭けとして管理しねえと他の奴が利用するってことか? それほど大袈裟なもんなのか?」
その軽口を交えたつもりの言葉に、マクシミリアンは大真面目に頷き返した。
「実はね────僕と血の掟を結び、イギリス事件での立役者であるタクジの名前は、今飛ぶように売れてるんだよ」
清道が、その言葉にゆっくりと視線を向けた。
「お前……それって」
「ここにいる人達は、皆、事の流れを全て知ってる。僕が君に話したこれまでの経緯を、彼らは独自のリサーチで掴んでたんだ。……だから、僕自ら介入するしかなかった。なにより、彼のために」
これは、拓二達のためでもあるのだ。
今回の彼らの死闘は、マクシミリアンの名前でマネジメントされている、謂わば『余興』だ。もしその庇護もなく、どちらかの勝敗が決まり、学校から生きて出たとしても、その後どうなるか分かったものではない。あるいは最中に水を差されることも大いにありうる。
だからこそ、賭博という場を設け、整然としたルールのもとでこの件は執り行われる必要があった。
「実はもう既に、タクジにはかなりのオファーが来てるんだよ。〝SPから秘書まで、真っ当なものからどす黒いものまで〟。そして当然のように、この闘いの値打ちも吊り上がっている』
『そういうことか……』
『しかし、それだけの功績があるタクジはまだいいとして、普通の高校生のはずのサキにも、同じくらいの申し出が来てるのは驚いたけど。いやはや、でもとんでもないね。一女子高生にしておくのは確かにとても惜しい」
マクシミリアンは言葉を続け、そして清道がそっぽを向くようにスクリーンに視線を移しているのに気付き、肩を竦めた。
「……それに、最近思うんだ」
そして、まだ爆発を映し、賭けの対象が見えない映像に一瞥した。
「平和に自浄作用があるとすれば、その手段は血だ」
どこか遠い目をするマクシミリアンの頭の隅には、一人の男が投影されていた。
マクシミリアン以上の財力を侍らせ、それ故自分の娘でさえ金銭価値でしか見られなくなった、哀れな男を。
男は金を持つ者が全ての世界を創ろうと、その有り余る力を使った。
「だから、僕は……個人で軍隊を揃えられるお歴々のストレス発散にでもなれば、それでいいのさ」
長きに渡ってその野望を阻み、混沌を食い止めた彼の弁は、強かった。
◆◆◆
「くっ……う……」
床に突っ伏し、血を吐くように呻いた。
身体の節々がバキバキに砕けたかのように痛む。爆発のあった背後から熱気を浴びる。
もっと小さな爆発を考えていた分、その勢いは思っていたより激しく、辛うじて直撃は避けたものの、爆風に巻き込まれてしまっていた。
「相川くん!」
大きな音で籠ってしまった鼓膜が、遠くからの声に反応した。
かと思うと、すっと人影が視界に映り込む。どうやら、遠くから聞こえたのは、今の俺の聴覚が麻痺しているからだったようだ。
「大丈夫!? 怪我してない!?」
「暁……お前、逃げろって言ったろ……」
掠れた声しか出ない。
先に逃げていたはずの暁が、ここにいるということは。この先にある教室に隠れているはずが、どうやら戻ってきてしまったのだろう。
「あんな音聞いたらそんなこと出来ないよ……! それに相川くん、血が……」
暁が近くに寄り、身体を支えてくれようとしてくれる。
その厚意に従って身を起こそうとすると、ちくりと太股に痛みが走った。見ると、ガラスの破片を巻き込んで、レギンスごと裂けてしまっている。
もっとも、出血の割りに大した痛みもない。暁は、それを見ただけのようだ。
「ありがとうな。でも、俺のことはいい……」
そう、俺のことはいい。既にナイフで刺されているし、これくらい些末な問題だ。
「そうだ、千夜川は……!?」
ふと思い至り、振り返る。軽い貧血か、くらりと意識が揺れたが、堪えた。
閉まっていた大きめの扉は大きく破れ、あちこちが焼け焦げている。
スプリンクラーのような防火装置は動いていなかった。昨日のうちに、そうした報知器の類は非常用のものを含め停止させてある。もしこれで消防車が来られでもしたら、台無しだからだ。
連絡通路にはもうもうと煙が立ち上り、残り火が点々と往生する。窓はいくつか割れ、黒煙はそこから逃げているようだ。
「いない……?」
桜季は、いなかった。
俺と同じように、どこかに転がっているわけでもない。物音もしない。
立ち上がってよく見ても、どこかに潜んでいるというわけでもないようだ。
「あ、危ないよ、相川くんっ……」
暁の制止も振り払い、焦げ臭い廊下へと向かう。
既に空気は晴れ始め、臭いこそすれ、そこまで煙たくはない。
砕け散った破片を踏み歩き、視線をさ迷わせる。
そして、あるものに気づいた。
窓枠の縁、割れたガラスに引っ掛かっているものがあった。
布きれだ。まるで服の一端のようだが……。
「────っ!!」
その時、俺は見た。
「……はは、嘘だろ。ここ、三階だぞ」
その窓の外。
人影が、見える。
「…………」
そこには────こちらをじっと見上げ、平然と佇む桜季がいた。
爆発よりも一足早く、窓を突き破って逃げたというのか。
絶望と失望が頭をよぎる。
出来る限りのことはしたつもりだ。
連絡通路のすく外、見えない死角に、ダクトボックスに扮して仕掛けたプロパン。そのガスを、目立たないよう管を使って、タイミングよく操作し廊下に送り込ませる。
そのタイミングというのが、備え付けられていた消火器だ。
実は桜季によって倒された時、一緒にぶちまけてしまった消火器は、わざと簡単に壊れるよう仕組んでいたのだ。
ガスの臭い、それと不自然な空気音を誤魔化すために。……それらの小細工を張り巡らせても、桜季の反応の方が早かったということか。
────つまり……また、失敗したということか。
「…………」
桜季は、しばらく俺と視線を合わせていた。
じっと見つめあい────そして、桜季はニイと笑った。
俺を見て、笑ったのだ。
それは、今までの余裕の笑み、格の違いを表すような微笑ではなく。
標的を定めた獣のような、攻撃的な笑み。
その姿は、ふっと溶けるように消え去った。
いや、また校舎に入っていったのか。
「相川くん……? どうしたの?」
「……行くぞ、暁」
「えっ、え……?」
「いいから、急げ……!」
戸惑う暁の手を引っ張り、急くようにその場から走った。
やばい。これは本当にやばい。
あれは、不意をつかれて怒りに駈られている顔じゃない。
それならどれだけ良かったか。
あれは────目の前の対象を自分と同じ土俵にいると判断した顔だ。
あの笑みを見て、俺は今までに無いくらい戦慄した。背筋が凍った。
油断でなく、間違いのない実力の差から為る余裕が、今ので完全に消え失せた。
もし今アレと出くわせば、間違いなく俺達は殺される。
走る。走る。
俺達は逃げ惑うように廊下を駆けた。
遠くへ。
出来るだけ遠くへ────!
「あ、相川くっ……いたいっ……」
どれだけ走っただろうか。
暁のその声に、ようやく我に返った。
いや、何度も呼び掛けられていたのだろう。
それを、ものの数十秒程、俺は無視していたのだ。形勢を立て直すためだが、立て直すためじゃない。────自分の保身のために。
「っ……わ、悪い……」
――――情けない。
暁との連携、そのフォローは必須だと自分で言い聞かせていたはずなのに、見事に失念していた。たった桜季に威圧されただけで……。
恥ずかしくなるくらい今更すぎる。ようやく俺に目を向けてきたからこそ、余裕や落ち着きを忘れてはいけない。
ただでさえ多くの説明も後回しにしていると言うのに、俺は怯えて、この様だ。暁じゃなかったらこんのこと普通出来ない。
これでは、いたずらに不審を与えるだけではないか。俺らしくもない。
本当に情けないったらありゃしない……。
「……暁、俺を殴ってくれ」
「ええっ!?」
まあ俺の心うちなど知る由もない暁からしてみれば、その反応ももっともだ。
「い、いいよ全然……! 気にしてないから……」
「頼むっ、俺のためにやってくれ!」
「えええ……でも……」
「さあ早く……! 千夜川が来ちまうから!」
「う……」
渋る素振りを見せつつ、千夜川が来るということと、俺の本気の目に何か感じた様子で、身じろぎした。
「じゃ、じゃあ……いくよ?」
「ばっちこい。今のワケわからん気持ちを手に籠めてな」
「……え、えいっ」
そして、頬が叩かれた。
飛んできたのは────蚊の鳴くような、『ぺちん』とも音のしないひょろひょろビンタだった。
「…………」
「…………」
「えと……こ、これでいい?」
……てっきり、グーパンを浴びせられると思って身構えていたせいか、物足りないくらいだったが。
まあ、いいだろう。
「……うん。これでバッチリ、冷静だ」
「いや……私がやっといてなんだけど、今ので雑念とかは飛ばないんじゃないかな……」
「大丈夫大丈夫、痛いのは嫌いだからちょうどいい……」
確かに威力は弱かったかもしれないが、しかしそれでも、気は楽になった気がする。昨日までまだそこにあった日常のやり取りを思い出せた……そんな気がする。
こういうのは結局、気持ちの遣り方次第だ。
「……よし、暁。ひとまずどっかに隠れよう。形勢を立て直す。お前にも、今の状況の説明もしたいしな」
既に力量の差は身体で理解した。このまま闘わず、一度、身を引いて策を練りたい。
「でも……どこに?」
桜季なら簡単に見つけるのでは、という疑念が暁のその言葉には込められていた。そしてその気持ちも、俺にはよく分かる。
「場所は考えてある。そこは────っと……」
その時、左耳にノイズが入った。
ベッキーから貰った小型のイヤホン。高性能な半分玩具といったその代物から、通信を傍受した。
そして、一体なんだといぶかしむ間もなく、唐突な第一声が耳に飛び込むことになる。
『タクジお兄ちゃん、聞こえる? あのね、お兄ちゃんの言ってた三人、なんか脱出しちゃった……っ!』
窓の外では、雨が降り始めていた。
◆◆◆
二十分前、視点は祈達に移る。
そこでは────一つの波乱が起こっていた。
「Whats!? what's up!」
「ああん!? ここ日本やぞ! 日本語喋lrdrレルァッシャァッッ!!」
寂れた駅を、温まったバイクのエンジン音が選り取り見取りに取り囲む。
次いで聞こえてくるのは、威嚇という理性的行動ではなく、やたらめったらにわめき散らすといった方が正しい怒鳴り声。そして喧しいクラクションだ。
二十人弱はいるであろう、近所迷惑はなはだしいこの連中は、時たま街中を軍歌をまき散らし闊歩する右翼団体でもなければ、恥ずかしげもなく自身の名を喧伝する選挙カーでもない。
「これは……」
祈や夕平の目の前には────夏真っ盛りのこの季節でも、むさ苦しそうな派手な格好で元気に叫ぶ、珍走団の集まりがあった。
「おいこらァ来いよ! ガイジンがいきってんじゃねえぞ!!」
「出てこいコラァ!!」
「っに見てんだテメエ!! シバくぞ!」
夕平達を監視していた男達は、当然無視するわけにもいかず、異国の言語の壁に直面しながらチンピラ風情と揉めていた。
その騒音は、いくら無人駅にたむろっているとはいえ、近隣の住宅にはいい迷惑であるし、このままではいずれ警察が呼ばれてしまうだろう。
それを穏便に抑えようとしているのか、男達は声を荒げるが、不良一派は止まらない。むしろ、とめどない激情はさらにエスカレートしているようだ。
「な、なんだなんだ……!?」
夕平は、その光景と状況に思い当たるようなことなくただただ驚き、圧倒されていた。
そして片や祈はというと────静かに細波を見た。
「細波さん、これは一体……」
「……あんま突っ込まないでくれ。ま、昔ちょっとな」
夕平に対して祈には、この唐突な出来事の『心当たり』を思い出していた。
細波の自信ありげな言動、そして今は奪われたが、隠し持っていた電話でほんの少し、彼は誰かと会話をしていたのを。
『もしかしたら』という祈のその推測は、どうやら当たっていたらしかった。それだけ答えると、追及から逃れるようにして、夕平へ呼びかけた。
「おい桧作くん。もうすぐあいつらが隙を作るから、そしたら清上に向かうんだぜ。俺らはこの後片付けしてから行く」
「お、俺?」
言われた夕平は戸惑う。
「言ったろ、二人を止められるとしたら、桧作くんだけだって。俺は君を信じる」
「な、何でだよ? 初めて会ったのに……どうしてそこまで」
夕平は知らない。
細波が、祈の依頼で拓二近辺の人物関係を調べた時に、同様に夕平自体の経歴を洗い出していたことを。
そして、だからこそ細波は知っている。
『この話の見物人になんか、絶対なりたくない』────そう思う理由も、気持ちも理解できる。例え自分が同じ立場だったとしても、思いこそすれ絶対に口に出さなかっただろうその言葉に、賭けてみたくなった。
「いいから行くんだよ! ……お前の問題なんだろ? これは」
「……!」
「テメエの言葉にはケツ持ちな。それが、格好いい男ってやつだぜ」
「……分かった!」
彼は細波に向けて、力強く頷いた。
「桧作先輩」
祈が口を開く。
てっきり反対するかと思った細波だったが……出てきた言葉は、彼が思っていたこととまるで真反対だった。
「……さっきお話しした通りです。一人でやろうと思わず、どんな時でも臨機応変に、です」
「おう、ありがとういのりちゃん」
「どうか、お気をつけて」
それだけ声をかけた祈に、細波はこっそりと耳打ちする。それはもう上司にお伺いを立てる平社員のように。
「……反対、しないの?」
「しませんよ」
呆気にとられる程、祈はあっさりそう返した。
しかし、祈は言っていた。
夕平が向かうことは奨めない、と。むしろ邪魔になるだろうとさえ言っていたのだ。おそらくは拓二……いや、祈自身にも劣る
その考えを、彼女は変えたのだろうか。これまでの会話の中で、一体いつの間に?
と、それを目で問う細波に、当の本人は、相も変わらず抑揚を付けずにこう答えた。
「桧作先輩は、止めても行きそうでしたから」
「そりゃ、うん、まあそうだけど……でも、俺はこうした方が良いって、思ってさ……」
祈は、自分よりもはるかに賢い。それを細波は自覚している。
そんな彼女よりも思考能力に限界のある自分が、夕平を焚き付け、余計なことをしてしまったのではと、急に申し訳ないような気分になってきた。
「別に、それが悪いとも言ってません。お気持ちは理解出来ます」
そして、ぼそりとこう付け加えた。
「……それに、細波さんの言ったこと、あながち間違いでもないかもしれません」
「……?」
「いえ。……それより、時間が惜しいです。学校に向かうのに、私達まで警察に連れられるわけにはいきません」
「あ、ああ。そうだな、じゃあ────」
その時。
花火のような何かが弾けた音が響いた。
音源は、外にいる暴走族からではなく、そしてもちろん祈達三人からでもなく、その中間。監視の男の一人、黒人の巨漢が握る小銃。バッドやナイフをペットか何かのように自慢げに持ち歩く暴走族の青年達でさえも持っていない、圧倒的な武力を誇るその形。
撃った銃口は天高く掲げられ、明らかな威嚇と鎮圧の意を表示していた。
「freeze! freeze there……!」
一転、静まり返った空間に、男が唸るように告げる。
言葉の意味こそ分からないものの、それが警告の意思を持つ言葉であることは明白だった。
「────」
そして。
それを見た細波は────『ある勝算』を以てして、こう言い放った。
「────おい、ビビりどもォ!! こいつらにハジキ撃つ度胸はねえ! ションベン垂らす気ねえんなら、このクサレミソッカス共をとっとと『ビビらせろ』!!」
────突然だが、この一帯の自治体警察を手こずらせ、時には『その中』で補導・逮捕される者が持ち上がったり、一員としてヤクザさえうろつく、とある勢力チームの話がある。
彼らは、鬱屈した日頃の憂いを解き放つためだけに暴れまわり、時折軽犯罪に堂々と手を染める。
組織としての行動指針や掲げられたお題目などは特にない。────『好き勝手』、強いて言えばそれが指針だった。
また年齢層にしてみると、わずかながら粋がる高校生もいたり、四十路手前のいい歳こいた有職者と幅広いが、大抵は二十歳前半の若者の集合体であり、皆が皆統一性もなく好き放題をする。暴走族というよりも、カラーギャングに近いと言えるだろう。
しかしそんな地域にはびこる程のギャング一派でも、まだチームとしての具体的な組織でなく、ただ仲間内の集まりだった時期がある。
ごく少数で集まり、子供の火遊び程度のイタズラで笑う、ささやかな集団だった頃。
そんな子供だましのような集団に、奇しくも人は集まった。集まってしまった。
人は人を呼び────その一人ひとりの性質や背景が、人を変え、集団の色を変え、そして今のような大掛かりな団体に祭り上げられてしまったという、類型的なケースを体現したものが『これ』なのだ。
「ッ────! 細波さんの声だ! 行くぞテメエらァ!!」
結果、それが『合図』だった。
イギリスマフィア彼らは、知りえなかった。
引いてしまった引き金は、男の持つ銃などではなく────
「うぉぉぉぉぉ!! 『腐垢AZファッカーズ』の全面戦争じゃああああ!!」
「誰がビビってるってんだオラぁ! ビビってる奴ぁ引っ込んでろ!!」
「テメエら細波さんを助けんぞボケが!! こいつらぶっ殺せえええ!」
「ッシャオラッァアアアアア! スッゾコルァアアアアア!!」
そんな不良グループがかつて、お遊び集団であった頃の創設時────その初期メンバーの一人である男の一声だった。
「Fuck! Oh my shit!!!」
「Don't give a fuck with me!!」
────そして。
「行け、桧作くん!!」
「────ああ!」
日本のヤンキー組織とイギリスマフィア達の衝突は────一人の少年を清上学園へと向かわせた。
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