第三章 ~『公国との交渉』~


「旦那様、私はレインちゃんを連れてエスティア王国へと戻ります」

「頼んだ」


 レインは公爵によって記憶を消された可能性が高く、このままコスコ公国に置いておくのは危険だと判断し、一足先に彼女はエスティア王国へ戻ることになった。


「折角の新婚旅行が中途半端に終わってしまった……この埋め合わせはいつか必ずしないとな」


 イリスと別れた山田は再びコスコ公国の城を訪れていた。案内人に公爵の待つ貴賓室へと通される。


「ようこそいらっしゃいました、山田殿。本日の用件は、資産の買い取りの件だと思ってよろしいですか?」

「ああ」


 山田は売却要望のあったダンジョンと購入希望金額を記したリストを公爵に手渡す。彼がリストに目を通していくと、怒りによって次第に眉根が吊り上がっていく。


「なんですか、この価格は……ッ」

「俺は正当な評価をしただけだぞ」

「馬鹿なっ! ダンジョンのほとんどが半値以下の価格になっているではありませんかっ」


 希望額の半値にすら届かない価格はあまりにも横暴だと、公爵は怒りを露わにするが、山田も退く素振りを見せない。


「もう一度言う。この価格は正当だ」

「それはオカシイ。例えばこの龍が巣食うドラゴンダンジョンの経営権は、金貨一万枚でも安いはず。それが金貨千枚では半値どころか十分の一ではありませんか!?」

「金貨一万枚か。確かにドラゴンダンジョンにはそれだけの価値がある」

「でしたら……」

「ダンジョンボスがいればな」


 山田は反撃開始だと、公爵に調査した真実を告げると、彼の顔が青ざめる。


「な、なにを言って……」

「とぼけても無駄だ。俺が直接この眼で見てきたんだからな」

「あのダンジョンを攻略したというのですか!」

「ああ。楽勝だったぞ」


 山田がデコピンでダンジョンを攻略したと伝えると、コスコ公爵は驚きで目を見開く。


「ドラゴンダンジョンは一流冒険者ですら単独では攻略できない……それをこの短期間で……」


 公爵は山田の実力を侮っていたつもりはなかったが、それでも想定していた以上の力を持つ男だと知り、拳をギュッと握る。


(私はまだ負けていない……打てる手は残されている)


「半値か。なら山田殿以外の人に売ることにしよう」

「そうきたか……だがそれは想定の範囲内だ。もし俺との取引を断れば、紛い物を売られそうになったと世界中に知らせてやる。幸いにも俺は魔王放送局のオーナーなのでね」


 魔王放送局を手中に収めた今、山田の発言は世界中に届かせることができる。もし公爵に騙されたとの情報が拡散されれば、売却先を見つけることが困難になるだけでなく、信用まで失うことになる。


「どうやら山田殿に売る以外に選択肢はないようですね」

「理解できたようで何よりだ」

「だがあまりに安すぎる。もう少し何とかならないのですか?」

「何とかしてもいい。そもそも現在の価格は仮に詐欺だったとしても、こちらが損をしない最低価格で値段を付けている。詳細な調査の時間を与えてくれれば、より高い値段を提示できる」

「時間を与えることは難しいですな……」


 コスコ公爵は魔王軍との戦争のための資金が必要なのであり、調査時間がかかるのでは資産を売却する意味もなくなる。


「さらにもう一つ確認だ。ドラゴンダンジョン以外に資産の詐称はないだろうな?」

「天地神明に誓って」

「なら不良品を掴まされる場合、公爵に責任をとってもらうぞ」


 購入した後のリスク保証は企業買収などで一般的に結ばれる契約だ。買収した後で不正が発覚して株価が暴落したり、訴えられたりした場合、それによって生じた損失を売り手側に保証してもらうというものだ。


「そんな契約結べるわけがない!」

「やっぱりか……」


 リストに書かれていることに嘘があると自白したに等しい。山田は想定通りの展開にほくそ笑みながら話を続ける。


「もしリストに書いてある価格で了承するなら、リスク保障なしで買っても良い」


 リストの価格は最悪を想定した価格になっている。どんな不利益が含まれていたとしても、山田なら利益を出しながら売りさばける自信があった。


「……苦しいがこの価格で売りましょう」

「契約成立だな」


 山田は勝ち誇った笑みを浮かべ、公爵は絶望したように俯く。だがこの時の彼は気づいていなかった。公爵が俯きながらも、してやったりと笑みを浮かべていることに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る