第三章 ~『飛行船と出張の思い出』~


 エスティア王国からコスコ公国へ移動する手段は陸路と空路の二つがあるが、二つの国の国境沿いは山賊が出没するため、時間の節約も兼ねて今回は空路で移動していた。


 魔法石を原動力として動く飛行船。その船内に山田とイリスの姿があった。二人以外に客がいないのは、コスコ公国が緊張状態にあるからだ。


「良い景色ですね」


 イリスは飛行船の窓から、地上の岩肌を白い雲が覆う景色を楽しんでいた。


「私、飛行船に乗るのは子供の時以来です」

「遠出はしなかったのか?」

「他国から迎賓されるのはいつも妹のアリアだけでしたからね……」


 王族を招くのは友好的な関係を築くこと以外に、将来の結婚相手として相応しいかの見定めをすることも大きな目的の一つである。ブス姫の名が轟いていたイリスを招待しなかったのは、会うまでもなく結婚相手として相応しくないとの判断からであった。


「旦那様♪」

「なんだ?」

「ふふふ、呼んでみただけです♪」


 イリスは幸せそうに山田の肩に頭を預ける。王城でも部屋で二人になる機会はあったが、部屋のすぐ傍には警護の兵が控えていた。本当の意味での二人っきりに、イリスは普段よりも大胆になっていた。


「えへへ、旦那様はカッコイイなぁ♪」

「あ、ありがとうな」


 イリスは山田の横顔に見惚れるような視線を向ける。好意が過分に含まれた視線は向けられているだけで幸せになれる気がした。


「まさか俺が新婚旅行で空の旅を楽しむような日が来るなんてな……」

「旦那様は船旅の経験があるのですか?」

「何度もな」


 山田は外資系投資銀行で働いていたときのことを思い出す。彼が勤務していた会社では、マネジングディレクターになると、出張にファーストクラスを使えるようになる。


 機内食が不味いのは一般論にさえなっているが、ファーストクラスの機内食に関してはその理論も適用されない。空の景色を眺めながら食べた子羊のステーキの味は高級レストラン顔負けだった。


 ちなみにだが外資系投資銀行は新入社員でもビジネスクラスで出張することができる。ビジネスクラスの移動はファーストクラスに劣るモノの中々に快適だ。学生時代は平気だったエコノミーが、ビジネスに慣れてしまったせいで、耐えられなくなる者も多い。


 他にも空の旅で思いつく福利厚生といえば、実家への帰省についてだ。山田がニューヨークに勤務していた頃、一年間に三度までなら実家への飛行機代を会社が負担してくれる制度があった。


 実家への帰省も、マネジングディレクターならファーストクラス、それ以外でもビジネスクラスに乗ることができる。ニューヨークから東京まではファーストクラスなら二〇〇万円ほどかかるが、その運賃が無料になるのだから、なんとありがたい話だと会社に感謝したことを彼は思い出した。


「そろそろ到着するようだな」


 飛行船は予定通りの時刻に到着した。飛行場からコスコ公国の城下町までは荷馬車ですぐの距離にある。二人は目移りする景色を楽しみながら、城下町へと向かうのだった。



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