B to Bな彼女

ふてね

第1話

 世は斯くも血液型に興味津々なのであろうか!

 ひところ、血液型ネタの本が流行った。

 AだOだと血液型別の説明書仕立ての本である。

 私はAB型の本を読み、己がその内容の五割に当てはまることに驚いた。

 O型の本を読むとその内容の六割が己に当てはまり、さらに驚いた。

 ちなみに私はB型である。

 何を隠そう、ティッシュペーパー式血液型判定法によるとA型でもある(ティッシュペーパー式血液型判定法とは複雑高度な血液型判定法であり、他人にティッシュを取ってくれと頼まれたときの反応によってその人の血液型を判定するという実に科学的統計学的な判定法なのである。ちなみに一枚だけ取って渡す者はA型であり、何枚いるのか問う者がO型であり、箱ごと渡す者がB型であり、複数枚取り出して渡す者がAB型であるという。聞こえなかったフリをする者は何型であるのか不明であるのは解せない)。

 しかし本である。こうも好い加減なものを本屋に並べるとは。

 否、並べるのは良い。売ってしまうとは何事か!

 売るから買う者が現れるのである。

 日本人はこの手の血液型の話が大好きだから、次から次へと買う者が増えるのである。

 私は憤慨する。

 あんな血液型の本を読む者など愚者である。

 違う。それでは私まで愚者となってしまうではないか。

 言い直そう。

 あんな本を読んで、あまつさえ内容を信じてしまう者は愚者である。

 断言しよう、諸兄の周囲にいる血液型の話をする者はすべからくスゥーツな脳を所持している、と!



 さて、一つお断りしておきたい。

 私の言葉遣いや言い回しがM何某に似ていると言うのは誹謗である。

 はっきり言おう、私は「どくとるマンボウ航海記」の愛読者なのである。

 劣化M某では断じてない。北杜夫を剽窃したのでもない。

 私は「どくとるマンボウ航海記」を経典とする信心深いマンボウ教徒に過ぎない。

 私がどれほど信心深いかは、実家のトイレを見学してもらえば一目瞭然である。

 温水洗浄機付き便座と「どくとるマンボウ航海記」が、あなたを暖かく迎え入れてくれるであろう。実に四年の歳月をかけて人間の排泄するものの臭いと消臭剤の臭いを一身に溜め込んだ経典をあなたはそこに見出すはずだ。

 私はトイレでロダンするたびにこの本を手に取り、ページを捲った。この四年で七回は読み返している。アタオコロイノナを実にマザマザと思い描くことが出来るほどである。

 破り取られた数ページが今どこに存在するのかは与り知らぬが。

 今一度確認しておこう、私には知性も内省もない!

 斯様な次第で、私の言い回しはこうも回りクドく鋭いのである(念のため附言しておくが、私はマンボウ記念財団よりこの文体の使用許可を独占的排他的かつ一方的に得ているので何ら問題も恥じるところもないのである)。


 話を戻そう。

 それは浪人までして入学した大学の新入生歓迎コンパ、略称「新歓コンパ」なるイベントでの出来事であった。

 私は九十パーセントの期待と二十パーセントの期待を胸にダーツ居酒屋というオサレな居酒屋へと赴いていた。

 九十に二十を足しても百にならない? 大した問題ではない。考えてみてほしい。あなたがハンバーグを作ろうとして豚挽肉六百グラム、牛挽肉七百グラムを混ぜ合わせたとしよう。そして焼き上げたそのハンバーグの豚肉と牛肉の割合を問われれば、あなたは6対7と応えるであろう。

 見よ! 足して十にも百にもにならないではないか!

 だから私の主観が足して百にならないのも頷いてもらえることと思う。

 ここまで読んで、少しでも「あぁ」と思った方は小学校からやり直したほうが良い。

 あまつさえ「なるほど」なんぞと納得された方は気をつけて生活されよ。あなたは「ネギを背負ったカモ」どころか「カモを背負ったネギ」である。

 いきなり話が逸れてしまった。

 新入生歓迎コンパ、略称「新歓コンパ」である。

 ダーツ居酒屋である。

 私は斉藤くんという同級生とそこへ向かっていた。

 斉藤くんとは一週間前の新入生ガイダンスで知り合った。

 新入生ガイダンスとは提出すべき書類を提出し、学生証やメールアドレスやネットワークアカウントの交付をしてもらい、次に顔を見るのは卒業式であろう学部長の祝辞を拝聴し、煩雑極まる履修登録の説明を受け、余暇の過ごし方や法律を守りましょうといった中学生になってしまったのかと錯覚するような諸注意を拝領して、心身ともにヘトヘトに疲れ果てるためのイベントである。あまりに疲れ果てるので、大学へ進学したのは勉強をするためであったのか、単位を取るためであったのかが分からなくなったほどだ。

 もっとも、そんなイベントが私と斉藤くんをたまたま席が隣り合っただけの関係から、さらに一歩踏み込んだ関係へと進展させた(健全な意味で)。

 苦難とは実に重宝する。

 さて、新入生歓迎コンパ、略称「新歓コンパ」である。

 オサレなダーツ居酒屋である。

 私と斉藤くんがオサレとは無縁であったことは言うまでもない。

 この丸顔で丸坊主で愛敬のある少年を一目見て、無害と感じる人はあっても、センスを感じる者など絶無であると私が保証しよう。

 斉藤くんも九十パーセントの期待と九十八パーセントの期待に胸を膨らませ、大学の名が冠せられた商店街を足取りも軽く、私と共に居酒屋を目指していた。

 肉屋からラードで揚げたコロッケのにおいが漂っていた。

 小ぢんまりした商店街ではあるが、アーケードがないので開放感があり、気候と相俟って気分良く歩ける。

 ただ店舗構成は異様で、体育会系を相手に量と値段で勝負している定食屋か弁当屋かお好み焼き屋が三件おきに出現する。

 我々は履修登録に関する話題をひとしきりやり、その後適当な話題を見つけられずにいた。

「――今日の新歓コンパ、どんな人たちが来るかな」

 それは疑問や質問というより、話の前フリであるようだった。

「どんなもこんなも、我々と大差ない人間が、我々と大差ない目的を持ってやって来るだろうね」

 斉藤くんは微苦笑した。

「そうかな、うん、そうだね……」

 私にしては珍しく、なにやらもどかしい気持ちになった。

「不安でもあるのかな?」

「あー、違うよ。不安はない。不安はねー」

 斉藤くんは恥ずかしそうに私を見た後、続けた。

「実はさ……ぼく、女の子と付き合ったことがないんだ」

「ほう」

 何を隠そう、私も女性と二人きりでカフェーでお茶したり、映画館へ行って恋愛映画を見たり、寒風吹きすさぶ河原で語らったりなんぞしたことはただの一度もなかった。

 が、そこは年上である以上、彼を失望させる訳にもいかない。

 私は若干の誇張と推測、あと書物(少女マンガ)から仕入れた知識などを総動員して彼の不安を取り除くべく、それらしい助言を試みる。

 言っておくが、私は己の体面を気に懸けているのではない。断じて違うと断固として断言する。あくまでも斉藤くんという年下の少年のためを思っての行動である。

「問題ない。リアル充実などマスコミが作り出した共同幻想に過ぎない。女性と付き合ったことのない男なんぞ今日行く会場にも五万といる」

 そう、少なくとも斉藤くんの他にも一人はいるのを私は知っている。しかし五万は言い過ぎたか。

 私は斉藤くんにさっきまでの元気を取り戻してもらおうと、熱意だけは感じさせるがセンスの欠片もない斉藤くんの服装を上から下まで眺めて揶揄してみた。

「で、今日の新歓コンパのために昨日、三時間ほど吟味した服がそれなわけだね」

「ど、どうして知ってるの?」

 本気で驚く斉藤くん。

 そんなもの、私の洞察力をもってすれば容易に見破れる。

 もっとも、さらに洞察力の優れた方なら私の秘密をも見破られたことと思う。

 内密に願いたい。

「とにかく、だ! 臆するな! されば道は拓かれん! だよ」

「そうだよね……うん。今日はさ、どうにかして女の子と仲良くなりたいんだ」

 斉藤くんはより一層恥ずかしそうに言った。

 その気持ちはもの凄くよく分かるぞ、斉藤くん。

 男なら誰しも、そういった野心(下心ではない!)を抱いて、新しいパンツの一枚でも買って穿き替えるものだ。いや、男だけではあるまい! 女もそういった野心があればこそ、「新歓コンパ」なんぞへ首を突っ込むのだ。でなければ、なんであんな紳士然としつつも野獣の如く獲物を物色する男たちの群れの中へと飛び込めるものか!

「なに慌てる必要はない。新歓コンパは五月ごろまであるということだ。数を撃てば当たる、これは私の経験則だ……それに、斉藤くんはまだ十代の若者なのだし」

 己もまだ十代であるにも関わらず、私は鷹揚かつ自信たっぷりに彼を勇気づける。あと、経験則という部分で首を傾げた方もいらっしゃるかもしれない。宜しいか? 「恋愛に関する」経験則だとは誰も言っていない。

「そうだよね。よーし、今度こそ映画より先に進むぞー!」

「? 付き合ったことがないのでは?」

「うん、付き合ったことはないよ。女の子と映画に行ったことがあるってだけ」

「………………!!」

 私より先へ進んでいるではないか!

 己の善人ぷりに私は腸を煮えくり返し、オサレ居酒屋で一品料理として振る舞ってやろうかと本気で思った。


   ◇


 B型はやけに敬遠される。

 協調性がないであるとか、奇天烈であるとか、突拍子もないであるとか、自分勝手であるとか。

 ほかにも、組織や社会のルールに囚われないであるとか、気分屋であるとか、お天気屋であるとか、かと言って信念があるわけではないとか、計画性がないとか、一貫性がないとか。

 もうここまでくると誹謗中傷を通り越して、悪口雑言、罵詈讒謗、痛罵痛痒である。甚だしい人権侵害である。

 私は断固抗議する。JAROを味方につけるのも吝かではない。

 しかしJAROの職員に余計な仕事を増やしてしまうのは私の本意ではないので、ここでは控える。

 しかししかし、思い込みやイメージで語ってもらっては困る。

 あなたは実際に、B型の人間を見たことがあるのか?

 そもそもB型の友人がいるのか?

 友人でもない者の行動を逐一観察して、なおかつ研究しているのか。データを取り、検証し、フィードバックしてさらなるデータを入手。そんな手間暇をかけて研究に没頭した挙句の結論であるのか!

 話が逸れた。

 B型は本当に協調性がなく、奇天烈で、突拍子なく、自分勝手なのか。

 親切極まりない私が親切心から検証してみよう。

 私は実に几帳面である。時間には正確であるし、周囲の人々から浮いた存在とならぬよう常に細心の注意を払っている。不快感を与えぬよう、夏は一日三度水を浴びて香水を頭からまぶし、冬は冬とてチゲ鍋などの臭気を発しかねないものはこっそりひっそりと食べるように気を使っていた。

 これは高校生の時分、同級生の女子が私の横を通りかかったとき、友人との話題をそれまでのジュニアーズ事務所から臭いの話へと突如変えたことに起因している。

 まあ、これはどうでも良いことである。

 とにかく検証を進めよう。

 私の父は典型的なB型人間である。協調性は皆無。社交性に至っては絶無である。にもかかわらず、彼はO型であった。

 父より遥かに協調性も社交性もある母はB型であった。

 そしてそんな両親を見て、心を痛めつつ育った私は決して父のようにはなるまいと煎餅より固い決心をしてA型人間になるべく、日々研鑽を積んだのであった。

 その甲斐あって、私は決してB型には見えない人間となりおおせた。

 これで私も真っ当な、真人間として扱われるべきである。

 真人間として扱われて差し支えないのである。

 なのに!

 そんな私の努力を嘲笑うかのように周囲の人々はこちらの血液型を時候の挨拶のように聞き取り調査してくるのである。

 正真正銘のB型人間であれば心痛めることなく、サラダ油で和えたようにサラサラとつけるであろう嘘を、A型人間である私にはつけないのである。

 このときほど、私は自分がA型人間であることを呪うことはない。

 つまり嘘や誤魔化しができないA型人間である私は、仕方なくもぞもぞと聞き取りにくい声と喋り方でB型であることをおずおずと告白してしまうのである。するとどうだろう、聞いてきた彼らはさも聞いてはいけなかったことを聞いてしまった、という表情をして話題をあっさり変更してしまう。

 ならば最初から聞くな、と私などはしばしば憎憎しく感じるところである。



 そもそも血液型とはなんであろうか?

 ABO分類による血液型。

 血液の、それも赤血球にのみ焦点を当てた実に曖昧模糊とした分類ではないか。

 抗原を発現する遺伝子の些細で微細な違いでしかない筈だ。

 赤血球そのものもABO以外の分類法があり、白血球やリンパ液などの違いから血液型を分けることもできる。その分類法は実に二百種類を超える。

 二百以上! オリンピックの出場国より多いではないか。

 そんなもので判定するなど片腹痛し。笑止千万。

 そもそも人間の性格が四分類できる筈がなかろう。

 愚か者どもめ。

 聞くところによると南米のとある国では、国民の大多数の血液型がO型であるらしい。

 素晴らしいではないか。

 そこにB型の人間はいないのである。

 組織や社会のルールに囚われず、気分屋で、お天気屋で、かと言って信念もなく、計画性もなく、一貫性もない人間がいないのだ。

 想像するに、日本以上に堅苦しく真面目な民族の国であろう。

 そもそも、血液型の話題が成立しない!

「わたくし、O型でございますが、宅様は何型でいらっしゃるのでしょうか?」

「はぁ、Oにございます」

 そう、こんなやりとりに終始してしまうのである。これでは話題どころか時候の挨拶にもならぬ。

 ふむ、もはや検証などどこへ行ったのか私にも分からぬ。

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