それでも彼女は涙をこぼす

さかき原枝都は(さかきはらえつは)

ファーストステップ・バイオマシン

Opening オープニング

 まどろむ春のそよ風が僕と彼女の体を包み込む。

 ひとひらの桜の花びらが散り静かに僕の頬に落ちる。

 その花びらのかけらをそっと彼女は手にした。

 ゆっくりとその瞼を開けると


「起こしちゃったのかなぁ」


 ちょっと申し訳なさそうに僕の顔を見ながら彼女は言った。

 その微笑んだ顔はまるで女神の微笑みの様に優しく、そして僕の胸を締め付けさせる。

 その女神に、僕は彼女の膝のうえに頭を乗せたまま


「夢を見ていたよ」

「…… どんな夢?」

「幼い頃よく見ていた夢さ……」

 少し悲しげな顔をする彼女に

「心配するなよ、僕は何処にも行かないよ」


 それでも彼女は涙をこぼした。


 彼女の涙は僕の頬に一つそしてまた一つ、零れ落ち、僕の頬をつたう。

 誰もいない、一本の桜の木の下で僕ら二人は永遠の時の流れの中にいる。

 それは死をも超えた想いの世界。


 やっと、やっと僕らはまた触れ合う事が出来た。彼女と、僕と彼女の中に存在するもう一人の彼女と共に……


 薄っすらとまた僕の脳裏に浮かびだす。あの、幼い頃見た夢の始めの言葉を……

 あれは運命という言葉の序章だったのだろうか? 開けてはいけない扉を僕らは開けてしまった。その代償は、人類をも巻き込んでしまうほど、残酷でそして無残なものだった。



  「ねぇ、どうしてその扉を開けちゃいけないの。

  その扉の向こうには、何があるの。

  僕、どうしてもこの扉の向こうを見てみたい。」


 いま、その事を後悔しても、もうどうにもならない。

  

 開けてはいけない扉の鍵を自らこの手にした時、僕の大切な人はこの世から消え去った。


 未来という時間の流れに僕らはただ、この身を任せればよかったんだろうか?

 僕らの未来は、無くなった。

  

 そこにあるのは、無機物のガレキだけだった。

 誰もいない、そして何もない。

 灰色の世界

 どんなに叫んでも、何も返ってこない

 夢や希望。

 そんなものは、存在しない世界に……


 僕の想い願う彼女がいる世界は…… 破滅へと向かっていた。  


 この世界の三か所に、今の時代からおよそ百年を超える技術によって構築された巨大サーバーが存在する。その名は、イーリス、ウーラノス、クロノス。


 人の領域を超越した思考と処理能力を持つこのサーバーは、僕らの未来を大きく変えるエージェントだったんだ。その向かう未来は僕らが望む未来であるようにと……

 その昔、遥か遠い流れの時間を経て語り継がれてきた一つの数式。


 幾度となくその数式に挑んでは、挫折し、またはその生涯をかけても解明はされていなかった。

 それでもその数式は僕らに何かを語り掛けようとしていた。


 いつしか、この数式は、レガシー・オブ・フォーミュラ(遺産の数式)と呼ばれるようになった。

 その数式は、人を想う気持ち。人を愛する気持ち…… そしてこの世界を守りたかったという願いが込められたメッセージだった。


 そのカギをこの手にし、その扉を開いた時。

 僕らの真実の世界が現れた。


 トライアングルサーバー・エージェンシー。このサーバと共に僕らは争う。

 時という目に見えない、この世界に。

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