第7話 迎え
無事(?)に期末試験も終わり、放課後の部活動が解禁された日。七月と言うことで、暑さも本格的になり、クーラーのない第二学習室は地獄の暑さにみまわれていた。それでも部員は全員集まり、ヨウもちゃっかりいた。部活は期末試験の話で持ちきりだった。そろそろ文集を作り始めないといけないのだけれど・・・。
A-015だった。A-015をよけて窓から入ってくる不吉な冷たい風が、カーテンを遊ばせる。
「迎えに来たぜ。」
一言。たった一言なのに、その場に緊張感が満ちた。
「・・・今日の日没まで待ってくれ。」
ヒカルが代表して言った。日没・・・。その後、ヒカルたちはどこに行ってしまうのだろう。あたしはどうすればいいんだろう。
「・・・わかった。しょうがない。無理に連れて行ったところで逃げられるだけだからな。」
A-015は窓から部室に入るとふわりと着地し、ちらっと小夜の方を見た。小夜はおびえていた。あたしはこの最悪な状況を、とにかく何とかしたかった。
「A-015は・・・」
切り出したものの、どこへ話を向ければいいのか分からない。と、突然、小夜の姿が目に入った。
「A-015は、名前とかあだ名みたいなものは欲しくないの?」
A-015は、人を刺しそうな鋭い目であたしを見た。なぜだかデジャヴを覚える。あたしはこの目を知っている。
「俺の名前はA-015だ。別に他の名など欲しくはない。」
あたしから目をそらしたその横顔は、どこか寂しそうで、いつかのニコが見せた表情に似ていた。
「じゃあ、名前付けてあげるって言ったら、受け入れる?」
「え・・・。」
あたしの頭には、このとき、もう既に名前が浮かんでいた。これしかないな、と思っていた。
「星って書いて、『しょう』って読むの。あんたの魔黒石は漆黒に光っていて、その光が星みたいだから。」
無表情を崩さないA-015に、素敵でしょう?と笑いかけてみる。
「ああ、いい名だ。」
そう答えたときの星の顔は、びっくりするほど柔らかかった。気づくとカサメたちは別の会話を弾ませていた。しかし、ヒカルは本から顔を上げて、見透かすようにあたしを見ていた。あ、この目だ。星が向けた目にそっくりな眼差しを、あたしは見つけた。
日没直前。カサメたちの会話はまだ途切れない。まるで一生分の話を今してしまおうとしているようだ。
「ある詩人が」
窓から沈みかける太陽を見ていたあたしの隣に、ヒカルがいた。心底驚いた。部室内ではあまり動かないヒカルだ。人と話すときも、呼び寄せるタイプなのに。
「ある詩人が、ある詩の中で、太陽の日周運動をこう例えたんだ。『光が飛翔している』と。」
「光が・・・飛翔?」
「その詩人には、太陽が空を飛んでいるように見えたんだろう。」
太陽が空を飛ぶ、だなんて、変わった発想だと思った。
「おまえの名前をはじめて聞いた時、俺とおまえで『光が飛翔する』だな、と思った。」
ヒカルは光と書く。アスカは飛鳥と書く。
「・・・まあ、それはいい。」
ヒカルの顔は夕焼けで赤く染まっている。あたしも染まっているのだろうか。
「その詩人に言わせれば、日没は、『光が飛翔し終えた時』、だな。」
ヒカルはそれだけ言うと、元の席に戻っていった。あたしは頭が良いとは言えない。けれど、ヒカルの言いたいことは分かった。光は飛翔を止める。地平線の彼方に帰っていく。つまり、日没後、ヒカルはどこかに帰り、あたしとお別れするということだ。わざわざ、それを遠まわしに言うということは、・・・一生?もう二度と会えないと言いたいの?
太陽はのんきに沈んでいった。一瞬にして暗くなった部室で、それまで眠っていた星が静かに目を開ける。
「行くぞ。」
カサメもニコも、そしてヒカルも、返事もせずうなずきもしなかった。けれど、椅子から立ち上がると、窓の方へ静かに歩いていった。
「言っておくが、」
星はあたしをまっすぐ見据えて忠告した。
「悪夢を見る羽目になりたくなければ、ついてくるな。」
言い終わると同時に、窓の外に渦巻く黒い影が現れた。徐々に大きくなっていき、凄まじい風を引き起こした。
「じゃあ、俺は先に行く。」
星は、ちらっとあたしを見ただけで、影に吸い込まれていった。
「ヨウ、アスカちゃん、・・・バイバイ。」
カサメが涙ぐみながら言った。言ってしまった後は、涙が止まらないようだった。
「楽しかったよ。」
やっぱりニコニコしながら、ニコは一言だけ告げた。
「・・・ヨウ、アスカ。」
ヒカルの声とは思えない優しさがにじみ出ていた。
「俺も楽しかった。」
ヒカルが、微笑んだ。いつかの怖い笑顔ではない。教会のステンドグラスの天使が見せるような、温かい笑顔だ。あたしとヨウは顔を見合わせた。
「さようなら!」
三人の声だけが混じってその場に残り、姿はもうなかった。影は小さくなり始めている。
「・・・。」
沈黙は長くは続かなかった。あたしたちだけが残されるなんて、ありえない。三ヶ月程、ヨウは一ヶ月程だけど、あたしたち山鳥兄妹とあの三人はもう、立派な親友だった。
「あたしたちを、置いていくなー!!!」
「俺たちを、置いていくなー!!!」
双子のあたしたちは、見事なハモりを見せて、人一人入るのがやっとまで縮んだ、渦巻く影の中に順に飛び込んだ。まだ、聞いていないことがたくさんある。あたしも、話していないことがある。
光が飛翔し終えるには、あまりにも真実が明かされていない。
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