第11話
コルダは部屋から抜け出していた。いや正確には窓の外から出たというほうが正しいだろう。リディロは用心のために鍵は掛けていたが、まさか窓の外に出て隣の窓に移る事までは考えていなかったようである。
ノーバディやアレルヤに出会う前の彼女には到底出来ないようなことであったが、ここ数日の間の訓練の甲斐あってか、これくらいのことでは腰を抜かさなくなっていた。
窓から窓に渡り隣の部屋に着くと、すぐに部屋を飛び出した。渡り廊下に出るとやたら騒がしかった。やはりリディロの慌てぷりを見るにただ事ではなかったのだろう。
しかし今のコルダは天に恵まれていた。この状況なら簡単にここから逃げ出すことが出来る可能性があるからである。
幸いにもコルダの銃は渡り廊下にあったテーブルに無造作に置かれていた。あとでリディロが銃を調べる予定であったのだろう。
コルダは銃を取りホルスターを腰に付けた。外が大騒ぎになっているとは言えコルダは慎重に建物内を歩き始めた。
少し歩き始め下の階段でコルダが降りようとしたときであった。コツコツと音が流れる。足音であった。1人でない複数しかし人数は多くない。2人か?とコルダは感じた。今ならコルダでも不意をつけばこの足音の主を殺せる自信があった。
コルダは廊下の隅でじっと足音が近づくのを待っていた。そして来た。廊下の隅で足音の主が曲がろうとしたときであった。コルダは曲がり角から銃を構えた。だが相手もこちらを読んでいたらしく銃をぴったりとコルダの眉間にあわせていた。
「教訓の1つだコルダ。狙うときはしっかり狙え。狙撃の時にも教えただろ?照準から数センチずれてるよ。それじゃあ当たらない」
「ノーバディ!」
「さっさと、ずらかるぞ早くしな」
ノーバディはそういって防寒用のコートをコルダに渡した。
「それにしてもひどい様だな。連中に何されたんだ?」
「ほざいてなさい。一体誰のせいだと思ってるの」
そう言ってコルダはコートを着込み逃げる準備を整えた。コルダは逃げている間、悪態を突き続けていたが、そんな彼女にノーバディは声を掛けた。
「照準は外れてたが、気配は消せてたぜ。普通の奴なら案外、気づくもんなんだがお前には中々気づかなかったよ。まるで死んでるみたいにな」
ふんと鼻を鳴らしてコルダは言ったが内心、気分は満更でもなかった。いままでノーバディに褒めてくれたことなどなかったからである。コルダは褒めるために殺しをやっている訳ではもちろんないが人を褒めないノーバディが自分を褒めたのである。自信になるし嬉しいことではあった。
「ところでアンタたち逃げる算段はついているの?」
3人が走る中コルダは言った。このリディロの巨大な支社はこの辺りでは非常に大きな建物であった。それに加えて部下の人数もけた違いに抱えている。ここから逃げ出すのは至難の業に思えた。コルダの疑問にアレルヤが答えた。
「まあ、そんなことにはなるだろうと思ってちゃんと先手は取ってあるのよ。安心しろ」
アレルヤの安心しろといった言葉を聞いて的を得ない発言にコルダは顔をしかめた。
建物の外に出るとリディロの部下の連中が赤いずきんの捕虜の介護に手間が掛かっているようであった。
ノーバディはコルダに赤ずきんを渡すとそれを被って制服をきた2人がコルダを連行する形で連れ回った。周りが混乱している中、何事もなくリディロのアジトから逃げることにうまく行きそうであった。だが近くの兵士長の言葉で状況は変わってしまう。
「おい!。この連中の手当を手伝ってくれ!」
ノーバディとアレルヤが、そっと振り返り声の主を確認すると彼女たちの格好より明らかに上官の服装であった。おいそれと無視をしては不味い相手である。
「分かりました」と2人は言って上官に近づいて行った。赤頭巾を被っていたコルダには何が起こっているのか見当がつかず今自分たちの状況が不味いことをだけは分かった。
上官はノーバディとアレルヤの顔を見るとしかめた顔つきになった。
「見たことない顔だな。名前と所属を言え!」
コルダは2人の表情を見ることが出来なかったが、いまにも逃げ出したい衝動に駆られた。今バレてしまっては間違いなく連中の蜂の巣であった。
その時である。上官は頭を横から撃たれて倒れた。上官はピクリともせず事切れてしまった。銃声のした方向を確かめると馬にまたがっているサバタを含めたアレルヤの革命軍が合流を始めていた。
突如として現れた賊の侵入によってリディロの周囲はパニックに陥った。皆が逃げまどい応戦しようと銃を手に持った者もいたが、その間にあっけなく撃ち殺されてしまった。
混乱の乗じて逃げていたコルダであったが、この光景を見てアレルヤの仲間を見ても野蛮でリディロの連中と何も変わらないと思った。
顔をしかめていたコルダを見てアレルヤは言った。
「ひどいと思うか?連中は家族を軍や政府と言った御上の奴らに殺されてるんだ。他に怒りのぶつけようがないのさ」
「だとしてももっと友好的に出来ないの?」
「出来ないね。後戻りなんて出来ないのさ」
3人は混乱に乗じて馬屋にあった馬に乗っていたらいつのまにか点に見えるくらいに、リディロの敷地からは離れていた。まだアレルヤの革命軍がリディロの敷地内で暴れ回っていた。銃声や罵声が聞こえなくなるくらいでコルダは少し落ちつきはらって言った。
「あの人達大丈夫なの?あのまま置いてきて良いにも思えないんだけど」
コルダの心配事にアレルヤは言った。
「あいつ等はタフな奴らさ。正直に言ってあいつ等にとって、私はいらないってくらいにはね」
「そうなの。それなら良いけど」
「あいつ等と次に会うときはまたアジトだなってくらいには算段はつけてるさ」
「あの人達は強いのね」
コルダは皮肉を込めて言ったつもりだったがアレルヤに届いたかは分からずにいた。
「あいつら心の底から連中への許しは絶対しないはずさ。どんなに憎くても殺してしまっては何も意味はない。もしそんなことをやっちまったらあの軍や政府の連中とは何も変わらないってことさ」
馬を走らせて小一時間程経ちリディロの連中からは完全に巻いたようであった。このときになって初めてノーバディは口を開いた。
「それで遺産はどうするんだ?」
「どうするって何を?」
アレルヤは要領を得ない答えにノーバディはイライラしながら答える。
「何がじゃねえよ。遺産をどうするかって話だ。とんだ回り道だ。早くしねえとペキンパーの野郎に先起こされるじゃねえか!」
ノーバディの意見に対してアレルヤは特に問題はないような口調で答える。
「大丈夫だよ。リディロはペキンパーの野郎を裏切って行動してる。そもそも何故あいつが統率してる?もしあそこの連中がペキンパーの部下ならあんな混乱までになったらリディロの意見なんて通さないさ。理由は1つだ。あいつ等は雇われた落ち目腐った軍の連中さ。ペキンパーにバレずに事をやろうとしたがそれも失敗に終わったのさ」
そしてアレルヤはもう一つ付け足した。今度は少しばかり声の調子が低くなっている調子で話し始めた。
「あたし達の旅の事を知ってる奴の中に裏切り者がいるって話さ」
ノーバディとコルダは顔をしかめた。
「おい、それってどういうことだよクソシスター!さっきから訳分かんねえ事言いやがって!」
アレルヤは出来の悪い生徒を説明するように言った。
「ちょっと考えれば分かることだろ。冷静になれよそもそも何でアタシ達がコルダを連れてるのが連中には分かってるんだ?裏で誰かが手引きしてるとしか思えないねアタシは」
「アタシじゃねえぞ!」
その話を聞いたコルダが怪訝の目をノーバディに向けたがアレルヤは否定した。
「そうじゃない。なあ名無し。お前さん誰かにコルダとイングリッシュ・マーシャの遺産を探しに行くって話をしたか?」
「身に覚えがねえよ。そんなこと」
ノーバディはそういった後にふと思いたったのかひとりの名前を挙げた。
「ガニコ。ジャント・ガニコがいる。お前に会う前によく世話になってる老判事なんだが、いやまさかな」
正直、考えたくはないことであった。信用はしていないとは言えノーバディはガニコとは何年も一緒に仕事をしてきた。裏切りをしないとは断言は出来ないが少なくとも信頼は寄せかけていたのも事実ではあった。
「唯一教えた人間はその男だけだ。だけどもしアイツが黒ならペキンパーと手を引いてるメリットが分からねえ」
「別に組む理由なんてないだろただ利益が出るからさ。お前も利用されてるんじゃないのか?」
「いや、だからってそんな」
「お前それが例え賞金首を騙して殺すような仕事のパートナーでもか?まあアタシの言えた義理じゃないがね。その手の手合いは信用しないことにこしたことはないんじゃないのかい?アンタのしてる仕事は気質じゃないんだ信用なんて言葉めったに使うもんじゃない」
「クソッ!」
ノーバディは呪いの言葉を吐き捨てた。だがとアレルヤは付け足し言った。
「たぶんそのガニコって野郎とリディロ、今は連中は首の皮一枚だろうな」
「どういうことだ?」
「そのままの意味さ。奴はコルダの捕獲に失敗した。たぶんガニコもペキンパーを裏切ったんだろう。そうしてリディロと組んだんだ。だが失敗した。これはアタシ達相手じゃないペキンパーを出し抜こうと思って失敗したんだ」
「それでこれからどうするの?」
今まで黙っていたコルダが口を挟んできた。会話の蚊帳の外に出されていて少し不満になっていたのだろう。
「決まってるさ。マーシャの遺産探しは続行だ。裏切りか何か知らないがアタシには関係ないさ。ここまで来たら突っ走るだけだよ」
「アンタが諦めてくれなくて残念だね。でも名無しがいないとこれから先手強いのとやり合ったらたまったもんじゃないからね」
そういってアレルヤもよっこらせと腰を上げた。
「そうとなったら決まりね」
そういったコルダの顔は少しほころんでいた。
デブリカットの町にいる老判事ジャント・ガニコはこの地域一帯では例に見ない電子通信機、通称電話を使っていた。電話を使えるのは一部の特級階級のみの人間だけであり、一介の判事では持ち得ない代物である。ガニコは以前に相手から言われている番号を打ち込み相手に連絡をかけた。
彼もことの状態を分かってはいるだろうが今後の相談をせずにはいられなかった。
ジリジリジリジリと少し耳障りな音がしたあと数秒したのち電話の相手が出た。
「のこのこと連絡をかける余裕があるとはね。以前は君のそういう図太い感性を評価していたが今は私の神経を逆なでするほかないよ」
電話の相手は冷ややかな口調でガニコに言った。
「少し予定が狂ってるだけなんです!なにせあの女があんなにうまく行くとは思えない。裏で誰か引いてるとしか」
「例の革命家とか言う連中のことか?そいつが関わっていると話は前から報告されている。君はいつまで古い情報を頼りに今まで仕事をしていたんだ?」
馬鹿にされた口調で電話先の男に言われガニコは腹がたった。だがそれを胸のうちに閉じ込めてガニコは話を続けた。
「ですから今全力で奴ら3人を探す手筈しているのではありませんか!もう一度私に機会を!一緒に遺産を見つけるのが我らの目的なのでしょう!?」
ガニコは熱をおびた口調で電話先の男に言った。しかし男の反応は冷ややかなものであった。
「私と?それは今回の件でイングリッシュ・マーシャの娘を取り逃したリィデロの2人ではないのかな?」
ガニコは黙ってしまった。この男は分かっている。自分が雇い主を裏切り銀行家のリディロと手を組んでいることを。
「一体なぜそんなことを言うのです!私は今までアナタに協力してきたではないですか!?」
「君はもう用済みだと言うことだよジャント・ガニコ。君の有用性はもう皆無だ。おとなく舞台から退場したまえ」
電話の男の対応にガニコは声を荒げた。
「いえ!待ってくださいこれは何かの手違いです。今すぐにでも新たな対処をしますのでーーー」
その時ガニコの横でカチャリと音が鳴るとそのまま甲高い発砲音が鳴り響いた。ガニコの意識はここで途切れ彼は自分が結局、死んだことさえ気づかなかった。
「そうそう数日前にシエーラを雇ってね。名前くらいは聞いたことあるだろ?優秀な殺し屋だよ。君の近くにいると思うのだがね」
電話の男は自嘲気味にもう向こうに誰もいない受話器に向かって話した。シエーラと呼ばれる男は電話の受話器を手に取り耳を当てた。それを察してか電話越しの男は喋りを続けた。
「ごくろう。つぎはリィデロだ。奴もだよ」
電話越しの男の話にシエーラは、「ああ」と一言言って電話を切った。
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