DjangoS

あきら ふとし

プロローグ

第1話

 辱めは少女の精神を殺した。

 少女は隠れていた衣装タンスの隙間からかつて母だった”モノ”に懸命に腰を動かす”何か”を見てその少女は気が気でなかった。

 少女は、今朝、母が作ってくれたシチューのようにぐちゃぐちゃにかき混ざっていた。

 衣装タンスの中で少女は何とか音を立てずに嘔吐する。恐怖。見知らぬ”何か”は動かなくなった母に腰を動かしている。

 少女はガタガタと歯を震わせ息も荒くなっていった。

 その時、少女は、このときほんの一瞬であるが、おもわず吐息が漏れ出した。普段の日常なら何も気にならないような小さな吐息。

 だが、”何か”にとってその声は、男が狩っている獲物がついに姿を現したのかのように衣装ダンスに眼をやる。

 動かない母に腰を動かすのを止めゆっくりと少女の入っていた衣装ダンスに歩いてくる。

 少女の目の前に歩いてきてる”何か”の顔は新しいおもちゃを貰った子供みたいに満面の笑みだった。そいつは囁きながら少女を追い詰めている。

子猫プッシーキャットもいたか。せっかく君のママと楽しんでたのに悪い子だ」

 機嫌よく舌を鳴らし少女のいる衣装ダンスにゆっくりと迫り歩いてきた。足音が向かってきている。

 少女は、逃げ出そうとしたがこの凄惨までな恐怖の状況を飲み込めず、ただひたすらに震えていた。

 衣装タンスが開くと顔も知らない”何か”は無下に少女の衣服をベリベリと剥ぎ取った。

 そいつの眼は品定めするように少女を見ていた。

 自身の所有物となった少女を最高の供物だと思うかのように喜び、この状況がよほど嬉しかったのか雄たけびを揚げていた。

 ”何か”の声に呼び集められるように仲間がぞろぞろ集まってきた。

 彼らの目的が自分の身体に対する略奪だと少女が悟ったときには、既に遅かった。 

 少女には生きながらに獣に貪られるという人としてもっとも恐ろしい悪夢が降り注いでいた。


 悪夢の嵐が去ったあと、少女の胸の鼓動が続いていたが、もう抜け殻だった。私はここで死んだのだと少女は思った。

 人数は5人だった。

 嵐を楽しんだ奴らは既に焼け焦げた少女の家から出て行った後だった。

 そして、この日は父も家を出て行った日でもあった。


 母に昔、聞いたことがあった。父はどんな人であったかと。母は私に言った。

「父は偉大な人よ」と。

 父は何の仕事をしていたのかは教えてくれなかった。今にして思えば母も知らないのだろう思う。

 母が言うに父は若い頃から拳銃の名手で、私が物心つく頃には父がいかに国のために戦い悪い人たちを懲らしめ追い払っていたかという話を聞かされた。

 私は父が帰ってくるといつも母の話した物語を聞きだしていた。

「昔このあたりにいた悪い人たちを追い払ったってほんと?」

 私は父に言った。

 けど父は、そんな私に何時いつか話すよと諭していた。

 私は、そんな父を見て尊敬と畏怖を子どもながらに感じていた。

 だが、父はあの日、家から出て行った。

 理由は知らない。

 けど、父は戦争が終わると人が変わったように自分の部屋に閉じ込もっていた。

 ときおり父の部屋に耳を傾けると部屋の中からブツブツと何か喋っていた。声は聞き取れなかったが、まるで呪いの言葉を私と母に投げかけているようで気味が悪かった。

 この頃から父は母に暴力も振るい、それは日に日に増えていった。


 それから悪夢は突然訪れた。

 突然、顔も知らない”モノ”たちが家に押し入り抵抗する母を撃ち殺して腰を動かしその後、次の矛先は私に向けられた。

 一夜の記憶は、怖気の奮う体験を断片に思い出す。

 ごわついた髭の感触。脂ぎった指に感触。粘ついた臭い吐息。

 少女に記憶の濁流が押し寄せ、恐怖、陵辱、嫌悪の感覚が全身に回った。


 混濁した意識の中、少女は死のうと決意した。今なら舌を噛み切って死ねる自信があった。

 恐怖はない。

 少女は舌を咬んだが噛み切れなかった。もう一度噛んだ。噛み切れない。

 舌から血の味がする。

 嚙み切れない意識の中、少女に1つの考えが浮かぶ。

 どうして、こんなことが起きたのか、分からないし、知りたくもない。

 分かったのは平和を望んだ母は殺され、母が偉大な人と呼んだ父は家から出て行った。

 やることは1つシンプルなものだ。

 復讐。

 理由を問いただしてから奴らを殺してやる。

 そう満足したように納得し、少女は意識を失った。

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