第33話:霞①

 充填剤を吸って少し体力を取り戻した霧子が、ヨロヨロと立ち上がる。

 改めて御前の亡骸を見下ろすと、背筋に悪寒を覚えた。


「千年を生きた化物か……倒せるものなんだな、人間にも」


 亡骸を見下ろしたまま、吸殻を携帯灰皿にしまい、二本目を口に咥える。


「倒せたのは奇跡みたいなもんですよ、お姉さんとアタシ、二人の息が合ったから出来たんです」


 その背中に、霞が静かに声をかける。


「そうだな、私もまさかあそこまで連携できるとは思っていなかった。それが出来たってことは、通じ合う何かがあったって事だ」


「姉妹の絆ですね……」


 二人は互いを見つめ合う、それはとても優しい瞳だった。


「話してくれるか?」

「はい、あの日何があったのか、あれからアタシがどうなったのか……全部お話します」


 霞が、静かに話を始める。


「あの日、あの夕暮れ……お姉さんの背中を泣きながら追いかけていたアタシは、聖魔に襲われ、肉体と魂の半分を失いました」

「肉体と、魂の半分を……」


 霧子が息を呑む。

 それは、あの時に抱いた疑問を解く、重大な答えの鍵となる一言だった。


「はい、その聖魔の襲撃から魂の半分を救って下さったのが、仙境は浄山の僧正、羽黒様です」


 霞が、そう言って目を伏せる。


「じゃあ、あの日、私達の両親を、町を襲ったのは……」

「アタシの奪われた肉体と魂の半分、それを乗っ取った聖魔の仕業です」

「じゃあ、あれをやったのは、お前じゃなかったんだな?」

「はい、全ては聖魔の仕業です」


 その言葉を聞いて、霧子は心底安堵する。


「そうだったのか、やっぱりそうだったのか……」

「あの、お姉さん? 続けて良いですか?」


 霞が問いかける。


「ああ、すまん、続けてくれ」

「……羽黒様に助けられたアタシの魂は、化魄に安置されました。しかし、余りにも微弱だったアタシの魂の力では、化魄を操ることが出来ず……仙境に住まう武術に特化した仙人、その中でも頂点を極めた百人の英傑、武仙百傑の皆様の魂を、少しずつ分けてもらう事になったんです」

「それで、あの魂の力、あの戦闘力か……」


 霧子が頷く。


「武仙百傑の魂を授かる事で、アタシは化魄を動かせるようになりました。そして修業を積み、完全に使い熟すことを目指したんです。ある一つの使命を果たすために」


 語る霞の瞳に、涙が浮かぶ。


「その使命がまさか、今回、私の命を助けたことだってのか?」


 霞は、静かに首を横に振った。


「お姉さんの命を助けたのは、勿論アタシの本意です。しかし仙境にとっては、別の思惑もありました。それは、遠い昔から脈々と受け継がれてきた、私たちの血縁に関わる魂の問題……『大妖殺し』……の保護です」

「なんだよ、大妖殺しって?」

「まんま言葉通りですよ、大妖を殺せる能力を受け継いだ血筋の人間ってことです」


「うわー、出たよ、勇者様って奴か……」


 歯の浮いた展開に、霧子は背筋を寒くする。


「そんな厨二臭い物ではありませんよ……単なる抗体、単に相性の悪い相手って事です。ま、不等式は成り立ちますから、絶対的なアドバンテージを持ちますが」


 霞にも、歯の浮くような台詞で説明をするのは耐えられないらしく、頬を赤らめて言葉を継ぐ。


「それが私達だって? 信じられん……私達の親は、普通の人だったぞ?」


 霧子が、真顔で問う。


「血筋は時が来るまで潜伏するんです。私達の代になってそれが芽吹き、覚醒を恐れた聖魔によって、アタシは殺された……それが事実です」

「待て、それじゃ……」

「はい、霧子お姉さん。あなたも『大妖殺し』の血を受け継いだ、貴重な戦士なんですよ? 現状確認できている『大妖殺し』は、アタシとお姉さん、二人しかいないんですから」

「じゃあ、私は、私はあの時、なんで無事だったんだ? まさか……」

「いいじゃないですか……私達は今こうして、もう一度結び合ったんですから」


 霞が笑う。


 霧子は、告げられた真実を脳の記憶野と同期させるのに必死で、頭を抱えるばかりだ。

 だがしかし、もう考えていても仕方がない。


 最愛の妹は、自分の手の中に戻った……随分、素っ頓狂になってはしまったが。

 そして、あの時、最愛の妹が、自らの命を捨て、何をしてくれたのかをも……。


 今はこれ以上、何も望むまい。

 霧子は、そう思った。


「でも良かった……お姉が無事で!」


 霞が、全身を投げ打って霧子の首にしがみ付く。


「お、お姉?」

「はい……もう『お姉さん』じゃ他人行儀だし、かといって『お姉ちゃん』じゃ、恥ずかしいし……間を取って、今後は『お姉』と呼びたいんですが」


 霧子の首にぶら下がり、心底甘ったれた視線で熱望する霞。


「まあ、いいけど、な……」


 霧子は照れくさそうに、後ろ髪をかき上げる。


「お姉! お姉! アタシ、帰って来たよ!」


 霞は喜んで、霧子の首を支点としてぐるぐる回りながら、腰を振る。

 そして背中を抱きしめた。

 霧子は、堪らず答える。


「分かった! 分かったから、盛るな! 落ち着け!」


 振りほどかれた霞は、再び霧子の首にすがりついた。


「お姉、大好き!」


 霞が頬ずりする。


「ああ、私も大好きだよ、霞……」


 霧子は、霞のツンツンに立った短い髪の毛を、優しく撫でた。

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