第31話:大妖⑤

「五行周天……魔銃咆哮!」


 霧子の手の中で、リボルバーが見る間に姿を変え、異形の銃へと変形していく。

 金属は脈打ち、38口径の銃身は45口径に肥大化、その長さも4インチから8インチに伸びる。

 回転弾倉は狂気を孕み、猛禽類の雄叫びを高らかに上げた。


 霧子は、露わになった御前の本体に向け、迷うことなく引金を絞った。

 稲妻を伴った銃弾が踊る様に弾け、御前の心臓に向けて集弾する。

 そして,本体を庇った二本の攻撃脚を完全に粉砕した。

 霧子は無言のまま回転弾倉をリロードし、次の射撃に移る。


 その間、0.5秒。

 霧子の第二射を避けきれず、御前は自らの腕で頭部を護る。


「くうう! やっぱりお姉さんはイカしますね、クールです、クールジャパンです!」


 霧子の復活に手を叩いて歓喜する霞。


「お前、本当に大丈夫なのか?」

「はい、創世樹で出来たこの身体、再生能力もピカイチです!」


 霧子が訊ねると、霞は満面の笑みで、脚爪に貫かれた筈の腹部を、ポンと叩く。

 傷は完全に修復され、痕跡すら残していない。


「じゃあ、お前も見てないで戦いに混ざれ、私に全部やらす気か?」


 霧子が、じとっとした視線を送る。


「いやあ、ここはお姉さんの勇姿を瞼に焼き付けたいんですが」


 霞が能天気に笑う。


「いいから混ざれ、楽するな、ムカつくから」


 霧子は冷めた口調で、釘を刺した。


「分かりましたよぉ……」


 上目遣いに霧子を見つめ、霞は渋々と応じる。


「化魄だけでも厄介だというに、修錬丹師まで調子付きおったか……これは、戦い方を変えねばならぬのう」


 御前の体の節目から、紫色の煙が立ち上る。

 その煙は、瞬く間に御前の身体を包み込んだ。


「自分の身体を溶かしての変身か、器用なもんだ」


 霧子が毒づく。


「毒霧です、迂闊に手を出すのは危険ですよ」


 霞が油断なく小太刀を構え、いつでも飛び込める姿勢をとる。

 やがて霧が晴れ、御前の姿が徐々に顕わになっていった。


 全身を漆黒の甲冑で包んだ、妙齢の女性の姿。

 紫色の髪に深紅の瞳。


 その手に携えるのは、乱れ波紋を描いた黒塗りの太刀。

 およそ人間と同じ姿だが、尻から生えた蠍の尻尾が、凶悪さの片鱗を見せていた。


 不敵な笑みが、口元に浮かぶ。


 すかさず、霧子がトリガーを絞る。

 御前は全く動かず、甲冑で銃弾を弾き返した。


「人間大になって、さらに固くなりやがったか」


 霧子が吐き捨てる。


「我をただの魔物と思わぬことだ、我は人類を滅亡させるため、神より遣わされた聖なる魔物……その頂点を極めし者故……」


 言い終わらぬうちに、御前の身体が霧子の視界から消えた。


「く!」


 一瞬で霧子の懐に飛び込んだ御前の太刀を、霞の小太刀が止める。


「疾いのは貴方だけじゃありませんよ!」


 御前の太刀を弾き返し、霞が鼻息を荒くする。


「浄山の化魄か、やりにくい事じゃ……だが答えは出た、お前を潰せば全てが終わる」


 御前の標的が、霧子から霞に変わった。

 太刀を振りかざし、目に見えぬ速度で斬りかかる。


「ち!」


 頭上から振り下ろされた太刀を受け止め、霞は瞬時に飛び退いて間合いを作る。

 力押しでは負ける事が分かっている霞は、御前の動きを詰めてミスを誘う。

 しかし御前の攻撃は、疾く、正確で、重い。

 二撃、三撃と刃を交えると、逆に霞の方に動きの粗さが広がっていった。

 そこを逃さず、御前の斬撃が霞を急襲する。

 思わず身をすくめる霞。

 絶体絶命の斬撃を弾いたのは、霧子の銃弾だ。


「貴様、見えておるのか!」


 御前が苛立紛れに吐き捨てる。


「いいや、全く見えん!」


 霧子は、きっぱりと言い放った。


「お姉さん……」


 霞が腰砕けになって、呆れた笑みを浮かべる。


「見えないが分かるんだ、Kがいる場所だけは。何故だかは知らないが、お前が斬撃を繰り出す限り、Kに接近した時点で狙いをつけるのは容易い」


 霧子は一言一句言う通り、不思議な感覚に包まれていた。

 そう、霞に喝を入れられ、自分を取り戻してから、不思議と彼女と繋がっているように思えた。

 自分の動きと相対的な形で、霞の動き、今いる位置、何を考え、何をしようとしているのか、手に取る様に分かる。

 まるで自分の生き写しを見ているようだった。

 その根拠のない感覚に賭けて、援護攻撃に転じる霧子。


 その銃撃は面白いように当たる、当たる、当たる。


 しかし、それでも御前の優位を覆すには、決定的な一打が足りない。

 御前は御前で、霧子を襲えば霞が、霞を襲えば霧子が援護に入るので、思うように攻められない。

 戦況は膠着状態に陥り、三者三様の間合いを作り、ピクリとも動かなくなった。


「お姉さん、あれ! あれやっていいですか?」


 霞が期待を込めた視線を送る。


「あれはダメだ! ダメなんだが……」


 逡巡する霧子に、霞が食い下がる。


「この状況を打破するには、あれしかありませんよ、お姉さん!」


 霞は、決意の籠った視線を霧子に浴びせる。

 霧子も薄々気付いてはいた、化魄の本性、鬼の姿。

 霞にそれをさせるしか、打開策はないと。


 しかし、霧子は恐れていた。

 今度、霞が鬼の姿になったら、もう二度と帰って来なくなるのではないか?

 せっかく繋がった心の糸が、切れてしまうのではないか?

 霧子は、その事が気がかりで仕方がない。


「お前、帰ってくるのか? 帰ってくるんだろうな?」


 霧子は心の不安を隠し、差し障りのない言葉を選んで絞り出す。


「当たり前です、アタシの帰る所は、お姉さんのいる場所……それだけです」


 霞はそう言って、人懐っこい笑顔を見せた。

 その笑顔を見て、霧子は心臓を射抜かれてしまう。

 自分は、この笑顔を知っている。

 有り得ないことだが、霧子の記憶に刻み込まれた、間違いようのない確信。


「K、お前は……」


 言いかけて、霧子は言葉を失う。


「お姉さん、約束しましたよね? この戦いが終わったら……」


 霞が優しく語りかける。


「大事な話をする、か」


 霧子はそう言って、前髪を揉みクシャにした。


「分かった、K、行って来い……そして終わらせよう、この戦いを」


 霧子は、霞の瞳を真直ぐに見つめ、言った。


「……はい!」


 霞は、今までで一番輝いた表情を、霧子に送る。

 そして振り返り、霧子に背を向けた。


 次の瞬間……。


 霞の全身から力が抜け、その頭、手足が、がっくりと力を失う。

 全身を光の文様が駆け巡り、紅く輝く。

 そして、再び顔を上げた時、霞の表情からは全ての感情が消え失せ、人形そのものとなった。


 シャリーン!


 乾いた鈴の音と共に、全身で地脈・龍脈の霊気を吸い取っていく。

 立ち昇る闘気が天の操り糸となって、霞を支える力となる。


「来たか……化魄!」


 御前が油断なく身構える。


「フ……!」


 短い嘆息と共に、霞がその身を宙に躍らせる。

 その速度は、普段の霞の数倍の疾さ。

 御前の動体視力でも、捉える事は難しい。


「く、おのれ!」


 霞の小太刀を、御前の太刀が辛うじて受け止める。


「コオオオオオ!」


 霞のぽっかりと空いた瞳の穴から、霊気が立ち昇る。


「な!」


 次の瞬間、御前に明らかな焦りが生じた。

 御前の太刀は、霞の小太刀を受け止めたのではない。

 霞の小太刀は、最初から御前の太刀を狙っていたのだ。

 超振動が、御前の太刀を砕く。


「お、おのれ……やりおる」


 太刀を捨て、後ずさる御前。

 しかし霞はその間を与えず、一瞬で御前の懐に飛び込むと、鳩尾に痛烈な拳を見舞う。

 御前の甲冑、その胴の部分に亀裂が走った。


 もはや霧子には、戦いの全貌を捉えることが出来ない。

 時々止まる、その一瞬を知覚するので精一杯だ。

 だが、一瞬でも止まりさえすれば、そこに銃弾を叩きこむことは出来る。


 霧子は、全身の感覚を研ぎ澄ませ、いつか必ず来るであろう一撃に備え、自らの魂をより強大な力へと練り上げていた。

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