act.14『権謀術数学』

 桜花中央区のほぼ中央にある広大な桜花中央公園。その小高い丘の上に建つ桜花大講堂は、学都桜花の象徴的建物である。

 日本各地に立てられた○○ドームと名付けられた巨大施設並みの規模を誇り、多目的使用を前提に設計されている。よって体育館としての使用はもちろん、演劇や映画の上演上映にオーケストラの音楽鑑賞なども出来る。

 外壁は瀟洒な煉瓦造りで、アーチ型の屋根にはメンテナンス用の小窓が屋根裏部屋を思わせる。

 大階段前の正面玄関はガラス張りで、広い玄関ロビーは天井までの吹き抜け。外装に違わず内装もクラシックな造りで、天窓にはめられたステンドグラスが春の柔らかな日差しを受け、色鮮やかな光を白い床に落としている様は教会を思わせる。

 メインの大講堂は、普段は体育館として有料で開放されており、各校のクラブ活動や桜花大運動会などの会場になる。もちろん文化部の発表の場に使われることも多く、先日も桜花自治会科学連盟の発表会が催されたばかり。

 自由にくつろげる広いロビーに喫茶室、自習室、図書館分室は学都桜花の生徒であれば誰でも自由に使えるが、本日は入都式準備のため関係者以外全館立ち入り禁止の措置がとられている。

 他に事前申し込みが必要な和室に茶室、大中小の会議室、板間や畳の武道場に様々なトレーニングマシーンを備えたトレーニングルームなど人気の高い設備が整う。

 建物を所有する桜花理事会によって管理された使用スケジュールは、学都桜花行事が最優先。その場合は無料で使用出来るのだが、当然のように準備は全て関係者が自分たちで行わなければならず、昨日か大講堂は全館を完全に閉鎖し、朝から多くの生徒が掃除などを行っている。

 入都式は2階3階の観覧席だけでは足りないので、1階にもシートを敷いてパイプ椅子を並べる。ところが数が多い上、広くてシートを真っ直ぐに敷くのも難しく、パイプ椅子も真っ直ぐに並ばないなど、これが毎年なかなか大変。さらに今年は担当者が目を離したわずかな隙に半数近くのシートを裏表に敷いてしまい、並べ始めていたパイプ椅子を一度撤去して敷き直すなどというアクシデントが続いている。

 さらにはそのシート敷きを担当していたのが、違反行為などに対する罰則ペナルティとして従事させられていた生徒たちだったから、本部実行委員がわざとではないかと言い出し、指導を担当する風紀委員と一悶着。

「そんなん今はどうでもえぇから、さっさとせぇや。まだ半分しか椅子も並んどらんのに、どないすんねん」

 揉める風紀委員と本部実行委員を前に、自治会執行部の竹田淳はウンザリした様子。すると同級生の親しさか、竹田と同じ制服を着た本部実行委員が食ってかかる。

「どうでもいいことあるか! 風紀委員こいつの監視がなってないからこんなミスが起こるんだ。違反徴用こいつら違反適用こいつらで、自分が悪いのに逆恨みをしてわざとこんなことしやがって!」

 すると新2年生の風紀委員がすぐさま反論する。

「進行連絡だ! 正規の職務だ!」

 相手が上級生とわかっているのか、酷くムキになって声を張り上げる。

「どこが? 女子とダベってたくせに」

 鼻で笑う本部実行委員に、新2年生の風紀委員はつかみかからんばかりに激怒。まさに一触即発である。互いに忙しさのあまり気が立っているから、ついつい棘のある言い方をしてしまい、互いを思いやる余裕がない。おかげで言い合えば言い合うほど……もとい、話し合えば話し合うほど泥沼化し、すっかり罵り合いと化している。

「時間が押しとるて、なんべん言うたらわかんねん? お前ら、わしの話全然聞いとれへんやろ? いっぺんしばくぞ!

 ええか? もういっぺんだけ言うたる。このまま予行演習リハーサルがずれこんだら、そん時はどっちもただじゃ済めへんで。待っとるんは各校生徒か役員や、お前ら程度の言い訳が通じる相手やない。あいつらの吊し上げに遭いとうなかったら最善を尽くせ。吊されてかまへんのやったら、ここで好きなだけやりおうとれ」

 こんなくだらないことにいつまでも付き合ってはいられない。自らの苛立ちを抑えつつも、抑えられない苛立ちが竹田を早口にさせる。

「お前らも、ぼーっと見とらんとさっさと椅子並べぇ。これ終わったら帰れるんやろ? さっさと済ませぇや」

 周りにたむろしてことの成り行きを見守っていた生徒たちも、竹田に発破を掛けられて重い腰を上げるようにのろのろと動き始める。

 2年生風紀委員はその背後から指示を出し始めるも、残った本部実行委員は気が済まないらしく、今度は竹田に食ってかかる。

「まさかこのままなぁなぁにするつもりじゃないだろうな?」

「反省会で好きなだけ言いうたらええがな。

 せやけど監視っちゅう言い方はあかんで。向こうも悪いけど、お前も言い方が悪い。俺ら3年が前の総代の悪い習慣を直していかんと、1年や2年が真似てまう。

 今が踏ん張り時や。忙しいんはわかるけど、それは役員みんな同じやろ?

 とにかく今は時間が惜しい。ごちゃごちゃ言うんはあとでえぇさかい、体動かしてくれや」

 今は目の前の問題、つまり時間の遅れを取り戻すことが先決である。ここでその模範を示せなければ、桜花最高学年の名折れ。3年生本部実行委員も竹田の話に、下級生相手に少々みっともないことをしたと反省したらしく 「悪かったよ」 と小声で竹田に謝って、早足に自分の持ち場に戻っていく。

 残された竹田は腕時計に視線を落としつつ溜息を吐いたところに、同じ執行部役員のしばが近づいてくる。黒い詰め襟学生服を着た彼は、少し前から離れたところで様子を見ていたのである。

「竹田さん、お疲れ様です」

 桜花東区にある私立瑞光ずいこう高等学校新2年生、柴周介しばしゅうすけ。柊のように桜花3大美人に数えられるほどの造形ではないが、柔和な雰囲気の美人で、他の執行部役員に勝るとも劣らない。

「おう、そっちはどない?」

「ぼちぼちです。昨日の8時門限の時点で、まだ全寮の50%ほどしか入寮していません。何件か門限破りもあったようです」

「あの渋滞や、しゃあない。けじめ程度の説教で勘弁したれや。生きて辿り着くだけでも一苦労なんや」

 桜花に来た生徒たちは皆、同じ経験をしている。1年前に経験した柴も当時のことを少し思い出したのか、竹田の話に苦笑を浮かべる。

「通達しておきます。

 今日の午後が最盛期ピークとみて、各寮に万全の体制を整えるように指示してあります」

 明日の入都式に備え今日の門限が新入生の入寮期限となっているから、まだ入寮していない新入生が、昼過ぎから夕方に掛けて一斉に押し寄せることは容易に想像が付く。もちろんそれを見越しての指示である。

入都式準備こちらが早く終わるようなら少し人手を回してもらおうかと思ったのですが、この分では無理そうですね」

「なんや、それで戻って来たんかい。無駄足踏ませたな。

 ええ様やろ? 1時間遅れや」

 竹田は周囲を見回しつつ自嘲気味に笑う。

「いえ、そろそろ天宮あまみや金村かなむらが戻る頃だろうと思いまして、その様子見もかねて」

「アリ、知らんか? さっきから見ぃひんねんけど」

「有村さんでしたら、英華えいかの生徒会役員と外で話しておられるのを見掛けましたけど?」

「なにサボッとんねん、あの阿呆。

 ほんまやったら喧嘩の仲裁なんぞ、アリかアマの役目やないか。柄にもないことをさせられて、さっきから体中痒ぅてたまらん。さっさと呼び戻せ」

「わかりました」

 会計である竹田の小道具は電卓と算盤。それを今日は時計とスケジュールボードに持ち替えて苦労している姿に、柴も同情の笑みを浮かべる。そして近くを通りかかった薄紅色の腕章を付けた男子生徒を捕まえ、手短に指示を出す。

「わしはこれからもう一仕事するけど、自分、どないする?」

「折角ですから見届けてから持ち場に戻ります」

「ほな一曲歌ってけや」

「いいですね」

 柴が竹田に声を掛けたのと同じ頃、待ち構えていた報道陣の追っ掛けを振り切った朔也子たちも大講堂に到着していた。

「その化け物じみた速さはなんだよっ?」

 ほとんど朔也子を抱えるように早足であの場を通り抜けた柊に、遅れること数十秒。死にそうな顔の金村は、どこまで人間離れしているのかと息を切らせながら訴える。

「俺がどうとかって話じゃなくて、お前の鍛え方が足りないだけ。有村さんあたりにでも鍛えてもらえば?」

「冗談だろ? 有村さん、英華じゃん。殺される……」

 桜花随一の武道強豪校・私立英華高等学校。その想像を絶するだろう練習内容を勝手に想像して泣き言を喚く金村に、柊は 「人聞きの悪い」 と呆れる。だがその目は近づいてくる、同じ制服を着た男子生徒に向けられている。

 多くの生徒で賑わう大講堂正面玄関ロビーには、もちろん役目柄ここにいる生徒も少なくはないが、そんな生徒に混じってサボっている生徒も当然少なくない。そんな彼ら彼女らは、大股に突き進んでくる男子生徒の姿を見た瞬間、怯えたように逃げ出してゆく。

「相変わらず嫌われまくってるな」

 茶化すような柊の言葉に、金村もようやくその男子生徒に気が付く。

藤真ふじま?」

 私立松藤学園高学校新弐年生の藤真貴勇ふじまたかいさおである。柊と同じくらいの長身で、運動部員のように髪を短く切っている。顔は整っている方だが、有村並みの仏頂面で愛想の欠片もない。制服の袖に 「私立松藤学園高等学校 風紀委員会」 と書かれた黄色い腕章を付けた貴勇は、人混みをかき分けることなく真っ直ぐ3人のところに向かってくる。

「そういうお前こそ、サボりか?」

「これでもお仕事中です。

 なんか用か?」

「お前に用はない」

 柊と貴勇は同じ学校の同級生で、同じ寮の同居人。だがあまり仲が良くないのだろうか。素っ気なく返した貴勇は、廊下の隅に置かれたソファに座って休む朔也子を見る。

「大丈夫か?」

「平気です。

 お久しぶりです、貴勇」

 従兄弟ということもあって、朔也子もその仏頂面には慣れきっているらしい。掛けられる声に、笑みを浮かべて返す。

「叔父上たちはまだ桜花にいらしていないみたいだが、一緒じゃなかったのか?」

「お屋敷には柊が迎えに来てくださいました。

 お父様は、今日は会議があるとかで明日の朝、直接大講堂にいらっしゃるそうです。お母様はお父様とご一緒に」

「相変わらず御多忙だな。

 じゃあ明日は別邸にお泊まりに?」

「いえ、入都式が終わったらすぐ東京に行かれるとか。そのまま夜の飛行機でヨーロッパへ。戻ってこられるのは入学式の直前です」

 その多忙なスケジュールに、貴勇は小さく息を吐く。

「そうか。

 悪いけど、明日はご挨拶に伺えそうにないんだ。朔也子のほうから宜しく伝えておいてくれないか?」

「それぐらいのこと、お忙しい時間をわざわざ割かずとも柊に頼めばよろしいのに」

「こいつは信用出来ない」

 本心を言えば、頼み事をするのが嫌なのである。横に立つ柊を一瞥した貴勇の目がそう語っている。

「貴勇、本心はともかく、本人の前でそれを口にするのはいかがなものかと思います」

 2人の微妙な関係に困惑を隠せない朔也子だが、言われた柊は全く気にしていない様子。もっとも、気にしていたところで顔に出す彼ではない。

 正面玄関付近で騒ぎがあったらしく、貴勇はすぐ風紀委員仲間に呼ばれて持ち場に戻っていく。朔也子も柊と金村に連れられて、会場となる講堂へと向かう。

 廊下やロビーでは多くの本部実行委員が、明日の打ち合わせや、配布する小冊子プログラムなどの用意に忙しくしており、その中を縫うように3人は進む。さり気なく集まってくる好奇の視線に、慣れない朔也子や小心な金村などは酷く心地が悪いけれど、柊だけは 「自治会執行部役員は、自治会執行部役員というわけで人目を引く」 と心得ており、平然としたものである。

 毎年大講堂で行われる入都式。その主賓である新入生や新教職員の席は各校の理事がクジで決めるのだが、新入生代表が入学する学校だけは1階中央席と決められている。つまり今年新入生代表を務める朔也子が入学する私立松藤学園高等学校の新入生席は、1階中央。この広い大講堂のど真ん中である。

予行演習リハーサルは手順と立ち居の確認だけ。簡単だろ?

 最後に通しでやるけど、サクヤ君は出なくていいよ」

 会場に入った柊は話しながら、入都式当日に朔也子がすわる席に案内する。それまで一緒にいた金村は、突然進行状況を確認すると言ってそそくさとどこかに行ってしまい、今は2人だけである。

 途中、床に敷いたシートに何度となく蹴躓きながらも自分の席に着いた朔也子は、埃っぽい空気に時折咳き込みながらも、何気なく会場を見回して舞台下に見覚えのある人物を見つける。

 舞台下、下手側に置かれたグランドピアノに群がるのは、校章が刺繍されたカーディガンにプリーツスカート、そして白いブラウスの襟に大きなリボンを結ぶ私立榎木戸えのきど学院高等学校の制服を着た4人の女子生徒である。

 すぐさま柊も朔也子の視線に気づく。

「榎木戸の白崎と、そのお取り巻き一行だな」

 朔也子も大きく頷いて応える。

 得意げな顔をした白崎洋子は3人の後輩が群がるグランドピアノを、指を慣らすように、あるいは音を確かめるように弾いている。学年ごとに結ぶリボンの色が違うらしく、後輩の3人は青いリボンを結んでいるが、白崎だけは赤いリボンである。

「どっかの誰かが独断と偏見で、大講堂でピアノを弾いていいのは、榎木戸音楽専科の生徒だけって決めたんだよ」

 あえて 「どっかの誰か」 と柊は表現するけれど、もちろん朔也子もわかっている。

「関係者以外立ち入り禁止ですのに、どうして取り巻きの方々がいるのでしょう?」

「なんの権限があって勝手な真似をしているのか? 執行部おれたちのほうが訊きたいね。

 もっとも敵が多いから、手下を連れていないとで歩けないんだろうけど」

 嫌悪感も顕わな柊の言葉の中に、朔也子は不穏なものを感じる。

「……何か企んでおられますね?」

「これでも忙しいんだけど?」

 広げた扇子の影でひっそりと呟く朔也子の隣にすわる柊は、長い足を見せつけるように悠然と組み直してみせる。

「どんなに忙しくとも企みの一つや二つ、柊には朝飯前でございましょう。

 他の役員方も、とても優秀と伺っております」

 それこそ三つや四つ、呼吸するように易々と企んでのけるだろう。それが学園都市桜花最強の頭脳集団シンクタンク、自治会執行部である。

「お褒めにあずかり光栄です」

 柊はにっこりと笑って応える。企んでいないと、否定しないところかいかにも彼らしい。

「さてと、手順と舞台までの道順を説明するよ」

 そう言って彼は手に持っていた小冊子プログラムを広げてみせる。並んだ式次の中、新入生代表のところに赤く丸印が付けてある。

 同じ頃、舞台袖には外から戻ってきた有村克也の姿があり、本部実行委員と話しながら手にしたクリップボードに書き込みをしている。そのすぐ下でピアノを弾く白崎洋子は、やはりクリップボードを片手に近づいてくる竹田に気づく。

「竹田君、ご機嫌よう」

「ちーっとも機嫌よぉないわ」

 気取った白崎の挨拶に、竹田は 「社交辞令なんぞクソ食らえ」 と言わんばかりに返す。そしてその口で白崎の後輩たちに話しかける。

「そろそろ予行演習リハーサルが始まるよって、あんたらは遠慮してもらおうか」

 残念そうに声を上げる後輩たちに満足したらしい白﨑は、先輩らしく鷹揚に言う。

「かまわないわ。私も夏には受験勉強に専念するつもりだから、この子たちの誰かを後任にするつもりよ。誰がなるかはまだわからないけど、今からこの広さに慣れておいたほうがいいもの」

 それを聞いて声を上げて喜ぶ後輩たちだが、すぐさま竹田が水を差す。

「その必要はないやろ? なんせ総代が代わればそのへんの事情も変わるさかい」

 平然とした顔で言ってのける竹田の挑発を、挑発と理解する白崎も平静を装うが、かすかに口の端が引き攣っている。

「そういえば竹田君、ご存じかしら? 高子たかいこ様に逆らうあのチビが総代選挙に立候補するんじゃないかって、低俗な噂があるのを。本当に低俗な噂よね。

 でもね、入都式はすでに引き受けたことだから演奏するけど、あのチビが身の程を弁えず立候補なんてことになれば、今後、榎木戸の協力は得られないと思ってくださる?」

「別にえぇがな。桜花にピアノ弾ける奴が何人おると思っとんねん? アホやな」

 大口を開けて豪快に笑う竹田を白崎は睨み付ける。

「素人のあなたには理解出来ないでしょうけれど、このあたくし以上に優れたピアニストがいると思っているわけ?

 それとも、まさかと思うけど、初代総代や総長の御前でみっともない演奏を披露するつもり? お2人の失望は、そのまま自治会執行部あなたたちの評価に繋がるってこと、わかってるわよね?」

「生徒が一所懸命練習した成果を、みっともないとか、下手とか、そないなこと言うようなお人やあらへんやろ、あのお2人は」

「来賓の前でお2人に恥をかかせることになるのよ」

「褒めてこそすれ、貶めるようなお人やあらへんて言うてるやろ。学都桜花が創られた理由、も1回思い出せや」

 正攻法では通用しないと思ったらしい白崎は、攻め方を変えてくる。

「ピアニストは一見美しい芸術家アーティストだけど、厳しい現実主義りありずむの世界なのよ。それが音楽家の世界。

 まぁあなたがご存じないのも無理ないけど」

 学都桜花の創始者である藤林院寺太郎坊法康とうりんいんじたろうぼうのりやすの理想に賛同した各校の理事たちは、実に様々な学校を桜花島に創立した。白崎たちが通う私立榎木戸学院高等学校は桜花中央区にある、音楽の専門教育に力を入れている学校の1つである。

 もちろん他にも音楽の専門教育を行っている学校はある。

 だが学都桜花の公式行事において、この大講堂で学都歌斉唱などのピアノ伴奏を榎木戸学院担当と決めたのは、前総代の独断と偏見。努力しても報われない他校の生徒が、不平不満を抱いていることは言うまでもないだろう。

実力試しうでだめしもしとらんのに、誰がほんまの1番かわかるわけあらへんやろ。

 普通やったら選考会でも開いて決めるんが公平ってもんや。機会チャンスは誰にかて公平にあるべきやろ? 桜花音楽部門の発展にもなるがな」

「演奏技術の差は歴然よ。優れた楽器、優れた奏者、優れた設備に優れた指導者。どれをとっても我が校の足下に及ぶ学校なんてないじゃない」

 自校に誇りを持つことはいい。

 だが誇りと奢りは違うのである。けれど竹田は、あえてその履き違いを指摘しない。

「所詮それで食うてる大人プロには適わへんのやさかい、技術うでなんざ二の次や。それに時の運っちゅうもんもある。世の中には早熟な天才もおれば、大器晩成っちゅう言葉もあるしな。逆に20歳過ぎればただの人っちゅう言葉もあるんや。

 結局のところ、将来さきのことなんて誰にもわからへん。学都桜花はその可能性を試すために創られた。

 ちゃうか?

 せやったら機会チャンスは公平に与えられるべきや。そらなんでも公平っちゅうわけにはいかへんけど、少なくとも個人の独断と偏見で決めたことを権力ちから強制ごりおしするんは反則やで」

「何が言いたいのかよくわからないけど、たかが執行部の分際でずいぶん大きな口をたたくのね。それ以上の戯れ言を並べるのなら覚悟なさい」

 言い捨てた白崎は乱暴に楽譜をたたみ、3人の後輩を従えて早足に立ち去る。無言でそれを見送った竹田は、4人の後ろ姿が人混みに見えなくなるのを待って荒く鼻で息を吐く。

「そっちこそ、覚悟は出来とるんやろうな? 阿呆の佐藤は失脚確実やけど、あんたかて無事に済むと思いなや。わしらの我慢かてそろそろ限界なんや」

 そう呟いて、1階席から舞台に上がる練習をしている朔也子を見る。

「簡単だろう? 最初から通しでやってみよう」

 すわったまま指示を出す柊に、その指示通りに舞台に上がり演壇前に立った朔也子は大きく頷く。そして少し早足に自分の席に戻って着席した刹那、不意にスピーカーから有村克也の低い声が響く。

「新入生代表挨拶。新入生代表、松藤学園高等学校、藤林院寺朔也子」

 不意に潮が引くように騒音が消え、不気味な静寂が広い大講堂を包む。

 この感覚に朔也子は覚えがある。1ヶ月ちょっと前、つまり2月の中旬に行われた大評議会で朔也子が高子たかいこを制止したあの瞬間である。

 どういうことかと怪訝な顔を向ける朔也子だが、向けられた柊は気にするなといつもの調子である。

「ただの試験放送マイクテストだよ」

 だからあちらはあちらで、こちらはこちらで続けようと言う。絶対に違うと言い切る自信のある朔也子だったが、ここは自治会の思惑に乗るよりほかない。なにしろ入都式は自治会執行部が取り仕切っているのだから。

 講堂内の視線を一身に集める覚悟で返事をし、立ち上がる。強ばる顔を上げ、ぎこちない足取りで先程と同じ通路を通って舞台に上がった朔也子は、演壇の前に立って一礼する。

 本番ではここで挨拶を読み上げるのだが、今日は無し。読む振りをしてからもう一礼。そして舞台脇に置かれた文書箱に挨拶文を収める真似をして舞台を降り、来た通路を戻って自分の席に着く。さっきして見せたとおりである。

 だが演壇の前に立った朔也子がもう一礼すると、顔を上げたタイミングに合わせてピアノの演奏が始まる。それが学都歌であることにはすぐ気づいた朔也子だったが、柊はそれもただの練習だと笑う。

 もちろん嘘である。

 しかも誰が最初に歌い出したのか、わからないけれど1人、また1人と歌い出し、いつしか講堂内に学都歌斉唱が響き渡る。歌が終わると自然と拍手が沸き起こる。まるで舞台上の朔也子に贈るような満場の拍手に、当人は呆然と立ち尽くすばかり。

 学都桜花全高生徒会役員が集まる前で、朔也子の存在を知らしめすが如く奏でられたピアノ伴奏。賞賛するが如く歌われた学都歌。そして満場の拍手。その目的は不明ながらも、誰もが嵐の到来を予感する。もちろん当の朔也子も、である。

「……わたくしが望んだ協力は、このような形ではなかったのですが……」

 もちろんまだ執行部の企みの全容は見えない。そもそもこの派手なパフォーマンスが本命なのか、あるいは陽動なのか。

 しかしこれは執行部から高子たかいこへの宣戦布告、誰もがそう理解しただろう。

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