第8話 砕け散るまでもない友情

 折角合流したところだというのに。

 逃げろと言われてアリーチェが走りだしたからつられて逃げてしまった。

 ガイアスみたいな巨大ロボットを街中で暴れさせるわけにもいかないというのも一理あるが……。


 極度というほどでもないが、現状に消化不良感は否めない。


 それに、もっと重要で気になることが。


「あいつが、ハルキ……?

 まさか……アリーチェが喚びだしたもう一人の召喚者?」


 アリーチェは走りながら頷く。


「そう。

 わざわざ喚び出してあげたのに……。

 些細な理由で帝国側に寝返った……」


 俺はあいつを知っている。あいつも俺を知っているはずだ。

 だけどあいつは俺を見ても無反応だった……。

 それは何故だ?


「召喚前の記憶のほとんどを失ってるらしいの。

 だけど……」


 俺は、ハルキについて。

 知っている限りのことをアリーチェに伝える。時間が許す限りに。


「そう……。

 どこかで繋がってるかもってのは思ってたわ」


 敵同士になってしまっているとはいえ。

 元々同じアリーチェに召喚よびだされた身だ。記憶さえ取り戻せたら仲間になってくれるかもしれない。

 なにはともあれ、親友だったのだから。

 そんで、異世界でやるべきことをやって元の世界に戻る。

 そんなハッピーエンドへ向けて動き出してもよいはずだ。


 だが、アリーチェの言葉はつれない。


「ごめんなさいね。

 還してあげられたらいいんだけど。

 そんな方法は……知らないの」


「んっな!?

 ありがちな設定だけど……」


 なんとなく聞きそびれていた俺の未来像。

 ここに来てその答えが出た。


 俺は異世界に縛られるのか?

 そういや異世界トリップものは数あれど。

 俺の記憶には元の世界に戻ったという主人公は居ない。

 完結まで読んでない作品がほとんどだっていうことがその理由の大半近くを占めるが、帰りたくても帰れないという状況が異世界に居続ける消極的な動機となっている作品もあることも事実。




「危ない!」


 アリーチェが俺の体を突き飛ばしつつ覆いかぶさる。

 やわらかい肢体に包まれたなんて感触を楽しんでいる暇もなく。


「噂をすれば影って奴だな。だろ?

 俺の話をしていただろう?

 さっきからくしゃみが止まらねえ。

 ん、ん、くっしょん!!」


 姿を見せたのは当のハルキだ。


「ナルミアは……!? ミクスは……?」


 アリーチェの声は震えている。ナルミアやミクスの姿が見えないその理由を慮ってのことだろう。


「俺がここに来たってことはそういうこった。

 邪魔者は容赦なく始末するのが俺の流儀!」


「そんな……」


「ハルキ!!」


 俺は、立ち上がって叫んだ。

 アリーチェが暴挙とも思える俺の行動を防ごうと肩を掴むが構うこっちゃない。


「気に入らねえ!!」


 ハルキが続ける。


「折角よお、黒髪を俺のトレードマークにしてたってのに。

 まさか、他にもびだせるんだったとはなあ。

 特に恨みが募っているわけじゃないが、その髪の色。

 こっちの世界じゃ目立つんだよ!!」


 まっすぐ俺の胸に向けられたハルキの指先から弾丸状のものが発射される。

 とっさに叫んでいた。


「起動!!!!」


 コンマ秒の間を置くこともなく、俺の体は漆黒の巨体と変貌する。

 ガイアス。俺の得た力。

 ガイアスの装甲には、ハルキの放った弾丸も歯が立たない。

 多少の違和感――おそらくは魔力の消費の影響――を感じるだけだ。

 アリーチェを庇いつつ、切り拓く方法を考える。途を。そのためには対話を。


「ハルキ!! 俺だ! わからないのか!?」


「ああっ!?

 なんのことだ!? 偽りの救世主さんよお。

 っていうか、黒い髪の毛で黒い甲機精霊マキナ・エレメドってできすぎてんじゃねえのか!?

 お前にとってじゃねえよ。

 黒き救世主、ハルキ様にとってな!

 そいつは、お前には勿体ない。もちろん金髪の野郎にも。

 おめでたく寄越しやがれ!!」


 一筋だった弾丸の軌跡が徐々にその数を増す。

 最終的にハルキの指の数。

 計十本分の発射口から、ガイアスへと銃弾が浴びせられる。


「お前も!

 元々この世界で生まれたわけじゃないんだろう!

 シュンタ・イワイ!! この名前を!

 覚えてないのか!?」


「はあ? さっきからぶつぶつと!

 余裕かましてんじゃねえ!」


 如何に速射を重ねようと、小さな弾丸ではガイアスの装甲に通じないことを悟ったのか、ハルキの攻撃は次の段階へと移行する。


「さすがに、街中でぶっぱなすわけにゃあいかなかったからなあ!

 いまんとこの俺の最終兵器だ。

 鉄青色のメタリックブルー・自由落下爆弾フリーメガトン!!」


 ハルキが詠唱する。皮膚感覚に警戒音アラートが張り付くが、とっさのことで事態が飲みこめない。


「シュンタ!! 上!!!!」


 アリーチェの声で振り仰ぐと……。

 ガイアスの巨体を遙かにしのぐ、濃い蒼い球状の物体が宙に浮かんでいた。


 素材がなんなのか。それは謎。突然現れたってことは召喚術の一種なんだろう。

 固くて重そうだ。それだけ理解できれば十分。

 それは俺の頭上、ガイアス目がけて落ちてくる。

 いわゆる一つの結構な危険。絶対絶命ってほどではないにしろ。

 ヤバい状況。回避は間に合いそうもない。


 アリーチェは飛竜を喚び、俺の足手まといにならないように距離をとって回避に専念してくれているが。


「ひゃっひゃっ!

 重力の井戸に落ちな!!」


 ガイアスは両腕を突き上げ、ドがつくデカさの球体を受け止める。

 肩に、肘に、手首に衝撃が走る。

 受け止めるだけで体が軋んだ。


「ほう……。

 さすがは、甲機精霊マキナ・エレメドの中でも最高の膂力を誇るという機体だけはある。

 だが、どこまで持つかな!?」


 再び走る衝撃。腕にかかる負荷が倍増する。


「これほど、高圧縮、高濃度の幻獣を複数体喚びだせるなんて!

 ハルキの魔力は無尽蔵なの!」


 アリーチェの説明口調っぽい驚きの声で状況を悟る。

 ガイアスの視界には入っていないが、どうやら始めに見た球体と同じものが召喚されて元の物体の上に落下して重なったんだろう。

 ひとつだけでも、支ええるのが精いっぱいだったというのに。


「ほらほら! まだ行くぜ!!」


 三つ目、四つ目と重量が増えていく。

 二倍、三倍と荷重が、負荷が増進していく。

 腕だけで支えきれずガイアスが膝を折る。

 頭部を支点になんとか支えられている状況。


 歯を食いしばって耐えながらも、俺はハルキに伝えたいことを。


「ハルキ!!

 俺の話を聞いてくれ!!

 俺達は友達だったじゃないか!!

 どんな理由があるのか知らないけど。

 戦う必要なんて無いんだ。

 一緒に、まずは話合おう。

 ハルキがどうしても帝国の味方につくってんなら。

 その理由を教えてくれたら俺も……」


「シュンタ!?」


 アリーチェの声は批難なのか、それとも諦めだったのか。


「お前の力なんていらねーよ。

 最強は一人で十分だ。

 仕上げだ!!

 煩悩数のハンドレッドエイト漆黒の重石ブラックシンカー!!」


「シュンタ!

 隠蔽アヴェルテして!!」


 なっ? 何を!? アリーチェは。

 ガイアスですら耐えきれないという状況で生身に戻れなんて。

 と、考える余裕すらなかったのだろう。

 俺は、無条件にアリーチェを信じその言葉に従った。


 ガイアスの巨体が消滅して俺の体が元に戻る。


 ガイアスが支えていた幾つかの黒い球体が支えを失い俺の頭上へと落ちてくる。

 その一瞬の隙をついて、アリーチェの飛龍が俺を咥えて飛び去る。


 轟音と共に……実際に三桁は超えていたかもしれない球体が俺が居た場所へと落下していく。


 ハルキは、巨大な砲弾を打ち出すが、機敏な動きで飛竜はそれを躱す。

 俺は飛竜の背に乗せられ、それでもハルキへの訴えを続ける。


「俺達が戦うなんておかしいよ。

 思い出してくれ。

 それで、ハルキが望むなら二人で還る方法を探そう!

 なっ!

 やっぱり、俺達が戦争に加担するなんて間違ってるんだ!」


「還る!?

 何を馬鹿なことを!!」


 叫びながら、ハルキが特大の砲弾を召喚し飛竜目がけて打ち出す。


「逃げるわよ!!」


 アリーチェの合図で飛竜は高く舞い上がる。遠くへ。

 はるか上空に向けて砲弾を打ち出す努力を続けるハルキを置き去りにして。



 ◇◆◇◆◇



「それでまんまと逃げられたのか?」


 ライオールの声には、批難というよりも諦めのエッセンスが滲んでいた。


「逃げられたんじゃねーよ。

 逃がしてやったんだ」


 ふてくされたようにハルキが吐き捨てる。


「ライオール様の命令に背いて……勝手に!」


 ゼッレが素直にハルキに対する怒りをあらわにする。


 アクエスは、ただ黙ってライオールのみを見つめていた。


 本来の作戦では、ガイアスを奪って逃走したもの――シュンタ。

 それにアリーチェとナルミア。

 三人ものスクエリアの召喚士が集っているのだ。

 帝国としても陣営を整えて――といっても彼らの戦闘に加われるほどの人材は少なかったが――襲撃をしようと考えていた。

 すなわち、ライオールとアクエスとハルキでもって。


 だが、ハルキはその命に従わずに一人で勝手に追撃を試みた。

 ハルキとしてはガイアスを取り戻してライオールの手に渡すのではなく、自身のものとするための私情の上での行動だった。


 ライオールはそれを薄々感じつつも、言葉には載せない。


「まあよいだろう。

 こいつの暴走はいつものことだ」


「ですが!」


 ゼッレは何か言おうとするが、アクエスにそっと窘められた。


「収穫はあった」


 そのライオールの言葉に込められた意図を汲み、アクエスに苦々しい思いがこみ上げる。


「スクエリアの召喚士。

 ナルミアの身柄ですか……」


 アクエスの問いにライオールは頷く。


「彼女に危害は加えない。

 それは、この世界に住むものとして当然のことわりだ。

 だが、黙って逃がす程こちらもお人よしではなく、そんな余裕も持ち合わせていない」


 ライオールの言うところ。

 つまりは人質。

 清く正しく誇らしく――それはたとえ戦時下においても――をモットーとして幼き頃より教えられたフラットラントで暮らす人々にとって、相手の弱みに付け込んで条件を出すというのはどちらかというと忌避されるべき方法だった。


 ナルミアの身柄と引き換えにガイアスを要求する。

 それすら、この世界での人道的にはギリギリのライン。元々ガイアスが帝国側が召喚した甲機精霊マキナ・エレメドであるからこそ、その境界線上で踏みとどまっている行為ではあるが。


 アクエスは懸念していた。

 ライオールの持つ戦略思想、戦術感。それは、常人を遙かに超えた領域で展開されている。

 だが、常識を破るということは時に一線を踏み越えるということと限りなく等価に近づく。

 人として超えてはならない一線を。道徳、倫理。

 そして、その線を踏み越えそうな危うさは……。

 ハルキが帝国に属するようになって肥大してるように思えたのだ。


「これは、俺が既に決めたことだ。

 アリーチェへ向けて機械召喚伝言メッセンジャーも既に送ってある」


「大人しく従うもんかねえ?」


 ハルキがライオールへと視線を向けた。


「今現在のガイアスの搭乗者である人物も、お前と同じ異世界からの召喚者だというのだろう?」


「まあそういうこった。

 すっかり忘れていたが。段々と思い出してきたよ。

 イワイ・シュンタ。はなたれのクソったれだ。

 俺と同じくフラットラントで生まれ育った人間ではない以上、この世界の常識や倫理ってのは通用しないかもしれないぜ。

 まあ、甲機精霊マキナ・エレメド二体に俺が居るんだ。

 万一にも敗れることはないだろうけどな」


 ハルキは暗にシュンタ達が取引に大人しく応じないということを示唆する。

 それに答えるライオールには澱みがない。


「だからこその取引だ。この世界の人間であれば。

 人質を取ることをすら躊躇する。

 ましてや取った人質に危害を加えるなどもってのほかだろう。

 築き上げてきた名誉も信頼もすべてを無に帰そうというのだから。

 だから、こちらが強硬な手段に訴えないということを見越して、反抗してくることも十分に考えうる」


 こんどは逆にハルキがライオールの意図を読みとった。

 この世界の人間なら。ライオールが非情な手段を取らないと信じ、そこに活路を見出すかもしれない。

 が、ハルキやシュンタの育った世界は違う。

 裏切りや非道が陰でのさばる世界だったのだ。騎士道ならぬ召喚士道精神などとは無縁の。


「なるほどね。

 そういやそうだった。

 アリーチェやガイアスが歯向かう意思をもってやってくるのなら。

 俺は、ためらわずにナルミアに銃口を向けるぜ?」


 ハルキはその先は言わなかったが……。


 アクエスに一抹の不安が生じる。

 ナルミアの身柄がこちらの手の内にあるとして。

 ライオール様はその体に剣を突き付けて脅すなどということはしない方だ。

 未来がどうであれ、今現在は。

 だが、その汚れ役を担う人物が今は存在する。ハルキ。

 そこまで考えて建てた計画なのだとしたら……。


(この戦争……。

 アリーチェの喚び出した二人の人物によって。

 醜く汚されていく。

 そして、その渦中にはライオール様が……)




 ちょうどその頃、ナルミア達の身を案じ、ヴェストラッドの郊外で潜伏していたシュンタ達の元へライオールからのメッセージが届いた。

 ナルミアの捕縛を知り、彼女らの取りうる選択肢は極端に少ないものとなった。

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